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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百九十三話 それぞれの望み(七)


 ウルクナクト号は、リョフ山北西部にある大渓谷、その深く険しい谷底に隠されている。谷底ならば敵の目も届かず、戦闘に巻き込まれる心配がない上、たとえ放置していたとしても、まったく無関係の第三者の目に触れることも手に触れられることもないからだ。

 大渓谷にこれといった呼称がなく、ただ単に大渓谷と呼ばれているのには理由がある。それは、大渓谷そのものが“大破壊”以前には存在せず、平坦な大地に過ぎなかったからだ。かつてシオナ大平原と呼ばれた大地は、“大破壊”によって蹂躙され、引き裂かれたことによって深く険しい渓谷が生まれたのだという。そのため、シオナ大渓谷と呼ばれることもないではないが、そもそも、大渓谷の存在そのものを知らないもののほうが多いという。

 リョハンがその存在を認識していたのは、“大破壊”以降、激変した世界の現状を把握するべく、定期的に周辺領域調査を行っていたからであり、ラムレス=サイファ・ドラースの協力によって膨大な情報を得ることができていたからにほかならない。つまり、“大破壊”によって教会の庇護下から外れざるを得なくなったリョハン周辺の都市のひとびとは、自分たちが置かれている状況を正しく把握することすらできていないのだ。シオナ大平原に巨大な渓谷が生まれている事自体、知る由もない。

 そういう意味においても、大渓谷の谷底に船を隠すという案は、名案といえた。

「多少、遠かったけどな」

「まあそういうなよ。俺は、楽しかったぜ」

 セツナの首に腕を絡めたまま、シーラは快活に笑った。

「それはなによりだ」

 セツナは心底思った。彼女が満足というのであれば、なにもいうことはない。道中、セツナとシーラの会話が止まることはなかった。セツナが地獄における最終試練の話をすると、彼女は興味津々といった様子で質問攻めにしてきたからだ。そして、メイルオブドーターの試練については、ありのままではなく、かなりぼやかし気味に伝えている。それで彼女が納得してくれたのかどうかは不明だが。

 そんな彼女を抱え、リョハンを飛び立ったセツナは、リョフ山の横穴を飛び出すと、シオナ大平原へとまっすぐに向かった。そして、大地に刻まれた巨大な亀裂を上空から見下ろし、その谷底が暗黒の影に沈んでいることを確認している。上空からでは、強化されたセツナの視力でもってしても、ウルクナクト号の所在を掴むことができなかった。簡単に見つかっては、隠した意味がない。

 それから、大渓谷の谷底へとゆっくりと降下していく内にウルクナクト号の天蓋を確認し、天蓋上に降り立つと、半透明の天蓋そのものが開閉して、セツナたちを迎え入れてくれた。ウルクナクト号には、マユリ神がいる。女神は、戦いが終わってからというもの、ウルクナクト号とリョハンを行ったり来たりしているというのだが、その理由はよくわかっていない。

 ウルクナクト号は、谷底に隠してあり、まず見つかることはない。見つかったとしても、神以外の手で動かすことが出来ない以上、だれかがどうにかできるものではないのだ。放っておいてもなんの問題もないはずだ。しかし、マユリ神は、なにやら熱心に動き回っているらしく、それにはマリク神も関わっているようだった。

 甲板に降り立ち、船内に入る。通路は、入った瞬間こそ暗かったものの、セツナたちが足を踏み入れた途端、つぎつぎと照明器具に光が灯り、明るくなっていった。マユリ神が気を利かせてくれたに違いない。

「で、ここからどうするんだ?」

「いろいろ考えたんだ。考えたんだよ」

「それはさっき聞いたよ」

「考えたけど、結局、なにも良い案が思い浮かばなかったんだ」

 そういって、彼女はこちらをちらりと見た。当然のことだが、甲板に降りたときに彼女を腕の中から解放している。シーラはその際、多少名残惜しそうにしていたが。

「俺さ、案外満ち足りてるんだよな。セツナの側にいられるだけで……結構、幸福なんだ」

「シーラ……」

 セツナは、思わずシーラを抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。シーラのその一言は、セツナの感情を激しく揺さぶるものだったのだ。セツナの望みは、周囲のひとびとの幸福だ。そのひとりがシーラであり、そんな彼女が幸福といってくれるのだ。これほど嬉しいことはない。

