第二千八百十九話 接近禁止領域(九)
雷光を纏い、敵陣の真っ只中を突っ切ってくるのは、ファリアにほかならなかった。オーロラストームを掲げ、無数の結晶体を周囲に展開させる彼女は、どうやってなのか空を飛び、神竜の群れのただ中を突き進んできているのだ。翼のように展開する結晶体にその秘密があるのかもしれない。
が、いまはそんなことを気にしている場合ではなかった。
紫電となって突き進むファリア、その周囲の神竜たちが視線を巡らせ、敵意を向ける。大口を開き、いまにも叫ぼうとしたちょうどそのときだった。
魔法で編んだ狂王の鎧を纏ったラムレシアは、数多の神竜を蹴散らしながらファリアの元へ辿り着き、呆気に取られる彼女をその巨大な腕で包み込み、引き寄せることに成功した。
「ユフィ!?」
「驚きたいのはこっちのほうだ、ファリア」
ファリアを包み込む雷光ごと抱きしめたラムレシアは、つぎの瞬間、神竜たちが咆哮するのを聞いた。何百もの竜語魔法が発動し、狂王の鎧に突き刺さり、炸裂する。強力無比な魔法爆発の連鎖は、さすがの狂王の鎧をも削り取り、徐々に破壊していく。だが、ラムレシアは、なんの恐怖も感じなかったし、心配もしていなかった。むしろ、安心感がある。オーロラストームの雷光ごと抱きしめた人物の無事をその目で見、その肌で感じ取れているからだろう。
「まったく、無茶をする」
「ユフィだって、同じじゃない」
「わたしは竜王だぞ」
「そうだけど……」
ファリアが不承不承に納得するのを見て、ラムレシアは微笑んだ。彼女のそういう優しさがラムレシアには必要不可欠だった。ともすれば、怒りと哀しみに囚われ、闇に沈みかねない、そんな魂を抱えている。故にこそ、光が必要だった。
そして、光のためならば、どのような苦境をも乗り越えられるという自負がある。
「わたしのことが心配だったか?」
「ただ、力になりたかっただけ。なんの心配もしていないわ」
「そうか」
ファリアの信頼が嬉しくて、彼女はつい相好を崩してしまう。
だが、その間にも敵の竜語魔法が炸裂するたび、狂王の鎧は原形を失い続けており、いまやラムレシアとファリアを包み込む胴体部分しか残っていない。
だからといって窮地に陥ったとは想ってもいなかった。
前方から閃光が奔ってきた。
それは、破壊的な力の奔流そのものであり、無数の神竜を飲み込み、あるいはその巨体の一部を打ち砕きながらラムレシアたちの頭上を駆け抜けていった。
「セツナよ」
「わかっている」
うなずいたのも束の間だった。直後、頭上がまばやく輝いたかと思うと、莫大な量の光が瀑布となって降り注ぎ、敵陣を圧倒した。神竜たちが後方に意識を向ける。そこへ、ラムレシアの眷属たちの猛攻が重なり、神竜たちの背後を襲った。
「マユリ様のいうように挟撃には……なったわね」
オーロラストームの雷光を消したファリアがつぶやく。確かに挟み撃ちの形となり、形勢は大いにこちらに傾いていた。神竜たちは、前方と後方からの攻撃に対応しなければならなくなり、ラムレシアたちに構ってなどいられなくなったのだ。狂王の鎧への魔法攻撃が止んだのも、そのためだ。
「ファリアは役に立っていないがな」
「ひ、酷いわね」
「事実だろう?」
「これから役に立つのよ!」
「ああ、期待している」
ラムレシアは、ファリアを抱き抱えると、彼女がオーロラストームを使いやすいようにした。なぜそうしたのかといえば、先程のように飛行しながらでは攻撃に専念できないだろうと判断してのことだったし、その判断は正しかったようだ。
ファリアは、なにもいわずオーロラストームを掲げ、雷光の糸で結ばれた結晶体を空に浮かべた。さらに無数の結晶体がオーロラストーム本体から外れ、空中に展開する。
敵陣の真っ只中。
