第二千七百五十六話 完全なる勝利(二)
「せっかく回収したっていうのに、使い物にならないんじゃあ意味がねえな」
シーラが嘆息混じりにいったのも無理のない話だ。
回収したというのは、ネア・ガンディア軍の飛翔船のことだ。五日前の戦いで投入された三十隻の飛翔船は、そのほとんどが使い物にならないくらい徹底的に破壊された。完全勝利を目標に掲げたのだ。そしてその完全勝利の内容というのが、徹底的な敵戦力の排除である以上、飛翔船を完膚なきまでに破壊するのは正しい。
しかし、それら三十隻の飛翔船の内、たった一隻だけ、まったくの無傷で確保されたものがあった。それは、ネア・ガンディア軍が投入した飛翔船の中でも最大規模のものであり、ウルクナクト号よりも遙かに巨大な飛翔船だった。こちらが大型飛翔船と呼称していた代物だ。
なぜ、その飛翔船だけは無傷で確保したのかというと、ラムレシアらが破壊作業に赴いたときには飛翔船自体が不稼働状態にあり、わざわざ破壊するまでもないのではないか、という考えに至ったからだという。念のため、小型飛翔船はすべて破壊したものの、大型飛翔船に関しては、なにかしら利用価値があるものと見て、確保することとしたようだ。
その報告を受けて、リョハン政府は、大型飛翔船が使い物になるかどうかを調査するべく、調査隊を派遣することとした。その調査隊に名乗りを上げたのがマユリであり、シーラとエスク、ネミアが同行している。なぜマユリがみずから調査に乗り出したのかといえば、もし大型飛翔船が利用できるのであれば、ウルクナクト号から乗り換えることも視野に入れていたからだ。
ネア・ガンディア軍が運用する中型飛翔船と同型飛翔船であるウルクナクト号は、セツナたちを乗せるだけならば十分過ぎるほどの大きさがあり、広さもある。部屋数は有り余っているし、さらに数千人が搭乗したところで問題はない。船としての性能も、十二分に有る、と想える。が、大型飛翔船の性能が中型飛翔船と同等とは想えず、もし、大型飛翔船が中型飛翔船以上の飛行能力、戦闘能力を有しているのであれば、即刻乗り換えるべきではないか、と、彼女は考えていた。
これから戦いはますます激しくなっていくだろうことは、想像に難くない。
大型飛翔船の広さは、セツナたちには手に余るだろうが、そんなことよりも性能の方が重要だった。高性能であれば高性能であるほど、今後の戦いの役に立つ。
とはいえ。
「ウルクナクト号の一件が、彼らの危機管理の意識を高めたのだろうな」
マユリは、ウルクナクト号のそれよりも立派な機関室の内部を再度見回しながら、いった。機関室のみならず、船体内部の構造そのものは、内部構造を改変する前のウルクナクト号と大差はない。船体の大きさが内部構造に与える影響というのは、それほど大きくないのかもしれない。あるいは、同じような構造に作るよう、指示されており、その指示通りに作った結果なのだろう。床や壁、天井の材質は、ウルクナクト号と変わらない。つまり、マユリ神の力で改装することも可能だということだ。これならば、いつ船を移ることになっても問題はないだろう。
問題があるとすれば、船がうんともすんともいわないということだ。
船は、ウルクナクト号と同じく、神威を動力としている。実際には、神威を動力に変換する機構があり、そこから神威を取り込み、変換、船体全域に伝達するのだが、その変換機構たる水晶体がマユリの神威になんの反応も示さないのだ。まるで機能不全に陥っているかのように。
船体には傷ひとつついていないし、機関室が破壊された形跡もない。
となれば、考えられるのはひとつしかない。
この船を操っていた神が船を出る際、なにがしかの封印をしかけたのではないか。仮に敵の手に渡った場合、おいそれと利用されることのないように、だ。
そういう意味では、ウルクナクト号がああもあっさりと動いたことには、いまさらながらネア・ガンディア軍の危機管理能力のなさを疑わざるを得なくなるが、その改善が現状ならば、言葉もない。
