第二千八百七十九話 思わぬ再会(一)
ワラル人五千人の“竜の庭”への移送が始まったのは、“竜の庭”の主催者たる銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースによる受け入れの表明があったその日のうちだ。
アズマリア=アルテマックスは、召喚武装ゲートオブヴァーミリオンによってワラル人たちの一時避難先と“竜の庭”を繋ぐと、一時避難先に赴き、ワラル人たちをつぎつぎと“竜の庭”へ転送させた。転送先は、もちろん、ラングウィンが示した“竜の庭”ワラル人区画であり、そこは“竜の庭”南西部の森の中だった。
鬱蒼と生い茂る木々や草花によって成り立つ森は、未だ“竜の庭”の住民の手が入っていない地域であり、だからこそワラル人のための区画に指定されたわけだが、しかし、それではすぐさまワラル人が生活することは不可能に思えた。
が、ラングウィンは、そのことまでしっかりと考えており、受け入れを表明すると、すぐさま眷属の竜たちをワラル人区画に派遣した。ラングウィン直属の竜たちは、これまで“竜の庭”の拡大に合わせ、人間や皇魔の集落を作ってきた職人集団であるといい、彼らは五千人超の人間が生活可能な集落を作り上げるべく、全力を挙げた。
見る見るうちに森が切り開かれ、木々は木材となり、あるいは石材が切り出され、確保された空間に積み上げられて家屋となっていく。
セツナたちは、その様子をウルクナクト号から見下ろしていたのだが、未開の森があっという間に小さな街へと作り替えられていく光景には、声も出なかった。
竜たちの街作りは、ほとんどすべて竜語魔法によるものであり、故に大量の木々を薙ぎ倒すのも、それら木々を木材へと変えるのも容易く、木造家屋や石造家屋を建築することさえ、彼らにとってみれば簡単なことのようだった。もちろん、竜たちには竜たちなりの苦労があるのだろうし、長年、“竜の庭”の集落を作ってきたからこその技術なのだろうが、それにしたって、あっという間に街ができあがっていくものだから、まるで街作りのシミュレーションゲームを見ているような気分にもなる。
「なんていうか、圧倒的だな」
「本当、竜属ってなんでもありねー」
「まったくでございます」
セツナたちは、未開の森が人間の街に作り替えられていく光景を前に、茫然とした。
そして、竜属の職人集団によって作られていく街の前に転送されてくるワラル人たちを目撃し、その場に降り立った。両開きの巨大な門の如きゲートオブヴァーミリオンは、ワラル人の一時避難先と繋がっており、そこからつぎつぎとワラル人が転送されてきているのだが、転送されたばかりのワラル人には、目の前に竜属あ飛び交っていて、竜語魔法のための咆哮合戦の真っ只中に飛び込むようなものであり、アズマリアに説明を受けていたとしても混乱するのも無理のない状況だった。そのため、セツナたちは、転送されてきたばかりのワラル人に接触し、彼らの心を落ち着かせなければならなかった。
そんな中、ゲートオブヴァーミリオンから続々と転送されてくるワラル人をかき分け、重武装の護衛とともに姿を見せた女性がいる。その様子だけでただならぬ立場の人物であることは明らかだったが、その華麗な装束や気品溢れる容姿からも、女性の立場が窺い知れるようだった。
竜たちが魔法によって新たな街を作り出していく光景に驚きを隠せないひとびととは対照的に冷静そのものだったその女性は、セツナと目が合うと、驚いたように目を見開いた。そして、おそるおそる話しかけてくる。
「あなたはもしや、セツナ様ではありませんか?」
「……そういうあなたは、ワラルの女王陛下ですね?」
「ええ……!」
女性は、喜悦満面とでもいわんばかりに表情を輝かせると、護衛たちが制止するのも無視して飛び出してくるなり、セツナの手を取った。
「覚えていてくださったのですね、セツナ様」
「忘れるはずがないでしょう……エリザ女王陛下」
