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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百八十八話 それぞれの望み(二)


 第三次リョハン防衛戦の開戦前、セツナにはミリュウ、シーラ、レム、ウルクの四名と取り交わした約束がある。

 それは、戦いが無事に終われば、四人の願望を聞くというものであり、その約束によってセツナの戦術、戦力配分を押し通したのだ。そして、その約束の実行は、セツナの肉体的精神的休養にも繋がるという理由により、大義名分を与えられたといっても過言ではなかった。

 つまり、そのときがきたということだ。

 セツナへの願望は、当然、四者四様のようだったが、いずれにせよ、一日セツナとふたりきりの時間を設けることが最重要であり、それさえ満たされればあとはどうでもいい、とでもいわんばかりの有り様だった。セツナにしてみれば、四名がそれぞれどんなことを望み、叶えようとしているのか、想像もつかなかったし、それが本当に休養になるのかは疑わしいところでもあったが、四名と取り交わした約束を破るなど以ての外だったし、先日ファリアにいわれたこともあり、彼女たちの願いを叶えることに注力することにした。

 体調は、頗る良かった。たった一日休んだだけだったし、その翌日には挨拶回りをしたものだが、それでも体調も精神面でも安定していた。だからこそ、その翌日、つまり十一月九日から彼なりの感謝祭が始まったのだ。

 初日となる九日は、ミリュウが対象となった。

 事前に伝えていたこともあり、彼女は前日からそわそわしていたし、興奮を隠せない様子だった。なにかを企んでいるらしいことはわかったが、それがなんなのかは、セツナにはさっぱり見当も付かなかったし、深く考えないようにしていた。もっとも、そわそわしていたのはミリュウだけではない。シーラもレムも、ウルクさえ、セツナとのふたりきりの一日をどう使うべきかについて色々と考え、悶々としているように見えた。

「モテモテなのも大変ですなあ」

 完全に他人事のエスクの発言が耳に刺さった。返す言葉もない。こういう状況を作り出したのは、ほかならぬセツナ自身だ。自縄自縛。自分で自分の首を絞め続けている。しかし、決して苦しいわけではなかったし、彼女たちへの責任を果たさなければならないという想いもある。

 この絶望的ともいえる戦いに巻き込んでしまった彼女たちには、幸せになってもらわなければならない。それにはどうすればいいのか。どうなれば、彼女たちは幸福になるのか。そればかり、考える。彼女たちが自分に寄せる好意、愛情に応えるのが第一だが、それだけで満たされるのか。それだけで、幸福といえるのか。

 四人だけではない。

 ファリア、エリナ、エリルアルム――いま、自分の周りにいる女性陣のことを考えると、それだけであっという間に時間が過ぎていく。

 皆の想いにできる限り応えたい、というのは、独善以外のなにものでもないのだろう。だが、それでも、セツナには、皆に幸せになってもらいたいという想いがあり、その想いこそが原動力となっているのだから、仕方がない。もし、それが許されないというのであれば、戦う意味も見失ってしまうだろう。

 

 十一月九日。

 ミリュウは、朝から機嫌が良かった。

 暗紅色の衣服を身につけた彼女は、普段よりもおとなしめの雰囲気を帯びており、常ならぬ空気を纏っているといってもよかった。その上で、笑顔を絶やさない。その笑顔がセツナへの好意と愛情に溢れているものだから、セツナも心から安堵した。彼女は、このときを心待ちにしていたのだ。

 朝からふたりきりの時間を得られるこの日を。

 朝食のときから、ふたりきりだったのだ。

「なんだか新鮮ね」

 彼女は、ゲイン=リジュールの手作り料理を口に運び、微笑んだ。

「そりゃあ取れたてだからな」

「そういうことじゃなくて」

「わかってるよ」

 軽い冗談だと笑い飛ばして、セツナは彼女の膨らんだ頬を見つめた。

 確かに、新鮮な気分はあった。

 ミリュウと出逢って、随分と時間が経つ。今日に至るまでの間、ふたりきりの時間がなかったわけではないし、ミリュウとふたりだけで行動した記憶はそれなりにある。しかし、ここのところ、そういう時間があまり取れなかったこともあり、また、戦いに次ぐ戦いの日々ということもあって、なんだかこういう穏やかな時間をふたりきりで過ごすというのは、不思議と新鮮な気分になるのだ。

 リョハンにおいてセツナたちが宿所として利用している建物の一室。食堂ではなく、ミリュウの部屋だった。食堂だとふたりきりにはなれないからだ。つまり、わざわざ食事をここまで運んできたのだが、それはミリュウ自身が行っている。

「ね、覚えてる?」

「ん?」

「最初、あたしたち、敵同士だったのよね」

「そりゃあ覚えてるさ。忘れようがない」

 セツナは、当たり前のことだと想った。彼女のいうとおり、最初、彼女は敵だった。ザルワーン戦争の真っ最中に敵対し、殺し合ったのだ。ザルワーンが誇る魔龍窟の武装召喚師たち、そのひとりとして、ガンディアに立ちはだかり、セツナの前に現れた。そのとき彼女が用いた召喚武装は、幻龍鏡。自身の幻像を生み出すそれは、同時に触れた召喚武装を完璧に再現するという能力も持ち合わせていた。そして、幻龍鏡によって再現された黒き矛を手にしたミリュウは、セツナ以上に黒き矛の力を引き出し、セツナを圧倒したことは記憶に深く刻みつけられている。

 召喚武装から引き出せる力は、使い手の技量次第であることがはっきりとわかった事柄だった。

 そんなことを脳裏に過ぎらせると、ミリュウが相好を崩した。

「あ、嬉しい」

「なにが」

「忘れようがないってこと」

「なに当たり前のこといってんだか」

「当たり前……当たり前かあ……」

 彼女は、セツナの言葉を噛みしめるように反芻して、彼女は微笑んだ。その微笑の柔らかさは、ミリュウ本来の美しさを引き出しているような気がした。

 セツナは思わず見取れて、食事をする手を止めた。

 その瞬間、時間さえも止まったような気がした。

 それはきっと、とても崇高な時間だったのだろう。

 そんな気がする。


 ミリュウの願いは、ただ、セツナとふたりきりでいることだった。

 それだけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。ただそれだけのことだが、しかし、それこそが彼女にとって重要であり、これまでどれだけ望んでも叶えられなかった願いだったのだ。なぜならば、セツナの周囲は常に騒がしい。ひとが増えれば増えるだけ、セツナがひとりでいる時間さえ奪われていくのだ。セツナとふたりきりの時間を確保することほど難易度の高いことはない。

「本当にそれだけでいいのか?」

 セツナが問うと、ミリュウはにこやかにいったものだ。

「なにもしなくていいの。ただ、一緒にいて、たまに話をしてくれるだけで、それだけで十分」

「俺に気を使う必要はないんだぞ」

「気を使ってたら、こんな時間さえ設けないってば」

「そうか……」

 ミリュウの言い分には説得力がないではない。確かに彼女のいうことも一理ある。セツナに気を使うのであれば、一日でも多く休養日を設けるべきだと考えてもおかしくはない。が、だからこそ、彼女がこのような時間を設けたのではないか、と考えなくもない。セツナのためを想いながら、自分の欲求も満たす、まさに一石二鳥の方法が、部屋から一歩も出ず、ふたりきりの時間を過ごす、というものなのかもしれない。

 もっとも、それになにか問題があるわけではなかったし、彼女がそれでいいというのであれば受け入れる以外にはなかった。


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