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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百七十五話 翼(一)


 夢を見ていた。

 夢というよりは記憶だ。

 地獄で受けた最終試練、その四つ目に関する記憶が夢となって再生されたのだ。

 メイルオブドーターが主催した試練は、最終的に彼女との甘美で官能的な死闘によって幕を閉じた。その死闘の果て、彼女はいった。

 愛するものを傷つけることができないというセツナの短所であり弱点は、いずれセツナ自身に牙を剥く、と。だったらどうした、と、彼はいい返す。愛が牙を剥くのであれば、愛に殺されればいい。それが自分の積み重ねてきたものの末路ならば、受け入れる以外に道はない。

 なぜならば、セツナには、彼女たちが敵に回ることなど考えられないし、たとえ敵に回ったとして、傷つけることなどできっこないからだ。たとえどんな理由があってもだ。仮に敵に回ったファリアたちを殺さなければ世界が滅びるのだとしても、それでも、殺せないだろう。

 自分は、そういう人間なのだ。

 それが弱点だということは、わかりきっている。

 わかっていても、どうしようもない。克服しようがない。

 そう想う一方、脳裏を過ぎるのは、つい先日のことだ。

(なのに俺は――)

 レミリオンを殺した。

 レミリオンの正体は、ロナンだった。

 ロナン=バルガザール。ルウファの弟であり、セツナとも決して繋がりの浅い人物ではなかった。セツナがガンディアに入った当初、バルガザール家で世話になっていた時期があり、そのころからロナンとは仲良くしていたものだった。ロナンはいつだってセツナのことを気遣ってくれたし、セツナが孤独を味わわないように配慮してくれていた節がある。そんなロナンとの付き合いは、《獅子の尾》の隊舎を持つようになってからも、大きく変わらなかった。ルウファの実弟である彼は、特権的に隊舎への出入りが自由だったからだ。セツナたちが隊舎にいれば、必ずといっていいほど顔を見せたものだったし、そんなロナンとのやり取りは、戦いの疲れを癒やす日常の一幕だった。

 そんな彼をこの手にかけた。

 彼は、獅徒となって立ちはだかった。獅徒とは、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアの使徒のことであり、並の使徒とは比べものにならないほどの力を持っている。神々に匹敵するのだから、神に隷属する使徒とは比較できないのは当然だ。問題なのは、獅徒は、使徒とは違い、死んだ人間だということだ。使徒は必ずしも死者を強引に蘇生させた存在ではないが、獅徒は、死者だ。それは、ヴィシュタルことクオンの情報から確定している。

 だから、クオンはいうのだ。獅徒相手に遠慮はいらない、と。

 獅徒は、獅子神皇を滅ぼすためには斃さなければならない存在だ。獅徒は、獅子神皇の天使なのだ。獅子神皇を滅ぼさんとすれば、必ずや天使たちは立ちはだかる。いずれにせよ、斃し、滅ぼし尽くさなければならない。たとえ獅徒たちを滅ぼさなくとも、獅子神皇を滅ぼせば同じことだ。力の源を失えば、獅徒もまた、使徒と同じように滅び去るほかない。

 つまり、レミリオンもいずれは滅ぼす運命だった、ということだ。

 だが、それでも、と、セツナは想うのだ。

 もし、レミリオンがロナンではなく、ファリアやミリュウだったなら、どうしたのか、と。

 メイルオブドーターの試練をいまになって思い出したのは、そのことを考えさせるためなのかもしれない。

 瞼を開けば、視界に飛び込んでくるのは石造りの天井だ。どこなのかは考えるまでもない。リョハンの空中都、そのどこかだろう。護峰侍団の施設か、それとも、まったく別の建物か。御陵屋敷かもしれない。

「おはようございます。想像よりは随分とお早いお目覚めですね、隊長」

 不意に飛び込んできた声にぎょっとする。そしてそれは、ルウファの声だったからだ。覚醒早々彼の声を聞くなど、予期もしなければ、想像もしていなかった。普通、レムかミリュウの声が飛び込んでくるものだと想っているところに、これだ。

