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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百五十七話 風のように


 第三次リョハン防衛戦の戦死者は三百名に上り、その亡骸は空中都の共同墓地に葬られることとなった。

 その際、戦死者の慰霊式典が、戦女神ファリア=アスラリアの名の下に執り行われ、数多くのリョハン市民が参列し、涙し、嗚咽を漏らしたという。そのとき、リョハンのために死んだ三百名は、守護英雄となり、数多いるリョハンの英霊の末席に名を連ねることとなったらしい。そうすることが死者の霊を慰めることになり、また、残されたものたちの心を安んじることになるのだろう。

 ミリュウは、そんな話を式典に参列したエリナやアスラから聞きながら、ぼんやりと天井を眺めていた。もはや見慣れた天井には、なんの感慨も湧かない。石造りの天井にはどこか空々しさを感じるくらいだ。

 あの戦いが終わってからというもの、彼女は、まともに起きていられず、ひたすらに寝込み続けていた。それもそうだろう。武装召喚術を駆使し、その上で擬似魔法に擬似召喚魔法を用いたのだ。消耗は凄まじく、反動も極めて大きかった。命に別状がなかったのが奇跡的といえるくらいだが、それは、差し出した代価のおかげともいえる。その結果、記憶の一部を失うことになったが、もはや不要な記憶がなくなったことに関しては、なんの違和感もなかった。

 そもそも、自分の記憶ではないのだ。

 他人の、どこかのだれかが積み上げてきた記憶の数々。その一部を差し出したに過ぎない。

 レヴィアにせよ、その子孫にせよ、ミリュウにとっては血の繋がった赤の他人なのだ。呪いによって記憶を受け継いだからといって、レヴィアやその子孫に想いを馳せることなど一切なかった。むしろ、彼らの記憶が脳内に響く度に、数多の呪詛を聞いているような気がして、気が滅入ったものだ。そういった呪詛の淵源がひとつでも消えて失せてくれるのであれば、むしろ万々歳だ。 

 大事な記憶は、失わない。

 セツナを始めとする皆との記憶の数々。それだけは、差し出さない。それを差し出すくらいならば、命を差し出した方がましだ。

 もっとも、受け継いだ記憶の膨大さを鑑みるに、これから先、何度か擬似召喚魔法を使ったところで、自分自身の記憶を差し出さなければならないような状況に陥ることはないだろうし、そういう点では一切の問題はなかった。

 問題があるとすれば、自身の精神力のほうだ。

 擬似魔法と擬似召喚魔法の連発は、消耗が激しく、負担が大きい。戦後五日間、寝込みっぱなしというのは、初めてのことではあるが、それもこれも強力無比な存在を召喚しようとしたことが大きいだろう。ナリアの分霊との戦いでは、異世界の存在そのものを召喚したのではなく、力を召喚した。故に負担は少なく、反動も控えめだったのだ。が、今回は、状況が状況ということで、形振り構っていられなかったがために、現状召喚しうる最大級の存在を異世界から呼び寄せた。

 その結果、ミリュウは力のほとんどを使い果たし、精も根も尽き果てた。反動で数日間ぐったりするくらいに。

「師匠……だいじょうぶですか?」

 エリナが不安げな表情を覗かせたのは、ミリュウが五日間も寝込んでいるなど、いままでなかったことだからだろう。

「……ええ、もうすっかりよくなってきたわ。エリナのおかげでね」

 ミリュウは明るく笑い返すと、弟子の手を握った。細く柔らかな手の感触は、彼女が得物を振り回すような鍛錬をしていないことを示している。

 それはミリュウの方針だった。ミリュウは、エリナを前線で戦わせようなどとは考えてもいなかったし、だからこそ、彼女を弟子にすることにしたのだ。もし、ミリュウ以外のだれかが彼女を弟子にすれば、彼女の才能に当てられ、強力な召喚武装の使い手として育成しようとしたに違いない。

 たった数年で武装召喚術を使いこなせる希有な才能の持ち主だ。仮に戦闘能力に特化した召喚武装の使い手として育成したとすれば、彼女はミリュウやファリア以上の戦闘者になれるだろう。だが、そんなことは、ミリュウを含め、周囲のだれもが望んではいない。

