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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百六十三話 愛の虜囚(五)

 セツナは、青い扉の前に立ち、取っ手に手をかけた。銀色の取っ手は金属製でひんやりとしている。その冷ややかさがまるで扉を開くことを思い止まらせるようと警告を発しているような気がして、しかし、そんなことはありえないのだと思い直す。ここは地獄。そして、これは最終試練。試練を途中で投げだし、引き返すことなどあるべきではなかったし、そんな選択肢は端からなかった。

 そんなことをすれば、すべてが台無しになる。この地獄で積み上げてきたすべてを投げ出すことになるのだ。それでは、地獄に堕ちた意味がない。逃げた意味がないのだ。

 セツナは、強くなってみせるというお題目を掲げることで、折れた心を抱えてあの場から逃げ出すことができたのだ。これでもし、強くなれないまま現実に舞い戻るようなことがあれば、自分の帰りを待ってくれているものたちに合わせる顔がない。申し訳が立たないのだ。

 だから、どのような試練であっても、前に進むしかない。

 ただ、今回の試練は、これまでの試練以上に、一分一秒でも早く終わらせたい、一刻も早く終わらせなければならないという意識が強く働くのも事実だった。この煩悩の塊のような宿泊施設から抜け出したかった。

 いまでこそ落ち着きを取り戻したものの、百十一階で偽りのファリアに押し倒されたときなど、口から心臓が飛び出そうなほどだったのだ。部屋から逃げだし、昇降機に乗り込んでからも心臓は高鳴り続け、ようやく平常に戻ったのは、この海の中にいるかのような階層の作りのおかげかもしれない。

 そういう意味では、階層の主だろう偽者に感謝したい気分だった。常に興奮状態では、心が持たない。

 だれが待ち受けているのかはわからないし、想像もつかない。おそらくはこの階で終わり、ということもあるまい。まだまだ上層にも待ち受けているはずだ。そして、それらはセツナのよく知る人物に違いなく、いずれも女性だろうということは想像が出来る。百十一階がファリアだったのだ。セツナの人生を彩ってきた女性たちの面影が脳裏に浮かんだ。ミリュウ、レム、シーラ等々、セツナに対し熱烈なまでの好意と深い愛情を持ってくれている女性が、試練として立ちはだかるのだろう。

 もちろん、ファリア以外、セツナとはなんの接点も関わりも持たない人物が待ち受けている可能性も皆無とはいえないが、だとすれば、これほど思い悩むこともない。赤の他人ならば、黙殺できる。

 ただ、試練の内容が先程の階層で判明した以上、突破することそのものは難しくはなさそうだった。

 だからといって楽観的になどまったくなれないのは、結局のところ、セツナが彼女たちを愛しているからだ。無論、百十一階のファリアがそうであったように、この部屋の中にいるだれかも本物ではない。ここは地獄であって、現実ではないのだ。だが、たとえ偽者であったとしても、本物とそっくりそのままの彼女たちが、彼女たちの精神性、人格を無視したような行動を取ってくるのだ。セツナとしてみれば、許しがたきこと山のごとしであり、一瞬でも早く試練の主と対峙し、叩きのめしてやりたいと想うのも当然だった。

 覚悟は、決まっている。

 取っ手を引き、扉を開くと、室内から花の香りが漂ってきて鼻腔をくすぐった。嗅いだことのある香りは、即座にミリュウ=リヴァイアを連想させる。それもそのはずだろう。ミリュウは、普段から積極的に接触してくることもあり、彼女が身に纏う香りは鼻に染みついているといっても過言ではないのだ。無関係な他人の前などでは自重するが、隊舎などでは暇さえあればべったりとくっついてくるのが彼女だ。そんな彼女の匂いを忘れることなどありえない。

 そして、扉を開けた先に広がる光景を目の当たりにすれば、確信を抱くものだ。

 真っ赤だったのだ。

 部屋全体が情熱的な赤に染め上げられていた。壁も床も天井も調度品の数々も、なにもかもが紅蓮に燃える炎のように赤く塗り潰されていて、まるで彼女の象徴色のようだと想わざるを得なかった。ミリュウは、赤色が好きだった。身に纏う衣服も赤と決めているし、髪だって赤く染めている。そして、よく似合っていた。

 セツナがそのことを褒めると、彼女は本気で嬉しがったものだ。

 そんなことを思い出しながら部屋に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉める。百十一階のように水音が聞こえないことに多少の安堵を覚えるものの、ミリュウの偽者がどのような手段や方法で攻めてくるのかわかったものではない以上、気を引き締めておかなければならなかった。油断は、命取りだ。

 きっと、この試練はセツナの心を試している。

 セツナの心を誘惑し、堕とそうというのだろう。当然、堕ちれば負けだ。負けるわけにはいかない。

 固唾を呑み、玄関に並べられた一足の靴を見おろす。紅い靴は、ミリュウのものだろう。セツナは、いまやこの部屋の主がミリュウの偽者であると確信していた。故にこそ、なにが飛び出してくるのかわかったものではないのだ。偽者とはいえ、ミリュウを元にした性格のはずだ。となれば、どんな突拍子もない方法で攻めてくるのか、わかったものではないのだ。

 かつて《獅子の尾》で騒動が起こったときの原因の大半が彼女だった。

 そんな彼女の偽者が、なにもしてこないわけがない。

 部屋に上がり、少し進めば、ちょっとした廊下の右手に広い部屋がある。その部屋が寝室であり、やはり大きな寝台が置かれているのだが、その円形の寝台はわずかに動いているようだった。目をこらせば、静かにゆっくりと回転していることがわかったが、それよりも、寝台の上、これまた真っ赤な掛け布団が盛り上がっていることのほうが気にかかった。どう見ても何者かが布団の中に潜り込んでいるようにしか思えない。

(近づいたら襲いかかってくる奴か?)

 ミリュウ本人に襲われるのは別段悪い気がしないでもないし、実際、何度となく夜襲を受けたものだが、偽者に襲われるのは御免被りたかった。セツナが大切に想っているのは偽者ではなく、本物のミリュウなのだ。

 音もなく回転し続ける寝台を遠目に見遣りつつ、彼は、しばし考え込んだ。室内には、ミリュウの大好きな花の香りが充満していて、まるでミリュウがそこにいるかのような錯覚を抱く。いや、実際問題、ミリュウの偽者が布団の中で待ち受けているのだが。

 偽者は偽者であって本物ではないのだ。

 そして、偽者が待ち伏せしているとわかって、わざわざ近寄る必要はあるのか、と、彼は頭を捻った。

(一応試練は受けたし……な)

 部屋に入って、抜け出すことが試練ならば、ここで部屋を抜け出しても突破扱いになるのではないか。そんな風に考えた結果、セツナは踵を返した。そして、玄関に戻ろうとした瞬間だった。

「ここまできて逃げるなんてないでしょ!?」

 不意に右側へと引き寄せられ、その力強さに視界が空転し、体勢を崩しかける。と、視界に飛び込んできたのは真っ赤な薄布に包まれた双丘であり、顔面からそこに飛び込んでしまう。ミリュウの豊満な胸は柔らかく、かつ弾力性に富んでいる。その事実をセツナが知っているのは、何度となく体験したからだ。そして、偽者が完璧に近くミリュウを再現していることを悟る。ファリアの段階でわかりきっていたことではあるのだが、確信したのだ。

「やあん……だいたん」

 などと甘く蕩けるような声を発しながら、セツナの顔面を胸の谷間に埋めるように抱き竦めてきたのは、ミリュウのほうだった。

 突然の出来事過ぎて、瞬時には抜け出せなかった。

 

 



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