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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百八十四話 魂の在処(一)


 神皇宮。

 神都ネア・ガンディオンの中枢たる宮殿は、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアの住居であり、また、重臣たちの住む場所でもある。当然、獅子神皇の親衛隊といっても過言ではない獅徒も、神皇宮に住むことが許されている。というより、任務によってネア・ガンディオンを離れなければならないような事情でもない限りは、神皇宮にいることが要求されているのだ。

 獅徒は、獅子神皇の使徒であり、獅子神皇の様々な要求、要望に応えるべく近くに控えていなければならない。

 とはいえ、常に側に控えているわけではなく、必要に応じて召喚され、命令を受けるというのが現状の獅子神皇と獅徒の関係性であり、召喚される頻度というのは、決して多くはなかった。それはそうだろう。獅子神皇がその野望を実現するために獅徒を必要とする場面というのは、決して多くはない。

 ネア・ガンディアの戦力は過剰なほどに有り余っている。

 数多の神々がそれだ。

 かつて至高神ヴァシュタラとなり、大陸北部に君臨していた神々のほとんどすべては、世界が壊れたあの日、まるで絶望したかのように分離し、そのまま、獅子神皇の軍門に降った。獅子神皇は長く深い眠りについていながら、神々を掌握したということだ。同時に獅徒や神将といった側近を充実させもした。それらはすべて、獅子神皇が眠っている間に行われたことであり、獅子神皇が全力でもって行動を起こした場合、どのような状況が生まれるのか、彼にも想像できなかった。

 ともかくも、ヴァシュタラから分離したほとんどの神々がネア・ガンディアに属し、獅子神皇に掌握されていることを考えると、これ以上必要な戦力はないといっても言い過ぎではないのだ。神々だけでも、過剰にもほどがあるといっていい。

 もちろん、ヴァシュタラの神々では、聖皇が召喚した二大神には到底太刀打ちできないが、それは獅徒とて同じことだったし、神将も同様なのだ。二大神の力は絶大であり、だからこそ神々は合一することで対抗手段としたのが五百年前の話。そして、分離し、いくつかの神々が離散した以上、二大神に並ぶ力を発揮できるようになるはずもない。

 二大神への対抗手段となると、獅子神皇自身を置いてほかにはなく、獅子神皇の出馬となれば、獅徒の出番など必要ではなくなる。獅子神皇は、神々の王だ。獅子神皇に並ぶものはこの世界にはおらず、二大神すら足下にも及ぶまい。

 つまり、獅子神皇がみずから動けば、それだけですべての決着がつく、ということだ。

 それは、暴走するセツナを一瞬にして拘束し、無力化して見せた事実からも明らかだ。しかも、獅子神皇はそのとき、実力の一部も見せてはいないのだ。

(獅子神皇には……勝てない)

 ヴィシュタルは、神皇宮の回廊を歩きながら、障壁を張り巡らせた心の中でうめくようにつぶやく。

 現状、おそらく世界最強の個人であろうセツナでも、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアを討ち滅ぼすことはできないだろう。仮にセツナの成長があのときが限界であり、打ち止めだった場合、打つ手はなくなるということだ。聖皇の力の器たる獅子神皇の想うがまま、なずがままに世界は蹂躙され、混沌の淵に沈むだろう。

 故にセツナの成長に期待し、黒き矛がさらなる力を秘めている可能性に望みを託す以外にないのだが、しかし、それだけでは物足りないのもまた、事実だ。なにか、手はないものか。と考えるのだが、思い当たることはなにひとつない。

 かといって、彼にはどうこうすることはできないのだ。彼は獅徒だ。獅徒ヴィシュタル。獅徒の長であり、獅子神皇の側近中の側近だった。彼は、獅子神皇の命令に応じなければならない。獅子神皇にとって、自分の命令に従わない獅徒など存在させる道理はないのだ。獅子神皇の力をもってすれば、ヴィシュタルたちを消し滅ぼすことくらい容易いことだ。それこそ視線ひとつで滅ぼせよう。

