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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千八百八十一話 辿り着く

 “竜の庭”ワラル人地区へのワラル人の移送が終了したのは、夜も深い時間帯だった。

 およそ五千人に及ぶワラル人は、一カ所に隠れ住んでいたわけではないのだ。アズマリアが世界各地に確保した避難場所に分散して隠れ住んでいたため、ゲートオブヴァーミリオンの一度の使用で全員を転送することができず、ひとつの避難場所と“竜の庭”を繋ぎ、移送し終えるとつぎの避難場所へ通じる門を開く、という作業を繰り返さなければならなかった。

 そのため、時間がかかっただけでなく、転送し終えたときには、アズマリアもさすがに疲れ果てていたようだった。

 そして、量産型魔晶人形と見た目は同じながら、極めて人間的な仕草をするアズマリアの様子は奇異に映った。

 ウルクにせよ、イルエルにせよ、魔晶人形は魔晶人形に過ぎない。ウルクは人格を得、心を持ち、感情を手に入れたが、とはいえ、その仕草から人間味を感じることは難しい。どうにも無機的、機械的であり、それがウルクたち魔晶人形の特徴なのだ。

 それに比べ、アルを依り代としたアズマリアの一挙手一投足は、なにもかも魔晶人形のそれとは異なるものだった。表情こそないものの、感情表現は豊かだったし、仕草ひとつとっても極めて人間くさいのだ。

「紅き魔人もさすがにお疲れのようだな」

「ワラル人を移送するだけならばともかく」

 人形めいた表情で、しかし体温を感じるような声音で、アズマリアはいう。

「おまえの居場所を特定するのに手間取ったのだ」

 アズマリアは、静かに嘆息した。

 “竜の庭”ワラル人地区は、五千人あまりの人間が住む、“竜の庭”最大規模の集落であり、小さな都市といっても過言ではなかった。人間の住む集落を作り慣れた竜属の職人集団によって計画的に作り上げられた町並みには、街灯として立ち並ぶ魔晶灯の光によって照らされており、幻想的な雰囲気に包み込まれている。五千人超の住人のために建築された無数の家屋では、既にワラル人による生活が始まっているが、住居の取り合いなどの問題は発生していなかった。それもこれも、ワラルが女王エリザ・レイア=ワラルの元にひとつに纏まっているからだろう。

「リョハンには、行かなかったのか?」

「行くわけがないだろう」

「どうして?」

「わたしは、おまえたちが帝国に行くのを見送ったのだぞ」

 セツナたちが帝国を目指してリョハンを出発したのは、いまから半年以上前のことになる。が、セツナたちの状況がわからないアズマリアにしてみれば、未だ帝国領土に留まっていると考えたのだとしても、なんら不思議ではない。帝国の事情次第では、半年どころか数年ほど帝国領土に留まり続けたとしても、なにもおかしくはなかったのだ。

 無論、その場合は、セツナたちが帝国領土に留まっている間にリョハンは攻め込まれ、世界に破壊の嵐が吹き荒れただろうが。

「それで、一度は帝国に向かったってわけか」

「おまえたちが帝国にいるならそれが一番だったが、いなくとも手がかりは得られると思ったのだ」

「で、どうだった?」

「気品溢れるおまえに逢ったよ」

 アズマリアが苦笑を声音に乗せた。

 セツナとアズマリアがいるのは、ワラル人地区の中でもっとも壮麗な外観の建物、その屋上だ。竜属の職人たちが竜語魔法によって切り出した木材や石材をさらに加工し、複雑かつ精緻な装飾が全体的に施されている。外観だけではなく、内装もだ。人間の好みもある程度把握しているところが職人の職人たる所以といっていい。至れり尽くせりとはまさにこのことで、セツナたちは竜属の職人たちの働きぶりには頭の下がる思いだった。

 この建物は、ワラル人地区の住人たるワラル人たちを纏める指導者、エリザ女王の住居に相応しい建物にして欲しいというワラル人たちの要望によるものだ。要望を聞き入れられたことで、ワラル人たちは竜属の職人たちに感謝してもしきれない、といわんばかりだった。竜属の職人たちはというと、自分たちの職人技が披露できたことのほうが嬉しかったらしく、そのことをラグナやラムレシアに突かれて言葉を濁したりしていた。