「だから、なんだと想う。特別なことなんてしなくたっていいんだ。いつも通りで」

「いつも通り……ね」

 シーラの言葉を反芻するようにつぶやいて、うなずく。

 それが彼女にとってなによりも願うことだというのであれば、叶えるべきだ。


「なら、ここか」

「うん」

 シーラが小さくうなずく。

 ふたりが立ち止まったのは、船内にある訓練室の前だ。シーラがいつも通りのことを望むというのであれば、セツナとて否やはない。彼女の願望通り、いつものように彼女との鍛錬に打ち込めばいい。

 彼女は、ただの戦士ではない。戦いの中に喜びを見出す戦闘者だ。肉体を激しく動かす鍛錬でぶつかり合うことが、彼女にとってはなによりも楽しく、嬉しいことなのだろう。セツナにも、そういう面は多分にあったし、強敵との戦いほど興奮している自分がいることも知っている。

 戦闘者。

 戦いの中に喜びを見出す困った人種といっていい。

「じゃあ、あとで」

「おう」

 訓練室には、訓練用の衣服に着替えるための更衣室が併設されており、更衣室は当然ながら男性と女性で分かれている。

 男性用の更衣室に訓練服に着替え、訓練室に赴くと、だれもいない空間が待っていた。音もなく、空気は冷え切っている。照明器具の光だけが降り注いでいて、それが妙に眩しく感じる。そして、懐かしくも、だ。そう長い間ウルクナクト号を離れていたわけではないはずだが、久しぶりに訓練室に足を踏み入れた気がした。気のせいだろう。

 しばらくして、訓練服に身を包んだシーラが現れた。長い髪を後ろでひとつに束ねたその姿は、いつにも増して凜々しく見える。訓練用の服というのは、激しい運動にも耐えられるよう伸縮性、柔軟性に優れ、さらに耐久性も高い素材で作られており、体にぴったりと密着している。そのため、体の凹凸がはっきりとわかるのだが、胸の豊かな女性の場合、その性質が仇となり、運動の邪魔になるため、むしろ胸を圧迫するようになっているという。つまり、いまのシーラは胸が平坦に近くなっており、その分、動きやすいらしい。

「待たせたな」

「そう待ってはいないさ」

 セツナがそう言い返した直後だった。

「たったふたりで鍛錬とは、めずらしいことだ」

「うおっ」

「わっ」

 突如として割り込んできたのは、マユリ神の声であり、同時に閃光が生じたかと想うと、訓練室のちょうど真ん中辺りに少女姿の女神が降臨した。背部には眠るマユラ神の姿もある。淡い光を帯びたその姿は、いつもの如く神々しく、美しい。

「なんだ、その反応は。失礼な」

「いや、前触れもなしに現れりゃあだれだって驚くだろ」

「そーだそーだ」

「わたしがここにいることは知っていたはずだが」

 あきれてものもいえない、とでもいいたげなマユリ神だったが、セツナたちにだって言い分はある。

「そうだけど……でもさあ、訓練室に転移してくるとは想わないだろ」

「なにか作業中って話だったしな」

「……それもそうか」

 マユリ神は、少しは理解を示してくれたようだ。となれば、今度は、こちらが疑問を浮かべる番だ。マユリ神がなんの理由もなく話に割り込んでくることなど、そうあることではない。

「で、なんなんだ?」

「断っておくが、おまえたちの逢瀬を邪魔するつもりはないので安心するがよい」

「お、逢瀬っておい」

「違うのか?」

「いいや、違わねえよ」

「セツナ!?」

 素っ頓狂な声を上げるシーラを、セツナはむしろ疑問に想った。

「まあ、否定するようなことじゃあないだろ」

「そ、そうかもしれねえけどよお」

「それで?」

「訓練室に新たな機能を追加したのだ。それを使えば、おまえたちはより効果的、効率的に鍛錬を行えるかもしれぬ」

「新機能の追加? そんなことが……!?」

 セツナは、シーラと顔を見合わせ、大いに驚いた。


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