第二千七百八十話 竜の話(三)
「そのとき、巨人属は滅亡したのよね……?」
ファリアは、ふと気になったことを聞いた。二度目の創世回帰は、巨人属の膨張による破滅から世界を救うためのものである、と彼女は説明したのだ。となれば、巨人属に纏わり、ひとつだけどうしても気になったことがある。
ラムレシアは、静かに肯定する。
「そうだ。すべて滅び去った。でなければ、創世回帰は成功しないからな」
「じゃあ、巨人属の末裔っていうのはいったい……」
「それについては、つぎで触れるとしよう」
「つぎ……」
ラムレシアは、そこまでは淡々と続けていた。しかし、そのときを境に彼女の口調に変化が訪れる。
「三度目だ。三度目こそ、重要なのだ。この世界の転換期といっていいだろう」
複雑な感情の籠もった声音だった。表情も、なんとも形容しがたいものだった。深い後悔、癒えることのない哀しみ、あるいは烈火の如き怒り。様々な感情が入り交じり、故に混沌とした表情となって彼女の顔に現れている。それがなにを意味するについては、ある程度想像することができる。以前、ミリュウから聞いた話だ。今回彼女は、その話を詳しく教えてくれようとしているのかもしれない。
「三度目の創世回帰が執り行われようとしたのは、現代と地続きの時代――いまよりおよそ五百年前のことだ」
「聖皇ミエンディアは、創世回帰を回避するために行動を起こした、っていう話だったわよね」
「そうだ。そして、彼女の行動に賛同した六名の賢人がいた。聖皇六将と呼ばれるようになる彼らは、あの時代を構成していた数多の種族、その代表といっていいだろうな。天人、地人、森人、魔人、鬼人、そして、巨人の末裔……」
「巨人の末裔ってグリフのことでしょ?」
「ああ」
「でも、巨人は滅びたのよね?」
なのに、彼は巨人の末裔を名乗り、ラムレシアもそうだと認識している。それが不思議でならなかった。巨人属が滅び去り、すべてが刷新された世界にその末裔など存在しようもないはずだ。
「創世回帰は、すべてを原初に戻す。そして、新たな運命を切り開くものだが、それによって改めて巨人属が誕生したのだ。何百万年もの昔の話だがな」
「何百万年……」
「創世回帰から現在に至るまでに経過した年月など、何千万年どころではないのだ」
ラムレシアの苦笑にファリアは言葉を失った。いや、ラグナが何万年以上ものときの中で生と死を繰り返してきた転生竜だという話は聞いていたし、それ以上の年月を生きていたことも知ってはいたのだが、ラムレシアから直接話を聞くのとでは衝撃の度合いが違った。どうしても、ユフィーリアと話し込んでいる気になってしまうからだろう。彼女がもはや人間ではなくなったという事実を受け入れたはずなのに、戸惑いが生まれる。
「しかし、新たな巨人属は、繁栄こそすれ、前代のような膨張は起こさなかった。それはそうだろう。たとえ巨人属が生まれても、同じ過ちを繰り返さないように作り直すのが創世回帰だ。やがて巨人属は最終戦争によって滅び、その残り火の中から諸族が誕生した」
「結局滅びたんだ……」
末裔がいたということは、完全に滅び去ったというわけではないのだろうが。
「で、諸族だっけ……」
諸族とやらについても、ミリュウからある程度の話は聞いている。
「人間属、空を舞う天人属、地の底に潜む地人属、森林を住処とする森人属、魔に連なる魔人属、力を誇る鬼人属――それ以外にも数多の種族が存在した。人型の種族だけではなく、な。精霊も平然と存在し、世には生命力が満ちていた。しかし、それ故にだろう。諸族の争いは絶えることなく、戦争によって滅び去る種族も少なくなかった」
「だから、創世回帰を起こそうとしたのよね?」
「……いや、その程度では起こさないさ」
ラムレシアが苦笑交じりに頭を振る。
「三界の竜王最大の役割は、世界を滅びより救うこと。世界が滅びに瀕するような事態にでも発展しない限り、世界にみずから干渉することはないのだ。事実、その時代の三界の竜王は、だれもがみずからの領域に籠もり、世界から遠ざかっていた。ラングウィンは来るものを拒まず、みずからの座に訪れるものに助言を授けたというが、ラグナシアは気分次第で様々な対応をしたそうだ」
