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第二百七十九話 真偽は何処

 ナグラシアを奪還し、ガンディア軍の補給路を断つ、というのが翼将サイ=キッシャーの考えだった。ナグラシアといえば、ガンディア軍の電撃的な強襲によって陥落した都市であり、第四龍鱗軍の駐屯するスマアダからほど近い場所にあった。

 ナグラシアの陥落が、ガンディア軍を勢いづけたのは間違いない。

 ガンディア軍は、ナグラシアを拠点として、各地に部隊を派遣したのだ。難攻不落と名高いバハンダールが落ち、ゼオルまで制圧されてしまったという。さらに北に向かって進軍している部隊もあるといい、マルウェールが攻撃されるのは時間の問題だという話だった。

 ナグラシアを奪還すれば、ガンディア軍の補給線を断ち切ることができるだろう。そうすれば、ガンディア軍も戦線を維持する余裕がなくなっていくはずで、持久戦に持ち込むという手も出てくるのだ。

 バハンダールを経由しての補給線もあるのだが、さすがに難攻不落の城塞都市まで長駆するだけの余裕はない。それに、マイラム・ナグラシア間の補給路はともかく、レコンダール・バハンダール間の補給路は安定していないだろう。バハンダール湿原を北南に貫く街道は狭く、細い。

 とはいえ、ナグラシアに攻撃するにはスマアダの防衛戦力を割く必要があり、ジベルやベレルの動向を考えると、手放しで賛同できるものではなかった。

 第四龍鱗軍の総兵力は千人である。都市を防衛するだけならば、千人でも持ち堪えられるかもしれない。そして、スマアダが持ちこたえている間に、ナグラシアやゼオル、スルーク辺りが援軍を差し向けてくれるはずであり、そういう都市間の連携こそがこの戦力配置の肝となる部分であるはずだった。しかし、いまは援軍を期待できる情勢にはない。ナグラシアもゼオルも敵の手に落ちている。そんな状況下で五百人も割くというのは正気の沙汰とは思えないが、ナグラシアを奪還できれば、起死回生の一撃となり得るのかもしれない。

 サイがナグラシアの奪還に踏み切ったのは、ナグラシアの防備が手薄だという情報を入手したからだという。ガンディア軍はほとんどの戦力をザルワーンの各地に派遣しており、制圧した都市の守備がおざなりになっているということだった。普通ならばそんなことはありえないと思うのだが、戦略もなにもあったものではないようなガンディア軍の戦い方を考慮すると、そういう可能性もなくはないとも思えてくる。

 ガンディアは、明らかに事を急いていた。発作のようにナグラシアを強襲したことからもわかる。まるでなにかに追われているかの如く、各地の制圧を急いでいる。そして、ナグラシアの制圧からわずか十日あまりで、バハンダールやゼオルを落としてしまった。恐るべきことだが、同時にザルワーン側の拙さ、愚かさが浮き彫りになったともいえる。特に、にわかに聖将となったジナーヴィ=ライバーンの軍勢がガンディア軍に敗れたのは、ミレルバスの失態といえるのではないか。

 国主も人間だ。失敗もする。だが、これほど手痛い失策はない。ジナーヴィの敗北によって、ザルワーン軍は多大な兵力を損失し、ゼオルまで失ったのだ。ガンディア軍は勝利の勢いに乗り、龍府に向かうことだろう。

 ゲイリーたちは、意気揚々とザルワーンの首都へと押し寄せるガンディア軍の背中に噛み付こうとしているのだ。ゲイリーに与えられた戦力で噛み付いたところで痛くも痒くもないだろうが、ナグラシアを奪い返されれば話は別だろう。ガンディア本国との連絡路が閉じられるのも同じなのだ。補給線も断たれる。ザルワーン軍が持久戦に持ち込むことさえできれば、勝機も生まれてくるはずだ。

(吠え面をかくがいい)

 ゲイリーは、ガンディアの連中が顔面を蒼白にする瞬間を夢想して、笑いを堪えるのに必死にならざるを得なかった。


 ナグラシア奪還部隊がナグラシアの南方に布陣したのは、二十一日正午過ぎだった。スマアダを出発して約二日、街道を駆け抜けてきた。皇魔に遭遇するというようなこともなければ、なんの問題も生じなかった。

 幸先がいいとは思ったが、ゲイリーは気を引き締めるのを忘れなかった。

 ゲイリーたちがナグラシアの南側に布陣したのには大きな理由がある。ナグラシアには北門と南門しかなく、西と東は分厚い城壁が聳えているということがひとつ。そして、もっとも大きな理由は、ガンディア軍がナグラシアを攻略する際、城門に巨大な穴を空けたということだ。

