第二千七百九十七話 それぞれの望み、そして(二)
アル、イル、エルの三体は、リョハンの周辺領域調査隊によって発見されたのち、空中都に保管されていた。発見された際、三体の魔晶人形は完全な行動不能状態であり、徹底的に調べ上げられたものの、マリク神の力をもってすら起動することさえかなわず、蔵の中に保管されることとなったという。そんな人形たちが突如として動き出したのは、第二次リョハン防衛戦後、セツナがリョハンに滞在している間だった。再起動の原因は、おそらく、魔晶人形たちの心核に黒魔晶石を採用しているからだろうと推測していたが、そうなると、今度は彼女たちがどうやってリョハン近郊まで辿り着いたのかがわからないという疑問を持たざるを得なくなった。
黒色魔晶石は、膨大な力を秘めた魔晶石だが、特定波光と呼称される波光でなければ起動しないという特性がある。その特定波光とは、どうやらセツナが発する波光であり、故にウルクは、セツナがいなかった二年近くの間、機能停止状態に陥っていた。もし、アル、イル、エルの三体の心核が黒色魔晶石だというのであれば、リョハン近郊まで辿り着くことすら不可能なはずだった。また、黒色魔晶石が心核でないのであれば、セツナがいることで起動することもなかったはずだし、ウルクのようにセツナの命令や指示通りに動くはずもないのだ。
しかし、三体の魔晶人形は、黒色魔晶石を心核とするウルクの如き反応を見せた。故に抱いた疑問は、副心核の存在がウルクによって明らかにされたことで解消されたのだ。
副心核は、主心核である黒色魔晶石が眠っている間も魔晶人形を動かすために設けられたものであり、アル、イル、エルらウルク捜索用魔晶人形を始めとする新世代の魔晶人形に搭載されているという。ウルクに搭載されなかったのは、当時発掘されていた魔晶石では、魔晶人形を動かすに足る力を得られなかったからであり、捜索用魔晶人形がウルクに比べて小型なのも、副心核に採用した魔晶石から得られる力を考慮してのことであるらしい。つまり、副心核に採用した魔晶石では、ウルクと同等の魔晶人形を動かすことはできないのだ。
「なるほどな。色々とわかった。つまり、ミドガルドさんは、おまえに逢いたがっている、と、そういうことだな」
「おそらく」
「いや、間違いないさ」
セツナは、断言して、ウルクを見た。
ミドガルドにとっては愛娘のようなものだということは、彼と彼女の関係を見ていればよくわかることだった。ミドガルドは度々ウルクを娘のように扱い、親心を現した。ウルクは、自分には父などいないという立場を貫いているが、かといって、ミドガルドに特別な感情を抱いていないわけではなさそうだった。でなければ、ミドガルドに逢いに行きたい、などとはいうまい。
「だから、イルたちを寄越した」
それも世界中にばらまいたらしい、というのが、ウルクの話からわかっている。
ミドガルドは、“大破壊”によって変わり果てた世界で、ウルクがどのような状況にあるのかがわからず、気が気ではなかったのではないだろうか。ウルクは、“大破壊”の爆心地にいたかもしれない。なにせ、ウルクがガンディオンに向かったのは、ミドガルドも承知のことだ。ウルクは、セツナを救援するためにガンディオンに向かい、そこでセツナとともに三大勢力との戦闘に参加した。そして、“大破壊”が起きた。ミドガルドには、ウルクが無事であるかどうかすらわからなかったのだ。
故にウルク捜索用の魔晶人形を作り上げ、量産した。そしてそれらを世界中に向かって発進させ、そのうちの三体がリョハン近郊に辿り着き、リョハンに拾われた。運が良かったのは、魔晶人形を発見したのが、ウルクをよく知る人物だったことだ。そして、リョハンにウルクのことを知る人物が何人もいたということも、幸運だっただろう。だからこそ、三体の魔晶人形は大切に保管されることになった。もし、ウルクのことを知らないものたちが拾っていたならば、保管されていたかどうかもあやしいものだ。躯体に使われている金属を再利用するべく、分解されていたかもしれない。そういう目に遭っている魔晶人形がいたとしても、なんら不思議ではない。
「ミドガルドがわたし宛ての伝言をイルたちに託したのは事実です。ただ、ミドガルドがなにを伝えたいのかは、わかりません」
「逢いたいんだろう」
「それだけ、でしょうか」
「さあな。ただ、確実にいえることがある」
「なんでしょう?」
「ウルクのことを心配しているってことさ」
「心配、ですか」
ウルクは自身の腕を見下ろし、首筋に触れた。弐號躯体は、ちょっとやそっとのことでは傷つかない。召喚武装による攻撃にすら耐え抜くほどの頑強さを誇るが、セツナを護るため、自身の首を撃ち抜くという荒技をやってのけたことで、そこに弱点を作ってしまっていた。その結果、彼女自身、全力を出して戦うことすら難しいという状況に陥っている。
「その首のこともある。一度ミドガルドさんに診てもらったほうがいいのは間違いないな」
「そう……ですね。ミドガルドなら、弐號躯体を修理修復することも可能でしょう」
「ああ」
それどころか、ミドガルドならば、弐號躯体を上回る躯体として参號躯体を作り上げている可能性すらあるのではないか。
あれから、三年近くが経過した。
その間、ミドガルドはどうやら聖王国領で研究と開発を続けていたらしいことがウルクの言葉の端々から伝わってきている。ウルク捜索のために新型の魔晶人形を完成させ、量産に成功していることからも、並外れた生産力も持っているらしいのだ。その力でウルクのための新たな躯体を作り出していたとしても、なんらおかしくはなかった。もちろん、期待のしすぎは良くないものの、期待せずにはいられないという気持ちもあった。
「ですが、そのためにはここを離れなければなりません。ミドガルドの居場所は、聖王国領。ここからはあまりに遠い」
「そうだな……それは、さすがに今日一日じゃあ無理だろうな」
ディール王国領は、ここより遙か南西に位置する。ウルクナクト号を全速力で飛ばしたとして、数日どころか、十数日はかかるのではないだろうか。つぎの目的が決まっている以上、おいそれとリョハンを離れるわけにはいかないのだ。
ラングウィン=シルフェ・ドラースが待っている。
「ですので、今日一日をそのときのために取っておきたいのです」
「そういうことか」
セツナは、ウルクの考えを理解して、笑顔になった。
「ウルク。おまえのいいたいことはわかったし、気持ちも理解できた。だが、な」
「駄目なのですか?」
「いや、そういうわけじゃない。むしろ、ミドガルドさんに逢いに行くのは賛成も賛成、大賛成だよ」
むしろ、居場所がわかっているというのであれば、いますぐにでも飛んでいきたいところだった。ラングウィンに逢うというラムレシアとの約束がなければ、そうしたに違いない。なにせ、ウルクの躯体を修理するのは、急務なのだ。それだけで戦力が増強されるし、なにより、ウルク自身の不安が減る。
「でも、それはそれ、これはこれだ。ミドガルドさんに逢っておまえを診てもらい、修理してもらうのは、おまえ個人の話じゃなく、俺たち全体の話だろ。だから、それは俺個人への願望として受け止める必要はないってことだ」
「はい?」
「だからさ、今日一日ウルクのために使ったとしても、ミドガルドさんに逢いに行くのは絶対だってこと」
セツナが明るく言い放つと、ウルクはしばらく考え込んだ後、視線をセツナに定め、抱きついてきた。