 絶対者。

 そう、まさに彼にとって獅子神皇は、絶対者なのだ。

「これはヴィシュタル殿。こんなところで顔を合わせるとはめずらしいこともあるものだ」

「……ディナシア殿か」

 声だけで判断し、顔を上げる。俯き加減で歩いていたのは、考え込んでいたからにほかならない。目線を上げれば、前方に黒ずくめの集団がいて、その先頭に親友によく似た顔の男が立っていることに気づく。黒髪に紅い目をした若い男は、見れば見るほどセツナに似ていた。セツナの父親を真似ているからだ。どういう理由なのかはわからないし、知りたくもないが、その姿を見るたび、ヴィシュタルの心がざわつくのは致し方のないことだろう。親友を侮辱しているといっても過言ではない。

 ディナシア。

 ネア・ガンディアに属する一級神であり、その実力はネア・ガンディアの神々の中でも上位にある。故に独断専行が多く、その事実が露見するたびに獅子神皇に処罰を受けている。いや、露見するたびに、というのは間違いかもしれない。彼の勝手な行動は、毎回、確実に露見しているからだ。そして、そのたびに処罰を受けるのは、ある種、恒例行事となっていた。それでも彼が存在できるのは、彼の勝手な振る舞いが、必ずしも彼自身のためなどではなく、ネア・ガンディアのため、獅子神皇のためであることもまた事実だからだ。

 それ故、彼は軽い処罰を受けるだけ受ければ、また一級神として相応しい扱いを受けられるようになる。利用価値があり、積極性もある彼は、ネア・ガンディアにおいて貴重な人材といってもいいのだろうが。

 彼の後ろに控えているのは、どれもこれも一癖も二癖もありそうなものたちばかりだった。人間ではあるまい。神性を感じる。数名の男女。体格はばらばらで髪型も異なるが、格好は似たようなものだ。深い黒髪に喪服のように黒い装束。そして、目を隠す黒い帯。

「北征船団は全滅したそうで」

「……そのようですね」

「これで三度目だ」

 ディナシアの声音は冷ややかだ。

「リョハンは、武装召喚術の総本山だとは聞いたが……しかし、ネア・ガンディアの戦力で滅ぼせないような都市ではないはずだ。違いますか?」

「なにが仰りたいのです?」

「わざと……敗れたのではありますまいな?」

「なにを――」

 怒気を発するミズトリスを手で制し、ヴィシュタルは、ディナシアを見据えた。血のように紅い瞳は、わずかに輝き、その輝きの奥底に金色を覗かせている。神の色だ。神性といってもいい。その輝きがセツナの父親そっくりの顔から発せられることに憤りを禁じ得ないし、また、レミリオンの想いを踏みにじられた以上、黙ってはいられなかった。

「我々が陛下を裏切っている、とでも?」

「よくわかっているじゃないか。そういっているのだよ、ヴィシュタル殿。リョハンへの侵攻を指揮したのは、一度目も二度目も三度目も、いずれも卿らだ。卿らが全力を上げれば、たかがリョハン如き落とせないはずもない。それを三度も失敗した。となれば、内通を疑うのもやむなし――」

 とまでいったディナシアだったが、唐突に表情を変えた。

「――などと、人間同士の出来事ならば、そういうのでしょうが」

「なにがいいたい?」

「わかっていますとも。卿も、わたしと同じだ。魂を掌握され、支配されている以上、主を裏切ることなどできるわけもない。我らが魂は、主の手のひらの中に在る」

 ディナシアは、自嘲気味に笑うと、ヴィシュタルの横を通り過ぎていった。

「ゆめゆめ、忘れることのなきよう」

「……ご忠告、感謝します」

 去り際の一言にそれだけを返して、彼は複雑な想いを握り締めた。

 そんなことは、わかっている。


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