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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千八百十二話 接近禁止領域(二)


 ラグナが転生し、この世界にいるという報せは、セツナたちを大いに興奮させていた。

 待ちに待ったラグナとの再会がすぐそこまで来ているのだ。これを興奮せずになにに興奮するというのか、とでもいわんばかりに、だれもが熱を帯びていた。

 ウルクナクト号は、ラングウィンの座所を離れると、セツナの指示通り全速力で空を進む。

 真夜中、降り注ぐような星空の下、十二枚の光の翼を広げた方舟が凄まじい速度で飛んでいく。その先を行くのはラムレシアであり、彼女の眷属たちもまた、ウルクナクト号を取り囲むようにしてともに進んでいる。

 “竜の庭”を北西へ。

 東ヴァシュタリア大陸の北東端から海上に出て、そこからさらに北へと進む。

「全速力とはいえ、すぐに到達できるような距離でもない。接近禁止領域とやらに辿り着くまで、各々、休みたまえよ」

 などと、マユリ神がセツナたちの体調を気遣ったものの、機関室に集まった面々は、だれひとり自室に戻ろうとはしなかった。

「そうしたいのもやまやまだが」

「興奮して寝付けそうにないのよね」

「だってラグナだぜ?」

「うんうん!」

 こうしてみると、ラグナがセツナたちの心に残したものというのはかなり大きく、彼女の死がどれほど深い傷となって刻まれていたのかがわかろうというものであり、セツナ自身、あのときの喪失感を思い出すだけでやりきれなかった。そのやりきれなさを帳消しにできるわけではないにせよ、彼女が転生を果たし、この世に生まれ変わったというのであれば、喜ぶしかないし、興奮するしかないのだ。

 そんな一同の興奮状態に取り残されているものもいる。

「ラグナ……」

 エリルアルムが茫然とした様子でつぶやいた。彼女は、セツナがラグナと死に別れたあとに出逢った。ラグナという小飛竜がともにいたという話は何度となくしたし、ラグナとの想い出を語ったこともある。が、だからといって実感として理解できるはずもない。もしかしたら、セツナたちの作り話だと想っていたとしても不思議ではない。竜など、どこにでもいる生き物ではないのだ。しかし、いまや竜属の存在は当然のようにそこにあり、彼女も受け入れている。となれば、ラグナの話も嘘ではなかったのだと改めて認識してくれたことだろうが。

 とはいえ、エリルアルムや彼女の部下たちは、置いてけぼりにされたような様子だった。ラグナのことをよく知らないのだから、当然といえば当然だ。ネミアもそうだが、彼女の場合、エスクが側にいればそれだけで十分らしい。

「そういえば、エリルアルムは逢ったことがなかったっけ」

「ああ。話には聞いているが……」

「それだけじゃあ俺たちがなんでこうまで興奮しているのか、まったく理解できないだろうな」

 シーラが苦笑を交えつつ告げるも、エリルアルムは頭を振った。

「そうでもないさ」

「そうか?」

「ラグナをセツナに置き換えればいいだけのことだろう」

「なるほど……?」

 シーラが疑わしげに首を捻る横で、ファリアが肯定気味につぶやく。

「ちょっと違うような気もするけれど……まあ、大切な仲間といえば、そうかもね」

「でもラグナはセツナじゃないわよ。セツナの代わりにはならないわ」

 とは、ミリュウ。彼女は、これ見よがしにセツナの腕に自分の腕を絡ませている。

「そういう意味でいったわけではないぞ。わたしだって、セツナの代わりはいないということはわかっているつもりだ」

「元婚約者の代わりがいないって、結婚を諦めるってことかしら?」

「諦めてなどいないが」

『え?』

 機関室にいた女性陣のほとんどが、異口同音に驚愕の声を上げ、エリルアルムに視線を集中させた。彼女は、凜然たる表情で、こちらを見ていた。そのまなざしには、確かな愛情がある。