神竜たちは、前方と後方からの挟撃に対応するべく、こちらには目もくれない。防戦一方だったということが、彼らの認識を甘くしたらしい。船と眷属たちで挟撃に持ち込めたのと同じ経緯だ。船が攻撃しないからこそ、神竜たちは、ラムレシアとその眷属への対応に注力した。
その結果が、ご覧の通りだ。
そして、またしても神竜たちは同じ過ちを冒している。
防戦一方だったが故に敵ではないと判定した結果、ラムレシアとファリアは自由の身となった。
オーロラストームの結晶体、そのすべてがラムレシアの背後に整列したかと想うと、緩やかに回転を始めた。雷光を帯び、回転する結晶体の群れは、その回転速度とともに発電量を上げていく。結晶体は、オーロラストームの雷光を発生させるためのものだと聞いているが、そのような方法で発電力を高めることができるというのは初耳だった。回転とその速度が発電力を高めるというのは、どういうことなのか。ラムレシアにはさっぱりわからない。
ただひとついえることは、オーロラストームを構え、敵を見据えるファリアの姿は、どんな人間よりも美しく、凜然としているということだ。
そして、オーロラストームがさながら竜の如く咆哮した。
高速回転する結晶体が生み出す莫大な量の雷光がオーロラストームによって束ねられ、その嘴のような発射口から撃ち放たれる。発射されるのは、無数の雷光の弾丸だ。莫大な量の電力を凝縮した雷光の弾丸は、ひとつひとつがとてつもない威力を持ち、神竜の肉体をたやすく貫き、腕を吹き飛ばし、飛膜に風穴を開ける。ただし、たとえ“核”が露出したとしても、運良く当たらなければ即座に再生してしまった。それは致し方のないことだ。雷光弾の威力は確かだが、雷光弾は直線にしか飛ばない。“核”が射線上になければどうしようもない。
雷光弾が止めどなく連射されていく中で、ラムレシアははたと気づいた。
「わかったぞ、ファリア」
ラムレシアは、満面の笑みを浮かべると、ファリアを抱えたままその場でゆっくりと回り始めた。するとどうだろう。オーロラストームから乱射される雷光弾は、ラムレシアの視線上――つまり、オーロラストームの射線上にいる神竜たちをつぎつぎと撃ち抜いていき、“核”の破壊にも成功していく。水平に回転するだけでなく、斜めにも回転すれば、さらに広範囲の神竜を攻撃することが可能となる。ファリアは、腕を掲げ、オーロラストームに集中していればいい。射線を動かすのが、ラムレシアの仕事なのだ。そして、神竜が向けてきた攻撃を防ぐのも、彼女の役割だった。
もちろん、戦っているのは、ファリアだけではない。
ラムレシアの眷属たちは竜語魔法の大合唱を続けることで神竜の群れを攻撃していたし、ウルクナクト号のセツナたちも神竜の群れへの攻撃を行い続けている。
セツナはさながら黒き突風の如く戦場を駆け巡り、神竜を一体一体確実に仕留めており、その鮮やかな手際は、人間業とは思えないものだ。ミリュウの擬似魔法は、竜語魔法に比べるとどうしようもなく稚拙だが、しかし、人間が再現する魔法としては上出来すぎるくらいの代物だった。いまや人間から失われた知識をどうやって手に入れたのかは興味の尽きないところではある。
ほかにも、暴風となって戦場を荒らし回るルウファの姿や、“死神”たちとともに踊るように戦うレム、光の刃を振り回すエスクなど、セツナ一行の戦いぶりも凄まじいものがあった。
その中でも特に素晴らしいのは、いうまでもなくファリアだ。
ファリアによる雷光弾の乱射は、なにも敵を撃破することだけが目的ではないのだ。
神竜の肉体を損壊することで回復行動に専念させ、攻撃の手を緩めさせる。それにより、ほかの面々がより一層攻撃に力を込めることができていた。
やがて戦いが終わった暁には、ファリアはラムレシアの腕の中でぐったりとしていた。
「よくやったよ、ファリア」
「ユフィのおかげよ……」
消耗し尽くし、汗だくになったファリアの顔は、どこか艶やかで、いつになく輝いて見えた。