「わたくしのことは、エリザで構いませんわ、セツナ様……」
どこかうっとりとしたようなまなざしを向けてくる女王は、セツナの手をさらに強く握ってきたものだから、彼は戸惑いを隠せなかった。彼女の名は、エリザ・レイア=ワラル。かつてはエリザ・レーウェ=ワラルという名で通っていた。
彼女と顔見知りとなったのは、いまや昔日の彼方の出来事だ。最初は、敵だった。ワラルがルシオンの都市ハルンドールの奪還を試みた際、セツナたちはルシオンの要請によってワラル軍の撃退に赴いたのだ。その戦いにおいてセツナたちは圧倒的な力を示し、ワラル軍の敗北を決定づけたものの、当時のワラル国王にしてエリザの父デュラル・レイ=ワラルは、ハルンドールにて死ぬことによって敗戦を意味あるものとした、という。
その後、エリザを女王とするワラルは、ガンディアに半ば降り、様々な場でセツナたちと対面する機会があった。
「エリザ……はて?」
ラグナが首を傾げたのは、無論、セツナの頭の上で、だ。ついさっきまでセツナを睨んでいたのだろうミリュウが、視線をそちらに向けたのが熱量でわかる。それくらいセツナを凝視していたのは、エリザのせいであることに間違いはあるまい。エリザは、セツナとの再会を心より喜んでいるだけでなく、さらなる接近を試みている。
セツナは、他人の好意に鈍感な人間ではない。エリザが餌を目の当たりにした肉食獣よろしく、ぐいぐいと押し迫ってくるのは肌で感じるところだった。しかし、無下には振り払うことができないため、ミリュウほか女性陣の圧力との板挟みにならざるを得ないのだ。セツナとて、ミリュウたちの心に荒波を立てるようなことをしたくない。
「ワラルの女王様のこと、あんたは覚えてないか」
「うむ。無関係な人間を覚えておくほど、暇ではないのじゃ」
「はっきりというわねー。羨ましいわ」
「どの口がそんなことをいうのかしら」
「なにかいった?」
「いいえ」
自分の放言ぶりを棚に置くミリュウに対し、ファリアはすまし顔でそんな風にいったに違いないが、セツナは、エリザから視線を逸らすことができないでいた。
「アズマリア殿から窺ってはおりましたが、こうしてセツナ様方の無事な姿を見ることが出来て……本当に安心致しましたわ」
「エリザ様こそ、御無事でなによりです」
「そうでございますね、まったくもって、御無事でなによりでございます」
「その通りです。しかし、予断を許さぬ状況、なにとぞお気をつけ頂きたい」
セツナとエリザの間に割って入るようにして体を差し込んできたのは、レムとシーラだった。彼女たちもエリザの強情ぶりに辟易していたのだろう。故に示し合わせたかのように、セツナを左右から庇う形で身を差し込んできたようだ。それはセツナの従僕と臣下ならではという距離の取り方であり、ファリアやミリュウにはできない芸当かもしれない。
さすがのワラル女王も、レムとシーラの迫力には押し負けたそうになったようだが、彼女は、セツナの手を離そうとはしない。
「え、ええ。ですから、セツナ殿がわたくしどもを護ってくださるのでしょう?」
「アズマリアがそのようなことを?」
「いいえ。ただ、“竜の庭”は極めて安全であり、わたくしたちが避難するには十分過ぎるとの話でしたので……」
「そうですか」
エリザの説明に、セツナはほっと胸を撫で下ろした。女王の言い分では、まるでアズマリアが彼女たちを説得するためにそのような方便を用いたのではないか、と思えたからだ。
「それはですね」
セツナが“竜の庭”とワラルのひとびとの今後の生活環境について説明しようとしたちょうどそのときだった。
「これが“竜の庭”か!?」
「こらこら、アマラ。いくら安全だからって走り回らないの」
「わかっておる! うちは子供ではないぞ!」
「そういうのが子供っていうんだけどねえ……」
聞き知った童女と女性の会話が耳に飛び込んできて、セツナは、無意識にエリザの手を解いていた。
マリアとアマラだ。