 エリナの母ミレーヌも、エリナの親友であるファリアも、そしてセツナだって、彼女が武装召喚術を学ぶことにすら、懐疑的だった。エリナの熱意に負ける形で認めたのだが、直接戦闘用の召喚武装の使い手にはならないこと、師匠であるミリュウのいうことには絶対に従うこと、といった条件を飲み込まなければ、ミリュウも彼女を弟子にするつもりはなかった。

 エリナとしては、セツナの力になれるのであれば、どのような召喚武装であっても構わないという意思があったようであり、故に彼女はすべての条件を呑み、ミリュウの弟子となったのだが。

 そんな彼女の手を握りながら、ミリュウは、その日何度目かの眠りについた。

 戦いが終わってからというもの、眠り続けている。

 それは、セツナも同じらしい。

 だったらせめて、セツナと同じ夢を見ていたいと想うのだが、そう上手くも行かないのが現実だった。


 ルウファは、風の中にいた。

 レミリオンとの死闘の中、荒れ狂った風はもはやなく、穏やかな冬の気候に戻っている。空は晴れ渡り、遙か彼方まで澄み切っていた。蒼く、抜けるような空だ。“大破壊”以来、世界の空は変わってしまった。だが、その変わり果てた空のほうが美しく、故に彼は、空を仰いだまま、呆然とする。

 風が流れていく。

 まるで彼の心の内を見透かしたように、緩く、柔らかに。

 レミリオンは、死んだ。

 あっさりと、あっという間に消滅してしまった。

 跡形もなく、余韻も残さず、なんの感傷も許さないように。

 ルウファは、なにもできなかった。

 その死を看取ることもできなければ、この手で決着をつけることもできなかった。

 いや、できたはずだ。その機会はあった。唯一無二の好機。レミリオンの“核”を手の内に収めた。力を込めるだけで破壊できたはずだ。それでレミリオンを殺すことができた。レミリオンのすべてを終わらせることができた。

 ロナンのすべて。

 ロナンの人生。

 ロナンの――。

「こんなところで、なにをしている?」

 不意に背後から投げられてきた質問に、彼は、なんと答えていいのかわからず、静かに振り返った。

 そこは、リョフ山の麓だ。しかし、山門街ではなく、南東のやや開けた場所に彼はいる。

 空中都市リョハンは、まだ地上にある。いつでも空を飛び立つことは可能だが、戦後処理が済むまでは地上に待機しているとのことだった。

 戦いから五日が経過し、戦後処理もほとんど終わっているはずだったし、なにか別の問題があるわけでもないだろうに、ほかになにがしかの理由があるのではないか、と、想わざるを得ない。もっとも、おかげでこうしていられるのだから、彼としては不満があるわけでもなかった。

 振り向いた先に立っていたのは、案の定グロリア=オウレリアだった。メイルケルビムを纏う彼女は、天から舞い降りた神の使いのように美しい。実際、戦女神の使いとして彼の前に現れたのだろうが。

「墓を作っていたんですよ」

「墓……?」

 グロリアは、怪訝な表情をした。

「戦死者の墓ならば、共同墓地に……」

「弟の」

「……ああ」

 一言で、彼女は察したようだった。

「レミリオン……おまえの弟だったんだな」

「いえ、俺の弟はロナンです。ロナンただひとりだけですよ」

 告げ、視線を戻す。墓石は決して大きくはなく、目立ちはしないが、目立たせることが目的ではなかったし、これでいいと想った。

「獅徒レミリオンなどという怪物が、俺の弟のわけがない」

 だから、ロナンの墓を作っていたのだ。

 そこにロナンの遺体もなければ、遺品が眠っているわけでもない。なにもない、空っぽの墓だ。そんな空っぽの墓を作ることに意味があるのかと問われれば、返答に窮するが、師は、なにもいっては来なかった。

 ルウファは、ロナンの墓に祈りを捧げると、グロリアに向き直った。

 風が吹いている。

 穏やかに。

 そして、緩やかに。


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