「ラグナらしいわね」
ラグナシアといえば自由気儘という印象が拭いきれないし、実際にその通りだったように思う。ただ、それでもラグナシアは仲間想いだったし、特にセツナに懐いていたことは記憶に深く刻まれていて、自由気儘とはいえ、セツナのいうことには従ったものだ。
「ラムレス様は?」
「ラムレスは、みずからの座所に踏み入るものに容赦なかった。彼の人間嫌いが加速したのは、彼の座所に踏み入るものが少なくなかったからなのだ」
「……そうなのね」
「三界の竜王は、特別な存在だった。この世界における絶対者に等しい。故に、あの時代、竜王に逢うことそのものがある種のひとびとにとって大いなる目標になっていたらしい」
ラムレシアは、呆れたように肩を竦めた。彼女に受け継がれたラムレス=サイファ・ドラースの記憶が鮮明に覚えていることなのかもしれない。彼女がいうには、当時、竜王に逢うためには、困難に満ちた道程を踏破しなければならず、竜王に逢うだけでも当時の一部のひとびとにとってはこの上なく名誉あることであり、竜王の座所を目指す冒険者が後を絶たなかった時代もあるという。そんな連中を快く受け入れるラングウィンの存在が、ますます冒険者たちの竜王巡りを加熱させたといい、ラムレスはラングウィンに苦言をしたというのだが、ラングウィンは人間を嫌う理由がないということで、ラムレスの言葉を聞き入れなかった。
そうなれば、人間の冒険者たちがある種頭に乗るのも当然だったのかもしれない。ラングウィンのお墨付きを得られた、と、他の竜王の元へ足を向けるものも少なくなかっただろう。
「ラムレス様が人間嫌いになるのもうなずけるわね」
「それがわかってもらえてなによりだが……問題はそこではないのだ」
ラムレシアが神妙な顔つきで、いった。ファリアもうなずく。彼女がしようとしている話は、そんなことではない。つい話の腰を折りかけて、反省する。
「三度目の創世回帰……よね」
「そうだ。三度目の創世回帰。原因となったのは、諸族の戦いだ。人間属を始めとする数多の種族による最終戦争。諸族は、その軋轢の果て、世界全土を巻き込む戦争を起こしたのだが、その行き着く先には諸族の滅びではなく、世界そのものの破滅が待ち受けていることがわかったのだ」
「そういえば、そういう話だったわね」
ミリュウがいっていたことを思い出す。破滅に至るかもしれないほどの闘争が起きたのだ、と。
当時、諸族の戦いによる世界を滅亡から救うにはそれ以外に道はないと、三界の竜王は判断したのだろう。それほどまでの闘争がどれほどのものか想像しようもない。大陸全土を巻き込んだ最終戦争とは規模も内容も異なるものだったに違いない。
「でも、三度目の創世回帰はなかった。聖皇が立ったから」
「その通りだ。のちに聖皇と呼ばれるようになった人間の娘ミエンダが、世界を破滅から救うために立ち上がり、六名の賢人とともに戦い抜いた。その戦いの道程で彼女は我々の思惑を知り、創世回帰を回避する方法を模索するようになった。まず最初に彼女に同調したのは、ラグナシアだ」
「ラグナが?」
「世界を救おうとするミエンダの熱意に絆されたのだろうし、これまで現れなかった個性の出現に興味を抱いたらしい」
内容を聞く限りでは、ラグナらしい対応だと思った。
「ラグナシアは、ミエンダに協力すると約束し、彼女たちの旅に同行した。ラグナシアの協力を得て残る竜王との対面を果たしたミエンダは、創世回帰を回避するためにはどうすればいいかと問うた。竜王たちはいった。諸族の争いが止まらない限り、創世回帰を取り止めることはできない、と。ミエンダは、いった。ならば、諸族の戦いを止めて見せる、とな」
ラムレシアは、神妙な面持ちのまま、告げてきた。
「そして、彼女は止めて見せたのだ」
実際に、と、彼女は続けた。