「……使えないものをここに置いておくというのも問題がありそうだが」
エスクが機関室の機材に触れながら、いった。ネミアは、そんな彼の様子をしげしげと眺めている。彼女がついてきた意味があったのかといえば、なかったといわざるをえない。
「ネア・ガンディア軍の手に渡らない限りはなんの問題もないが……もし、奴らがこの船を取り戻せば厄介なことになるのは目に見えている。かといって、このままただ破壊するのも勿体ない気もする」
「じゃあどうするんだ? 使えないんだろう?」
「船はな」
「ん?」
「船を動かすことはできないし、船の機能を使うこともできないが、船体は無事だ」
「ははーん、船体から装甲を引き剥がして、ウルクナクト号の補強材にでもするつもりですな?」
「御名答」
「そんなことできるのか?」
「やってみなければわからないが……おそらく、可能だろう」
マユリは、シーラの疑問にあっさりと答えた。
ウルクナクト号も大型飛翔船も船体を構成する材質はまったく同じものだ。なにかしらの合成金属。並の攻撃手段では傷ひとつつけられないという点では、魔晶人形の躯体に用いられる精霊合金に似ていなくもないが、非なるものだ。精霊合金は、波光を帯びて強度を増すというが、飛翔船の船体に用いられる金属にそのような特徴はなかった。特徴があるとすれば、神威の伝導率が妙に高いというくらいか。そしてその特徴のおかげで自由に作り替えることができた。
マユリは、シーラたちを連れて船内を出ると、その巨大な船体の外装から引き剥がし始めた。飛翔船としての機能がまったく利用できないのであれば、エスクがいったように破棄する以外に道はない。ネア・ガンディア軍の手に渡り、再度利用されては面倒だからだ。しかし、ただ破壊するだけでは勿体なく、利用できるものは利用し、活用できるものは活用しようと想ったのは、今後の戦いを考えれば当然の結論だった。
ネア・ガンディアとの本格的な戦いが待ち受けている。
その際、ウルクナクト号が敵軍の猛攻を凌ぎきれるかどうかは、未知数だ。少しでも装甲を厚くし、防御能力を高めておくべきだった。
「俺たちの出番はなさそうだな」
「だな」
「そうだねえ」
シーラ、エスク、ネミアの三人は、マユリの作業を遠目に見守っているしかないという状況を手持ち無沙汰だと感じたようだった。それはそうだろう。超巨大構造物たる大型飛翔船の船体から装甲を引き剥がすなど、彼女たち人間の手に負える作業ではない。神の力ならば容易くとも、人間の手では、たとえ召喚武装の補助を得ても困難を極めるだろう。
召喚武装は、万能の力たりえない。
故にマユリのような存在が重宝されるのだ。
「シーラ。おまえには大事な役割があるぞ」
マユリが一瞥すれば、シーラは目を輝かせた。
「な、なんだ?」
「ハサカラウを呼んできてほしい。あれならば、わたしの手伝いもできよう」
告げた途端、彼女の表情が曇るのは想像した通りだった。
「なんで俺なんだよ……」
「あれはおまえのいうことしか聞くまい」
「だってさ」
エスクがにやりとシーラを横目に見たのは、シーラの反応を面白がっているからだろう。
「他人事だからって好き放題いいやがって……」
「おまえがなぜそこまで毛嫌いしているのかはわからぬが……ハサカラウは、あれはあれで悪い神ではないぞ。少なくとも、おまえのことを大切に考えている」
「そりゃあわかってるけどよぉ……」
「セツナのためだ」
「うっ……」
シーラが言葉を飲み込んだのを見て、マユリは、なんだか悪い気がした。
セツナのため、という一言が、彼女たちの心を強く動かすことを知っているからだ。
もちろん、本当のことではあったし、そこに一切の嘘はない。
ウルクナクト号の強化は、セツナの生存を高めることになる。
故にマユリは、大型飛翔船の装甲を剥がしながら、ウルクナクト号をどのように強化するか、考えに考えているのだ。




