第二千七百七十九話 竜の話(二)
ラムレシア=ユーファ・ドラースの話は、続く。
こうしてファリアがラムレシアと話し合う時間が持てているのは、第三次リョハン防衛戦がリョハン側の完勝に終わり、ようやく戦後処理の目処が立ったからだ。リョハンのひとびとも落ち着き始め、リョハンはいま、安息を取り戻しつつある。
戦女神たるファリアにも自由な時間が増えた。無論、公務もあるが、それはいつも通りのことといっていいし、手慣れたものだ。今後のリョハンの方針については、これから御山会議と話し合わなければならないが、マリク神が色々と考えてくれているらしく、御山会議も守護神の考えならば反発することはあるまい。リョハンが本当の意味で空中都市となり、空中都市がマリク神によって動かされている以上、マリク神の意向がすべてにおいて優先されるのは当然のことだ。そして、マリク神は、リョハンのひとびとの気持ちや心情を第一に考えてくれているのだから、なにも心配することはない。
いま現在、マリク神が護峰侍団や六大天侍を使ってなにをしているのかといえば、食料や物資の買い付けだった。
ネア・ガンディア軍を完膚なきまでに叩き潰したとはいえ、これで二度と攻撃されないかというと、そうは言い切れない。ネア・ガンディアのリョハンに対するしつこさは異常なほどであり、リョハンが滅びるまで攻撃の手を止めないのではないかと思えるほどだ。そうはいっても完勝し、差し向けられた戦力を徹底的に叩き潰した以上、つぎの侵攻までの時間的余裕はかなりあると見ていいだろう。それまで、セツナたちがネア・ガンディアを叩き潰すことができれば、その心配もなくなる。
が、そう上手く行くかはわからない。
そのため、そうなった場合のことも考えなくてはならないのだ。
マリク神の厳命による食料物資の買い付けは、つぎにネア・ガンディアの侵攻が遭った場合のことを考えてのことだった。
ネア・ガンディアは、三十隻の飛翔船でもってリョハンに迫った。が、リョハンが最高度にまで達すると、接近することさえ諦め、退散している。その退散はリョハンが降りてくることを見越してのものだったとはいえ、飛翔船ではリョハンの最高度に辿り着けないということであり、つぎに飛翔船団を派遣してきたとしても最高度に逃げ続ければ、飛んでいる間はやり過ごすことができるということだ。
なぜ、立ち向かうのではなく、真っ先に戦闘の回避を考えるのかといえば、当然の話だろう。リョハンの戦力だけでは、ネア・ガンディアの軍勢には立ち向かえないのは、今回の戦いで明らかになった。ひとりの獅徒にすら、敵わなかった。相性の問題もあるだろうが、本質的には、圧倒的な戦力不足といったほうが正しい。もし、マリク神がリョハンの守護ではなく、戦闘への参加を優先したのであれば、獅徒の撃退も可能だったのかもしれないが、そうすれば、今度はリョハンが滅ぼされていたのだから、同じことだ。
この度は、セツナたちが間に合ったから、撃退できたのだ。もしセツナたちがリョハンに寄らず、まっすぐ“竜の庭”に向かっていれば、いずれ食料の尽きたリョハンが空から降りてきたところをネア・ガンディア軍に攻撃され、滅び去っていたことだろう。そういう意味では幸運だったが、同時に、頭の痛い話でもあった。リョハンの全戦力では、ネア・ガンディアには到底及ばないということに確信が持てたからだ。
『常にセツナを頼るような考えで行動方針を決めるのはよくないからね』
とはマリク神の言葉だが、故に彼は、時間稼ぎに活路を見出すことにしたのだ。
ネア・ガンディアの飛翔船の最高度がリョハンの最高度に遠く及ばないことが明らかになった以上、それに賭ける以外に道はない。
それ以外の道となると、リョハンに世界中から戦力を集め、対抗組織を作り上げるか、だが、ネア・ガンディア以上の戦力を用意できるとは考えにくい。ネア・ガンディアには、数多の神々が属し、獅徒やそれに匹敵する戦力が多数存在する。それだけの戦力が世界各地に隠れ住んでいるわけもない。そんな都合のいい話があるはずもないのだ。