 それも、数時間前のことだ。

 そうしてすべての建物が完成し、すべての住人に住居が割り当てられたのはつい先程のことであり、そのために奔走しなければならなかったセツナたちもまた、アズマリア同様に疲れ果てていた。

 真夜中。

 頭上には、晴れ渡る夜空が広がっている。星空だった。それも満天の。無数の星々は、黒い布の上に宝石をばら撒いたかのように美しく輝き、中でも月の巨大さには息を呑むほどだ。冬の夜。本来ならば冷たい風が吹きつけ、防寒服を着込まなければやっていられないはずだが、常春の楽園たる“竜の庭”では寒さに震える必要はない。

 法と秩序を司る銀衣の霊帝らしからぬ処置だが、それも、ラングウィンが竜王の役割を忘れ、自分を獲得した結果なのだろう。

「……嫌味か」

「嫌味のひとつもいわせてくれてもいいだろう。おまえを探し出すために、世界中を飛び回る羽目になった」

「なんでだよ。それはこっちの台詞だろ」

「……そうだな」

 アズマリアが目を細めた。

「いいたいことがあるならいえばいい。吐き出したいことがあるなら吐き出せばいい。殴りたいなら殴ればいい。殺したいなら殺せばいい。わたしは、おまえのすべてを受け止めてあげるよ」

「……それでどうなる」

「世界が滅ぶ」

「……はっ」

 セツナは、アズマリアの金色に輝く目から顔を背けるようにした。

「笑えない冗談だ」

「冗談ではないからな。笑えないのは当然だ」

「……なんなんだよ」

 叫びたい気持ちをぐっと堪え、感情を押し殺すように吐き出す。叫べば、せっかく眠りについただろうファリアたちを起こすことになりかねない。

「なんなんだよ、あんたは。いったい、なんなんだよ」

「いったはずだ」

 アズマリアが、囁くようにいう。密やかに、ただ、セツナの耳にだけ聞こえるような、そんな声音で。

「わたしはわたしだよ」

「……なんだよ、それ」

「わたしはわたしなんだ。生まれ落ちたときから、わたしは、わたしだった。それ以上でもそれ以下でもない。赤子でもなければ、神でも魔でもない。わたしは、わたしだった。アズマリア=アルテマックスという名の魂の存在。それがわたしだった」

 アズマリアは、いう。それはかつて、セツナが聞いた言葉そのものだ。

「聖皇六将の旧友にして、三界の竜王が一翼たる緑衣の女皇ラグナシア=エルム・ドラースと契約を結んでいたもの。それがわたしだ」

 いまならば、はっきりとわかることがある。

 彼女が言うような人物は、本来ならばこの世にひとりしかいなかった。そして、その人物は、裏切りに遭った挙げ句、命を落とし、世界を呪った。遙か未来、再びこの世に復活するために。

「わたしの使命は、この世界を覆う理不尽を振り払うこと」

 何度も聞いたことだ。何度も、うんざりするくらい何度も。その想いが本当だからこそ、セツナは彼女をある意味で信じることができるのだ。

「そしてそれは即ち、聖皇の打倒」

 聖皇の力の、打倒。

「そのために、わたしはここにあり、そのためだけにこの五百年を生き抜いてきた。多くの肉体を乗り継ぎ、多くの命を犠牲にして、ここまで辿り着いた……少し、疲れたよ」

 そうつぶやいたとき、アズマリアの表情が儚げに微笑んだように見えたのは、気のせいだったのか、どうか。

 魔晶人形の表情に大きな変化は生まれない。それは、アズマリアがアルを依り代としたときからも変わっていなかった。アズマリアは、依り代の肉体を変容させる力を持つ。それはおそらく、自分がアズマリアであることを主張するとともに、他人にもわかりやすくするためだろう。

 そうしなければならない理由があるのだ。

 アズマリアは、アズマリアでなければならない。

 でなければ、彼女は自分を見失いかねないのだと、いう。




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