 首を横に倒し、声の方を向けば、厚着のルウファが椅子に腰掛けてこちらを見ていた。柔和な表情。普段通りの彼がそこにいる。なにひとつ、いつもと変わらない。穏やかで柔らかな、そよ風のような青年。ルウファ=バルガザール。ロナンの兄。その物腰からは、彼が普段通りの精神状態だということがわかる。

「ああ、すみません、寝起き早々に見る顔が俺で」

 彼がセツナの表情になにを見たのかわからないが、唐突に謝ってきたものだから、セツナは苦い顔をした。

「なんで謝るんだよ」

「いやあ、俺だって、起きて最初に拝む面が男だなんて嫌ですもん」

「……そういうことじゃあねえよ」

 上体を起こす。

 どれほど寝ていたのだろう。消耗しきった精神力は大きく回復しているものの、体力は決して万全といえるものではない。おそらく長い時間眠っていたはずで、だからこそ疲労を覚えるのも当然だった。眠れば眠るほど回復するというのは幻想に過ぎない。むしろ、眠る時間が長くなれば長くなるほど体にかかる負担というのは大きくなるものだ。とはいえ、体と心が求める休息を拒むことができるほど、セツナは超人ではなく、そのために長い時間の睡眠を必要とすることもある。

 マユリ神が回復してくれればいいのだが、マユリ神は、極力個人の力で回復させたがった。神の力に頼ることに慣れるのは、人間として良くないことだ、というのが女神の考えらしい。

 身につけているのは、厚手の寝間着だった。レム辺りが着せてくれたのだろう。十一月とはいえ、リョハンは既に寒い。防寒着を着込んでちょうどいいくらいの気温の低さであり、ルウファが厚手の衣服を着込んでいるのも当たり前のことだった。布団も分厚く、毛布も温かい。部屋自体が温かく、ふと見ると、暖炉に火が入っていた。セツナが寒さで凍えないようにと、暖炉のある部屋で寝かせてくれていたようだ。

 至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。

 だれもが、セツナの身を案じてくれている。

「気にしないでくださいよ、隊長」

 不意に、ルウファがいってきた。

「隊長は、正しいことをしたんです。なにも間違っちゃいない。だれひとり、あなたの行いを責めることはできません。俺が、責めさせません。だから、あのことはもう考えなくていいんです」

「……考えなくていいって、おまえ」

「もう、済んだことです」

 見れば、彼は微笑んでいた。その儚い微笑は、彼の中の深い悲しみや喪失感を感じさせるものであり、セツナはやり切れない想いで一杯になった。そんな一言で済ませられることではない。

「本当は、俺がやらなくちゃならないことだった」

 ルウファが、悔いに満ちた声でいった。俯いた彼の表情は、はっきりとは見えない。

「レミリオンは、ロナンでした。ロナンは俺の弟で、バルガザール家の人間なんです。バルガザール家は、ガンディアの誉れ高き武門の家柄。代々受け継がれてきた誇りを穢さぬよう、だれもが生きてきた。だのに、ロナンは、あいつは、獅徒に成り下がり、リョハンを滅ぼそうとした。それは大いなる過ちだ。過ちは、正さなければならない。それがバルガザール家の人間の務めですから」

 ルウファの言葉のひとつひとつがセツナの耳朶に響き、心に刺さる。彼の苦しみ、悲痛な想いが伝わってくるのだ。彼がどれほどの想いでレミリオンと対峙し、戦ったのか、それがわかってくる。

「もちろん、わかっています。あいつにはあいつの、レミリオンにはレミリオンの正義があり、理由があるんだっていうことくらいはね。でも、だからといって受け入れられることではないし、俺は、六大天侍のひとりなんです。リョハンの守護天使なんですよ。だから、俺はあいつの敵として、あいつを討たなければならなかった」

 彼は、膝に手をついた。

「なのに……殺せなかった」

 ルウファの心情が痛いほど伝わってくるから、セツナは、彼を見ていることしか出来なかった。そんな自分が歯がゆくて、息苦しくて、辛かった。

「隊長に配慮してもらったっていうのに……俺は……!」

 ルウファが顔を上げ、こちらをみた。

「ロナンを殺せなかった……」

 瞳が揺れていた。


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