そして、マリク神がいったように、セツナたちはリョハンに居続けるわけにはいかない。リョハンにいて、ネア・ガンディアからの侵攻部隊を迎撃し続けるだけでは、どうしようもないのだ。それでは状況はなにも変わらない。そうするうちに世界全土がネア・ガンディアの手に落ちるかもしれない。そうなれば、いくらセツナといえど、手の施しようがなくなるのではないか。
それならば、セツナたちは、ネア・ガンディア打倒のために全力を尽くすほうがまだ希望がある。
とはいえ、そのためにはセツナに目を覚ましてもらわなければならないし、セツナが目を覚ましたとしても彼の体調が整うまでは身動きが取れなかった。
ファリアがいまゆっくりとラムレシアと話し込んでいるのは、そういう理由からでもあった。
茶器を手に取り、冷え切ったお茶を口に運ぼうとすると、ラムレシアがこちらに手のひらを差し伸べるようにした。茶器を持っている手に温もりが伝わってきたかと思うと、湯気が立ち上り始める。ラムレシアが魔法でもって温めてくれたのだ。ファリアが礼を言うと、彼女は気にするな、とでもいいたげに微笑んだ。そういう気遣いや心遣いができるのは、ユフィーリアの頃からなにひとつ変わっていないし、そういうところも含めて、ファリアは彼女が大好きだった。
ラムレシアに温め直してもらったお茶で喉を潤し、話に耳を傾ける。
「三界の竜王は、世界を滅亡から救うために力を合わせた。それが最初の創世回帰。すべてをなかったことにして、やり直すことにしたのだ。それは、当時世界に存在したありとあらゆる命を奪うのと同じだが、世界そのものが滅び去るよりはいいと判断した。いや、熟考すらする余地もなかったのだがな」
「……そうしてやり直した世界はどうなったの?」
「やり直した、とはいえ、すべてが元通りに戻っては意味がないことくらい、ファリアにもわかるだろう?」
「そうよね。すべてを一からやり直すなら、結果は同じになる……」
だから、気になっていたのだ。
創世回帰ですべてをやり直したところで、すべてが元に戻るだけならば、行き着くところも同じになるのではないか。となれば、またいずれ、創世回帰を行わなければならなくなる。
絶対に。
それでは、なんの意味もない。
無論、だからといって世界が滅びたほうがいいとは思えないが、だとしても、無意味であることに変わりはない。結論を先延ばしにしているだけの話ではないか。
「創世回帰は、過ちを繰り返すことが目的ではないのだ。当然、同じ結果にならないように配慮しなければならない。創世回帰とは、永続する世界の構築を目指したものなのだからな」
つまり、創世回帰によってまったく同じ状態、状況が生まれることはない、ということのようだ。事実、彼女はこう続けた。
「二度目は、巨人属だった」
「巨人属……」
と聞けばファリアの脳裏に思い浮かぶのは、巨人の末裔と呼ばれた戦鬼グリフのことだ。聖皇六将のひとりでもあるという彼がいまやどうなったのかは知る由もないが、かつてはファリアたちの前に敵として立ちはだかり、セツナと死闘を繰り広げたことは記憶に残っている。末裔というだけで人間とは比べものにならない巨体を誇ったグリフだが、巨体だけが巨人属の力ではなかったらしい。セツナとの死闘によって変容した彼の姿は、完全に人間と異なるものだった。白き異形の巨人。それが彼に抱いた印象だったが、それこそ、巨人属の力の片鱗だったのだろう。
「巨人属が膨張を続け、世界が耐えられなくなるのを目の当たりにしたラングウィンが招集した」
「膨張?」
「巨人属の膨張は、もはや手の施しようがないものだった。あのまま膨張を続ければ、際限なく力を増し、世界を飲み込み、破壊し尽くすことが目に見えていたのだ。故に三界の竜王は、創世回帰を行った。巨人属は滅び去り、世界は作り直された」
ラムレシアの話は、ファリアには初めて聞く話ばかりであり、驚きと知的興奮の連続だった。