 ナグラシアの門といえば、とにかく巨大で分厚く、簡単に破壊できるものではないという話だったが、ガンディア軍の黒き矛がそれをやったらしい。城門の穴は簡単に塞ぐこともできなければ、取り替えること自体容易ではない。情報では、南門は穴が空いたまま放置されており、城門としての機能は失われているということだった。ならば、そこに付け入るべきだろう。ガンディア軍は、自分たちがナグラシアを制圧するために空けた穴によって、ナグラシアを奪還されるのだ。

 だが、南門が不完全だということはガンディア側にも知れていることであり、戦力の多くが南門に割かれていると見るべきだろう。いくらナグラシアの防備が不十分という情報があるとはいえ、警戒するに越したことはない。といって、北門から攻めこむという手はない。北門は、南門と同じく強固な城門であり、打ち破るのは簡単なことではないのだ。たった五百の戦力でそれを成そうとするのは無理があった。

 都市の奪還自体、この戦力では無茶なことなのだが、命じられた以上はやり遂げるしかない。翼将サイ=キッシャーには確信があるようなのだ。とてつもない自信家の彼には、信頼の置ける情報網があるらしく、それによればジベルとベレルの動向も無視していいということらしい。

 外征に対して消極的なベレルはともかく、ジベルはかねてよりザルワーンを敵視しているということもあり、その動きには細心の注意を払わなければならないのだが、どうやらジベルはベレルに興味を抱いているというのだ。ジベルがベレルに攻め込めば、スマアダは両国の関心から外れることになる。ジベルはベレルに熱中し、ベレルはジベルの攻撃に対抗しなければならなくなる。

 だから、五百もの戦力をナグラシア奪還に当てることができたともいえる。

 そして、その信頼の置ける情報網が、ナグラシアの防衛戦力の微弱さをサイに伝えてきたというのが十八日。その情報を元に軍議が開かれ、副将であるゲイリーが奪還部隊を率いることになってしまったのだが、彼としてはサイの顔を見ずに済むのなら、いかに困難な任務でも構わないと思ってもいた。

「南門の様子はどうだ」

「情報通り、手薄です。敵軍もこちらに気づいているはずですが、城門前面に展開している部隊は五十人程度で、増強される気配はありません」

「さすがは翼将殿、だな……」

 部隊長からの報告に、彼は、舌を巻く思いがした。サイの情報網がいかに優秀なのかがわかったのだ。

 翼将の秀麗な顔が思い浮かぶ。してやったり、というような表情をする男ではないのだが、ゲイリーの脳裏にはサイ=キッシャーの自慢げな顔が捏造された。彼は自信家ではあるが、それを勝ち誇るような器の小さい人物ではないのだ。そこが、ゲイリーの気に喰わないところでもある。器の小さな自分の惨めさがはっきりとわかってしまうからかもしれない。

 だが、上司にするには、サイほど適した人物はいない。ゲイリーは彼のことは心情としては嫌いだったが、理性的に考えれば、彼ほど優秀な翼将はほかにはいないと思っていた。ナグラシアの翼将ゴードン=フェネックと比較すれば、天と地ほども違うといっていい。サイが仕えるに値する人物だからこそ、嫌悪を抑えきることができるのだ。

 そしていまもまた、サイの好判断によって、ゲイリーは手柄を上げることができる。ナグラシアを奪還することができれば、奪還部隊を率いたゲイリーも激賞されるに違いない。そう考えれば、手柄を部下に譲る翼将の存在はありがたいという他なかった。

「つまり、ガンディアは戦勝を焦り、ナグラシアを蔑ろにしていると見て間違いはない、か」

「我々が奪還に動くとは思いもよらなかったのでは?」

「それもあるな……」

 ジベルとベレル、二つ国の国境に隣接した都市であるスマアダの兵力を動かすというのは、普通、考えられることではない。そういう可能性は考慮しただろうが、捨て置いても問題無いと結論付けるだろうし、それが当たり前だ。たった千人の兵力をさらに分割して軍事行動を起こすなど、到底予想できるものではない。そういう意味でも、この奪還部隊の行動は、ナグラシアの守備部隊にとって寝耳に水の話かもしれない。

 だが、容赦する必要はない。ガンディアもナグラシアを急襲したのだ。彼らも痛い目に遭うべきなのだ。

 ナグラシア奪還部隊の布陣は、ほぼ完全なものになっているように見えた。どの部隊も、ナグラシアの南門に向かって、いつでも動き出せるようだ。たった五百人。されど五百人だ。まず、南門前の五十人では抑えきれまい。

 怒涛のように攻めこみ、ナグラシアを制圧するのだ。

「さて……」

 ゲイリーは、左右を見た。部隊長は、やや緊張した面持ちで副将の表情を窺っている。そのうちのひとりが、恭しく告げてきた。

「準備は万端整っております。いつでも、ご命令を」

 ゲイリーは、静かにうなずくと、あらん限りの声を上げた。

「全部隊、進軍開始! ナグラシアを奪還せよ!」


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