「年上女房も悪いものではあるまい?」

 彼女の意見に反論の声がなかったのは、女性陣のほとんどがセツナより年上で、年下なのがエリナ以外にいなかったからだろうが。

 気まずい沈黙がしばらく続いた。


 風を感じている。

 真夜中、吹き抜ける風は凍てつくほどに冷え切っている。が、竜の体を痛めつけるには至らない。人間と竜、その両方の特徴を併せ持つ姿は、しかし、人間のそれとはまったく異なるものなのだ。顔や大部分の肌などは人間の頃と変わらないのだが、それは見た目だけのことだ。実際は、竜の鱗に覆われた部分と大差がなく、故に凍てついた空気にも余裕で耐えられた。

 竜になったが故の強みは、人間時代の記憶があるからこそ際立つ。

『ラグナシアは、気持ちの良いひとたちに出逢ったようですね』

 脳裏に過ぎったのは、別れ際に交わしたラングウィンとの会話だ。ラングウィンは、慈愛に満ちたまなざしを船に乗り込む人間たちに向けていた。ラングウィンにとっては、いきとし生けるものすべてが愛するべき対象であり、そこに区別も差別もなかった。彼女は、分け隔てなく、すべてを愛した。

 昔から、そうだった。

 最初からだ。

 ラングウィン=シルフェ・ドラースと呼ばれる前、始まりの竜の一体としてこの世に在ったときからずっと、それだけは変わっていない。

 それ故、三界の竜王としての役割は、彼女にとって地獄以外のなにものでもなかっただろう。なにせ、世界の管理者として、強く干渉することもできず、ただ見守り続けなければならないのだ。その大いなる愛を以て救えるはずの命を見捨てなければならなかった。その苦痛たるや、ラムレシアには想像のしようもない。

 その点、ラムレスもラグナシアも気楽なものだ。

 ラムレスは暴君であり、他種属、特に人間を嫌っていたこともあり、世界中でどのようなことが起ころうとも無関心だったし、ラグナシアは奔放で在り続けた。

 ラングウィンは、ただ失い続けたのだ。

 その何十億年という長きに渡って積み重ねられた哀しみを、いま、“竜の庭”を広げることで癒やしている。人間だけではない。様々な動物、植物、皇魔にすら手を差し伸べ、慈しみに満ちたまなざしと言葉、行動によって護り、愛することが、ラングウィンの本来在るべき姿だったのかもしれない。

『特にファリアは最高だぞ』

 ラムレシアは、船に乗り込む直前、こちらを振り返ったファリアに向かって手を振りながら、告げた。ファリアほど素晴らしい人間はいない。ユフィーリアに人間とはなんたるかを教えてくれたクオン=カミヤも良い人間だったが、ファリアの良さには敵わないのだ。こればかりは致し方がない。クオンも悪い人間ではなかったのだが。

 いまや、敵だ。

『あなたは……口を開けばファリア、ファリアと。それしかいうことがないのですか?』

『む……』

『ふふ。あなたも変わりましたね』

『変わった? わたしがか? それとも、ラムレスが……か?』

『どちらもです』

 ラングウィンの柔らかなまなざしは、いつだって心を包み込むようだった。

『ラムレスは、あなたと出逢い、変わった。あなたは、ファリアと出逢い、変わった。人間には、竜を変える力があるのかもしれません』

『ユフィーリアは、人間だった』

『種族としては、そうでしょう。が、心は、その在り様は竜そのものでしたよ』

『……ありがとう、ラングウィン』

 ラムレシアは、ユフィーリアとして、またラムレスとして感謝の言葉を述べた。

 その言葉だけで、救われた気がした。 

 竜になれなかったと想っていた。だが、どうやら、本物の竜から見ても、立派に竜をやれていたらしい。その事実は、いまこそ彼女の心に宿る竜の魂を震わせ、燃え上がらせる。

 そうするうちに東の空が白み始めた。

 夜通し飛び続け、黎明を迎えたのだ。

 とうに“竜の庭”を抜け、東ヴァシュタリア大陸を後にしている。

 接近禁止領域までは、まだ遠い。

 そんなときだった。

 ラムレシアの目は、遙か前方の異変を捉えたのだ。

(あれは……)

 遙か水平線の彼方、黎明の光に曝されて、無数の影が蠢いていた。


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