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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百六十八話 愛の虜囚(十)

 昇降機が止まり、扉が開く。

 電光表示板には、四百四十四階。三桁のぞろ目の階層ごとに試練が待ち受けているというのは、最初から変わっていない。変わっているのは、階層ごとの作りであり、内装だ。

(……って、いってもな)

 試練は、階層の最奥部にある部屋で待ち構えており、それは、セツナのよく知る女性の偽者だ。これまでがそうだったのだから、四百四十四階も違わないだろう。ここで突然まったくの別人が出てくるようなことがあっても、決しておかしくはないが、それでは試練にはならないはずだ。そしてそれは、試練の主もわかっていることだろう。

 その最奥の部屋で待ち受ける偽者がだれなのかは、部屋に入るまでわからなかった。当初、階層全体の内装も偽者と関連しているのではないか、と想っていたのだが、よくよく考えてみると、そうでもなさそうだという結論に至っている。すべては、セツナを惑わせるための仕掛けに過ぎない。

 そんなことにいったいどれほどの意味があるのかはわからないが、ともかく、セツナは昇降機を出て、目の前に広がった光景に呆然と立ち尽くさざるを得なかった。

 階層全体が明るく淡い色彩で包まれている、そんな雰囲気を帯びていた。床も壁も天井も、この建物の性質とはまるで合っていない色合いであり、特に壁際に積み上げられた動物のぬいぐるみの数々を目の当たりにすれば、まったく別の場所に迷い込んだのではないかと想うしかない。

 宿泊施設というよりは、保育施設といったほうが正しいのではないか。

 通路は、昇降機からまっすぐ前方に伸びていて、天井から降り注ぐ照明の光も穏やかで、優しく感じた。これまでの階層とはなにもかもが異なる雰囲気だった。

 振り向く。昇降機の扉は閉じていて、もう二度と開くことはないだろうと想わされた。試練を突破したとしても、利用するのはこの昇降機ではない。

 前方に向き直り、壁際にぬいぐるみが山のように積み上げられた通路へと歩を進める。

(これは……どういう意図なんだ?)

 セツナは、愛らしい動物のぬいぐるみの山を眺めながら、この試練の主催者がなにを考え、どのような理由からこんな空間を作り上げたのかと問い質したくなった。あまりにも施設の存在意義とかけ離れている。いや、もちろん、この施設は、セツナを試すためだけのものであって、現実に恋人たちが利用するような建物ではないことくらいはわかっている。わかっているのだが、それにしたって、もう少しやりようがあるのではないか、と想わざるを得ない。

 通路はとにかく真っ直ぐだった。

 直線しかない上、どこまでいってもぬいぐるみの山は途絶えなかった。動物の種類こそ変わっても、ぬいぐるみが積み上げられている光景に変化はないのだ。いずれも愛嬌のあるぬいぐるみであり、現実に存在すれば子供にも大人にも人気が得られるのではないかと想うようなものばかりだ。

 そして、それらのぬいぐるみが突如襲ってくるようなこともなく、通路の突き当たりに辿り着く。そこには扉があり、一号室と記されていた。つまり、試練の間だ。

 扉の前で呼吸を整え、取っ手に触れる。やはり凍てつくような金属の感触が、セツナに警告を発しているようだった。

 取っ手を引き、玄関に足を踏み入れれば、その瞬間、セツナはだれが待ち受けているのかを理解した。

 一足の靴が置かれた土間からして、白かった。壁も建具も天井も、玄関から見える調度品も、なにもかもが白く、照明を浴びてあざやかに輝いてさえいた。薄暗かった三百三十三階とはまるで正反対の内装といっていいのではないか。

(シーラか……)

 白といえば、シーラだった。黒獣隊長となってからは黒い隊服を着ることが多かった彼女だが、シーラの象徴色といえば髪色と同じ白であり、白い甲冑を身につけた獣姫の姿ほど印象的なものはないだろう。さらにいえば、白毛九尾の狐への変身もある。全身を純白の体毛に覆われた巨獣へと変身する彼女には、白がよく似合った。

 この試練の間が、セツナの記憶を元にして作り出されたものであるならば、ここで待ち受けるのはシーラの偽者以外には考えられないのだ。シーラがセツナを誘惑してくるなど考えられないことだが、これは試練だ。なにが起きてもおかしくはない。

 広い室内に足を踏み入れれば、すぐ近くに寝室がある。白く明るい寝室の様子はといえば、先程の階層とはまるで異なるものだ。そもそもあの一室が異質だったといえるのだが、それはともかくとして、極めて普通といっていい作りの寝室を目の当たりにして、セツナは心底安堵した。また異様な趣味趣向の部屋だったらどうしようかと考えていたところだ。

 寝台は、大きい。おそらくいままでの部屋に比べて最大の大きさではないだろうか。寝台も布団もなにもかも真っ白で、その白い寝台の上に真白い掛け布団の塊が鎮座している。それがなんであるか、一目瞭然だ。なにものかが、掛け布団にくるまっている。そしてそのなにものかは、この試練の仕掛けたる偽者に違いない。

 セツナは、寝台に歩み寄るも、動く気配すら見せない布団の塊を見て、困惑した。

「……えーと」

 なんと声をかけるべきか、と、想ったときだ。

「わっ」

 布団の中から声が上がった。

「わ……?」

「な、なんだよ、そこにいたのかよ……驚かさないでくれよ……」

「はあ?」

「は、恥ずかしいんだからさ」

 そういって布団の中から顔だけを覗かせたのは、紛れもなくシーラだった。ただし、顔を真っ赤にし、いまにも泣き出しそうな様子だった。言葉通り、とてつもなく恥ずかしがっているようなのだが、なにに対してそこまでの羞恥心を感じているのかは、わからない。状況が飲み込めない。

「恥ずかしい?」

「なっ……!?」

 シーラが布団にくるまったまま、呆気に取られたような顔をした。

「そ、そりゃそうに決まってんだろ!? こんなとこに来るのは初めてなんだからな!」

「うん……?」

「な、なんだよ、その態度! おまえがどうしてもっていうから俺は……!」

 彼女の発言から、ようやく自分の置かれている状況を把握する。どうやらセツナがシーラをここに連れ込んだという設定らしい。そしてシーラが布団にくるまっているのは、彼女が服を脱いでしまっているからだろう。極めて現代的な衣服が、寝台の脇に脱ぎ捨てられていた。

 設定。これは設定だ。試練の主がセツナの記憶から組み上げた状況設定。部屋の扉を潜り抜けた瞬間、その設定はセツナの意識にまで食い込み、作用し始める。最初からそうだったのだろうが、最初の試練では作用が軽く、影響も小さかった。二百二十二階、三百三十三階、四百四十四階と、段々とその力が強くなってきているようだ。なぜならば、セツナは既に前後不覚に陥りそうになっている自分に気づいたからだ。だが、気づいたからといってどうなるものでもなかった。

 シーラに魅入られているのだ。

「俺が強引に連れ込んだってことか」

「強引……って、ほどじゃあねえけど……」

「ん?」

「い、いや、別に俺も休みたくなかったわけじゃねえし……その……うん……」

 布団の隙間からわずかに除くシーラの指先が、布団を強く掴む。そんな仕草のひとつひとつが劣情を誘うのは、気のせいではあるまい。初々しく、いじらしい。

 セツナは、自分から寝台の上に乗り込むと、布団ごと彼女を抱きしめていた。



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