第二千八百九十二話 魔人の提案(三)
「はあ!?」
「なに、なんなの!?」
「いったいどういうことなんです?」
「聖皇が死んで、あなたが生まれた? 話が繋がっているよう」
「言葉のままの意味だよ」
アズマリアは、混乱する一同の中で、ただひとり冷静なセツナに目線を合わせるようにした。金色に輝く魔晶石の目は、魔晶人形のそれとまったく同じでありながら、完全に別物のような力を帯びている。魔人の魔人たる所以というべきか。
「ミエンディアは死の間際、世界を呪った。世界を呪い、その場にいたものたちを呪い、すべてを呪った。己が復活を約束し、その後、世界を滅ぼすことを誓い、呪詛を術式としてばらまいた。聖皇六将もまた、その証として、不老不滅の存在となった。遙か将来、復活した暁に世界を滅ぼすとき、その絶望の光景を裏切り者たちにこそ見せつけるために」
アズマリアは、淡々と続ける。
「さらには、巨人の末裔にして剛将グリフには暮れない昼を、森人にして龍将レヴィアには忘れ得ぬ日々を、鬼人にして天将ロウには尽き果てぬ道を、天人にして飛将エルには生まれぬ言葉を、魔人にして魔性ミィアには終わらぬ夢を、地人にして識将ザグにはあざやかな朝を与えた」
「……随分と詩的な表現だな」
おかげで、それがなにを意味するのか、ほとんどわからなかった。おそらくは、不老不滅以外にも呪いを与えたということなのだろうが。
「けど、そのうちふたつはわかったわ。忘れ得ぬ日々っていうのは、レヴィアの“知”の呪いのことよね。本来ならば“血”とともに受け継がれる“知”の呪いのこと。グリフのそれも、眠れない日々ってことでしょう。あとの四つはよくわからないけどね」
「どうでもいいさ。本題とは関係がねえ」
シーラの意見にだれもが同意したのは、本題のほうが遙かに重要だからだ。ミリュウが厳しい表情で口を開く。
「で、それがあんたの誕生とどう関係があるっていうのよ」
剣呑な空気の中、アズマリアは至って平静だった。敵意を向けられることになれているとでもいいたげな態度は、むしろ敵意や悪意を増幅させるのだろうが、魔人には関係がないに違いない。これでは、協力関係を結んでも、どうなるものかわかったものではなかった。
かといって、アズマリアに仲良くしろ、などといえるはずもない。いったところで、聞きはしないだろう。
「……ミエンディアは死の間際、絶望的な呪いを振り撒いたが、あのものにも良心と呼べるものが残っていた。ミエンディアがかつてミエンダと名乗るただの娘だったころから、その心の中で育み、成長してきたそれは、神々の力を得、聖皇を名乗るようになってからというもの、心の奥底に追いやられ、封印されてしまったものであり、ミエンディアが世界を心の底から呪ったとき、同時に解き放たれたのだ。そしてそれはミエンディアの、聖皇の力を滅ぼすためだけに血肉を得、誕生した」
「まさか……それがあんただっていうの?」
「その通りだよ」
ミリュウの質問に対し、アズマリアはあっさりと肯定して見せた。驚きがさらに広がる。室内が騒然となり、絶句するものも何人もいた。
「はっ……あんたがミエンディアの良心!?」
「悪い冗談だな」
「いや、むしろ、世界を作り替えるような聖皇の数少ない良心がこれだっていうんなら、納得もいくんじゃ?」
「なーる……」
エスクの暴言にも等しい発言を受けて、ミリュウがある種の納得を見せると、さすがのアズマリアも憮然とせざるを得なかったようだ。
「セツナ。おまえの仲間たちは随分と口が悪いようだが」
「だれだって、あんたにいわれたくないと想うよ」
「そうよそうよ。あんたほどの口の悪さはないわよ」
「……やれやれ、嫌われたものだ」
「嫌われるためにいちいちちょっかい出してきたんだと思ってたけど」
「……まあ、いい」
「よくないわよ」
ミリュウが食いつく。
「あんたが聖皇の良心だからなんだっていうのよ。そもそも、そのことを証明できるとも思えないけどさ」
ミリュウの疑問はもっともだったが、セツナには、いくつかの心当たりがあり、口を開いた。
「証ならばあるさ。いくらでもな」
「いくらでも?」
「ひとつは、あいつが五百年に渡って、他者の肉体を乗り継ぎながらも生き抜いてきたということ。その時点でただの人間じゃないことはわかるだろう」
