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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百六十七話 愛の虜囚(九)


 レムの両手がセツナの顔を包み込むようにして、左右の頬に触れた。ひんやりとした手の感触は、現実に於ける彼女の体温の低さを思い出させるものだ。仮初めの命。偽りの生。世界への欺瞞。そんな言葉が脳裏を過ぎっていく。指先が頬を撫で、頬を伝うようにして顎に至り、唇に触れた。セツナはその間、生唾を飲み込み、見入っていた。

 彼女の熱っぽいまなざしの前では、なにもする気が起きないのだ。このまま身を任せ、すべてを委ねてしまえばいい。そう想った。彼女と結ばれ、添い遂げるのも悪くはない。そもそも、彼女とは一生の付き合いなのだ。

 死がふたりを別つまで。

 そういう約束だった。

 魂と魂の契約。

 一度結ばれた以上、二度と途切れることのない約定だった。

 彼女を仮初めにも蘇らせ、不老不滅の存在として現世に縛り付けているのは、セツナだ。セツナの意思が彼女を現世に繋ぎ止めている。彼女がそのためにどれだけの苦悩を抱え、苦心したのか、想像もつかない。普通の人間として生きて死ぬこともままならないのだから、さぞや苦しみ抜いてきただろう。それでも、笑顔を忘れず、献身的に支えてくれる彼女のために己の人生を捧げるのも、悪くはない。

 なにせ、彼女のことは嫌いではないのだ。そして、彼女自身、セツナのことを溺愛してくれている。セツナが一歩踏み込むだけで、寄り添うだけで、相思相愛になることだって不可能ではないのだ。ただ、セツナのほうから歩み寄ればいい。それだけのことだ。極めて単純で、簡単なこと。それだけで彼女は身も心も開き、セツナを受け入れるだろう。

 セツナは、鈍感ではない。むしろ、他人の好意に対しては敏感すぎるくらいには敏感だ。悪意には気づきもしないというのにだ。

「御主人様。愛しています。心の底から」

 熱を帯びたまっすぐな視線を受けて、セツナは、彼女の右頬に触れた。レムの体がわずかに反応する。予期せぬ行動だったから、ではあるまい。彼女の潤んだ瞳は、セツナの行動を待ち望んでいるのだ。セツナが一歩踏み込み、彼女のすべてを受け入れることを。

 そうすれば、この試練は終わるからだ。

 終わる。

 そう、終わりだ。この淫靡な夢に溺れ、堕ちてしまえば、もう二度と浮上することはかなうまい。夢の水底に沈んだまま、魂が死に絶えるまで夢を見続けるのだ。そして、終わる。なにもかもが終わってしまう。当然、自分は死ぬ。彼女も死ぬ。

 死。

 セツナは、目を見開き、レムの濡れた瞳に映り込む自分の後頭部に愕然とした。天井の鏡に映る姿が、レムの瞳に映り込んでいるのだ。

「……死がふたりを別つまで」

「はい」

「そう、約束したんだ」

「はい」

 レムは、うっとりとした様子でうなずいてくる。その甘ったるい吐息は、セツナの耳朶から脳へと入り込み、意識を取り殺そうとするようなのだが、もはや彼には意味がなかった。彼はもう、迷わない。

「俺が死ぬまで、レムは死ねない。本当の意味で、死ぬことを許されない。俺が、あいつをこの世に留まらせているんだ。あいつがそのことでどれほど苦しんでいるのかわかってやれないくせに」

「苦しんでなど、いませんよ。わたくしは毎日が楽しくて、幸せいっぱいにございます」

「そう思い込みたいだけだろ」

 セツナは、唾棄するようにいった。ただし、それはレムに向かってではない。自分自身に向かって毒づいたのだ。この状況を作り出したのは、ほかならぬ自分自身の願望ではないのか。ようやく、理解した。おそらくはそういうことだ。

 試練の主がなにものであれ、レムやミリュウ、ファリアのことを深く知っているわけもない。黒き矛にせよ、六眷属にせよ、関わりがないのだ。しかし、セツナならば、どうか。セツナのことならば、黒き矛と六眷属はよく知っている。それこそ、セツナが知っている以上に、セツナのことを理解していたとしてもおかしくはない。召喚武装は、使用者の心に入り込む。記憶を覗き見たとして、なんら不思議ではなかった。

 つまり、この施設を用いた試練は、セツナの記憶を元に作り出されたものなのではないか、という結論に至ったのだ。

 セツナは、レムの偽者を見据え、告げた。

「おまえは、俺だ」

「はい?」

「ようやくわかったよ。この試練の意図が」

「なにを仰っておられるのです?」

「そういうことだったんだな」

 きょとんとする偽者のレムそっくりな挙措動作も、セツナの記憶からの再現だとすれば納得がいく。セツナがレムとして認識してしまうような仕草や言動をするのも、当然なのだ。セツナの記憶の中から抽出し、完璧に再現しているのだから、偽者とわかっていても本物と想うのも無理はない。そして、それ故に彼は怒りがわき上がってくるのを止められなかった。

 レムの頬から手を離し、頭上を仰ぎ見る。鏡張りの天井には、薄明かりに照らされた漆黒の寝台と、その上にいるふたりの人物が映し出されている。セツナは、その鏡に映る自分の姿を睨み据え、体を起こした。偽者とはいえ、レムに覆い被さったままでは格好がつかない。

「俺の心か。心を映す鏡……」

「御主人様?」

「俺は行く。この試練を終わらせるためにな」

「お待ちくださいまし!」

 強く手を引っ張られたが、セツナは、背後を振り返りもせずに振り解くと、寝台を飛び降り、素早く寝室を飛び出した。そのまま玄関へ至り、扉の取っ手を握り、捻る。今度は開いた。やはり、試練たる偽者との対峙が扉を開く鍵だったようだ。

「御主人様!」

 レムの悲痛な叫びが聞こえてきて、後ろ髪を引っ張られる想いがしたが、なんとか振り切って部屋を出ることに成功した。扉を閉め、目の前に現れていた昇降機に乗り込む。昇降機の扉が閉まるのを待ってから、壁に背を預けた。呼吸を整え、いまさっき見てきたことを頭の中から振り払う。

(俺の記憶……その再現か)

 よくよく考えれば、それ以外には考えられないことではあった。先もいったように六眷属はファリアたちのことを詳しくは知らない。知りようがない。セツナの目を通して見た彼女たちのことしか知らないのだ。故に偽者の彼女たちも本物そっくりではあるのだが、それはセツナの目を通して見た彼女たちであり、セツナの記憶の中の彼女たちでしかない。そこになにかしらの手を加えれば、違和感が生まれるのも当然のことだ。その違和感こそが突破口となっている。

 もし、違和感なく完璧に再現されていれば、夢に溺れたかもしれない。

 昇降機の壁にもたれたまま床に座り込んだのは、精神的な疲労を覚えたからだ。レムの偽者に魅入られ、自分を見失い、危うく彼女を抱くところだった。所詮は夢だ。彼女を抱いたところで、夢の世界の出来事に過ぎない。しかし、試練でもあるのだ。あの場で彼女を抱くということは、試練に敗れたということにほかならない。

 しかもだ。殺されるたびに蘇り、再戦することのできたこれまでの試練とは異なり、今回の試練はそういうわけにはいかないかもしれなかった。

 なぜならば、明確な終わりがないからだ。

 夢に溺れ、堕ちた先に終点があるのかといえば、そんなものはどこにもなさそうだった。堕ち続け、溺れ続けて死に至るのが関の山ではないか。その死が夢の中の死ならば、復活の可能性はある。ランスオブデザイアやアックスオブアンビションに殺されたときのように、蘇ることもできるかもしれない。しかし、その死が現実的なものであれば、話は全くの別となる。

 本当の意味で、なにもかもが終わるのだ。


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