セツナがアズマリアの代わりに答えたのは、そのほうが事が穏便に運ぶと思ったからだ。レオナが、先程から険しい表情を見せている。室内の騒ぎが、彼女の安眠を妨げているのだろう。
「ふたつ。あいつが歴史からも存在を抹消された聖皇六将と旧友と呼べるような間柄であること。これは、聖皇が六将を特別扱いしていたことと関係しているんだろうな」
「なるほど……」
「みっつ。あいつがラグナと契約を結んでいたということ。おそらくだが、聖皇が結んだ契約が、アズマリアに引き継がれたんだろうさ」
「……セツナ、もっと前から知っていたんじゃない?」
「うすうす、感づいていたっていう程度だよ。確信はなかった」
セツナのそれは本心だった。予てよりアズマリアから聞いていたことや、ミリュウ、竜王たちから得られた情報を元に考えれば、辿り着けない答えではなかったからだ。ただ、妄言といえば妄言に近いものであり、故にアズマリア自身が言及するまでは確信を持てなかった。それだけのことだ。ファリアが訝しげな表情をしてくる。
「本当かしら」
「本当だよ。信じてくれ」
「信じるけど……」
といったのはミリュウであり、ファリアが彼女を半眼で睨み付けたのは、台詞を奪われたからだろう。
「よっつ」
セツナの言い方を真似するようにして発言したのは、アズマリアだった。
「わたしが武装召喚術の始祖であるということ」
「え……?」
「それがどうして証になるのよ?」
だれもが疑問を浮かべる中、アズマリアは落胆を隠せないとでもいわんばかりに頭を振った。
「おまえたち武装召喚師は、考えたことはないのか? 武装召喚術がどこからきて、どのようにして誕生したのか。その由来や経緯について、考察したり、研究するようなことはなかったのか? わたしがリョハンに、ファリアたちに武装召喚術を教え、育成したのは何十年も昔の話だぞ」
アズマリアの叱責にも似た言動は、生粋の武装召喚師たちには堪えるものだったのか、ファリアやミリュウ、グロリアたちが魔人を睨んだ。もちろん、魔人は気にした風もない。無機的な魔晶人形の容貌もあって、より一層、動じていないように見える。。
「あれから随分と時が流れ、武装召喚術は世界中に広がり、術師たちの実力も向上した。が、召喚術の水準が上がらなかったのは、やはり、おまえたちには荷が勝ちすぎていたのが原因だったようだな。わたしが期待をしすぎていた、といったほうが正しいか」
「つまりあなたはこういいたいのね。武装召喚術は、聖皇の召喚魔法を元にしている、と」
「御名答……わたしは、ミエンディアの良心といったが、捉え方によっては邪心、悪心といっても過言ではないのだ。なぜならばわたしは、聖皇の力を滅ぼすためだけに存在し、そのためならばあらゆる手段を使い、犠牲を払うことも厭わないからだ」
良心というのは、世界を呪った邪悪な想念に対する便宜上の呼び方に過ぎない、とでもいうのだろう。
「ただし、わたしもまた、聖皇による改変によって、自分を見失っていたことは認めなければならない。わたしは、わたしの滅ぼすべき敵がなんなのかわからないまま、数百年に渡る放浪と思索を続けなければならなかった。ただ、この世界を覆う理不尽なるものを滅すること、それだけがわたしのすべてであり、存在意義だということしかわからなかったのだ」
魔人の告白は、彼女もまた、聖皇によってある種の支配を受けていたことを打ち明けるものだった。聖皇の支配から脱却できていたものなど、神々を除いてほかにはいないのだから、当然といえば当然なのかもしれない。聖皇六将も、三界の竜王も、それ以外のありとあらゆる生物も、聖皇による世界改変の影響を受けていた。聖皇の死とともに生まれ落ちた彼女とて、例外ではなかったということだ。
「そのために数百年、世界を巡り巡った。理不尽なるものを討ち滅ぼすための力を求めてな」
アズマリアの主張する目的は、セツナが初めて聞いたときから変わっていなかった。変わったとすれば、“大破壊”以降のことであり、“大破壊”は世界を破壊し尽くしただけでなく、聖皇による封印すらも破壊してしまったのだ。“大破壊”とともに竜王たちが記憶を取り戻したように、アズマリアもまた、自分を取り戻したということだろう。
“大破壊”が、ひとつの大きな契機になっている。




