第二千七百五十一話 風の行く果て(十二)
「なんという奴だ。強制的に獅神合一を解くとは……!」
鳥頭人身の神が唸るようにいったのは、セツナが六柱の神を連れ、戦場を遙か高空へ移したあとのことだった。彼ら六神は同時に神威を発散することで“闇撫”の拘束を脱し、自由の身となるなり、セツナを包囲した。レミリオンとともにリョハン侵攻に携わった六柱の神。ルノウに鳥頭人身の神、龍神ニーリス、豹頭人身の女神ナルヴァ、鋼鉄に覆われた神キーア・エ、虹に彩られた女神デイシア。いずれも、それぞれの戦いで消耗した上でレミリオンと合一し、さらなる激闘を繰り広げたことで大いに消耗しているはずだったが、まだまだ力が有り余っているように見えた。
神なのだ。
人間以上に莫大な力を有していたとしてもなんら不思議ではない。
だが、それをいうならばセツナも同じだ。力は有り余っている。いやむしろ増幅しているといっても過言ではなかった。完全武装の深化が進んだことで、より多くの力を引き出せるようになっていたからだ。尾となったランスオブデザイアに続き、ロッドオブエンヴィーが籠手へと変化したことがそれだ。六眷属は、ただの召喚武装ではない。魔王の杖とも呼ばれる黒き矛の眷属であり、それぞれが魔王の杖の眷属に相応しい力を秘めている。そして、その真価は、黒き矛との同時召喚によって発揮される。さらにいうならば、黒き矛の力を引き出せたからこそ、六眷属のランスオブデザイア、ロッドオブエンヴィーに変化が起きたのだ。
つまり、セツナは、いまだ黒き矛の力のすべてを解放できてはいないということだ。
「呪われしものよ。魔王の杖の使い手よ。魔王の使い、魔王の使徒よ。いや、魔王の下僕というが相応しいか」
鳥頭人身の神が叫んだ。その名だけは、知らない。知りたいとも思わない。どうだっていいことだ。斃すべき敵の一体に過ぎない。翼が輝きを帯び、神々しさを増していこうとも、関係がないのだ。黒き矛が怒っている。滅ぼすべき神を眼前にして、激しい怒りに打ち震えている。
それがすべてだ。
「なんだっていいさ。俺の呼び名なんざ、どうだっていいことだろ」
「だが、そなたの名は、世界に記憶されたぞ」
「セツナ=カミヤ」
「百万世界の敵対者よ」
「そうかい。そいつは、光栄だな」
思ってもいない言葉を吐いて、黒き矛を構え直す。両手に握り締め、力を漲らせた。神々がなにをいおうが、どのような妄言を吐こうが、セツナの耳には届いても、心には響かない。いまセツナを包囲しているのは、獅子神皇に付き従う神々なのだ。そして、獅子神皇は、滅ぼすべき敵だ。そうである以上、獅子神皇に隷属する神々も滅ぼす以外にはない。告げる。
「それで、なにがいいたい? 俺はあんたたちを斃し、滅ぼすだけのことだ」
「滅びるのはあなたのほうです、セツナ=カミヤ」
「然様」
神々の声が聞こえるのと同時に周囲の空間が歪み、軋んだ。それは、多方向からの同時攻撃であり、セツナは、瞬時に見切り、反応した。
激戦が始まる。
セツナが空高く舞い上がるのを見たとき、ルウファは、自分の声が届いたのだと理解した。
大きく陥没した大地の中心に視線を落とせば、レミリオンが咆哮を上げながら立ち上がる様が見える。神々との合一によって起きていた変化はなくなったものの、彼のその姿は、獅徒レミリオンそのものであり、ルウファは、拳を握り締めるほかなかった。唱える。
「武装召喚」
呪文は、唱えていた。
ずっと、ずっとだ。
レムに解放されてからこっち、呪文を唱えながら、セツナの戦いを見守っていた。セツナは、圧倒的だった。およそ二千五百人の武装召喚師が束になってもまるで勝負にもならなかった強敵がさらに力を増大させたというのに、彼は終始優勢に戦って見せたのだ。その戦いぶりたるや、彼がかつてガンディアの英雄と呼ばれた所以を思い出させるにたるものであり、ルウファは、呪文を唱えながら呆然とする想いがした。
一方で、セツナの圧倒的優勢によってレミリオンが滅ぼされるのではないかという危惧を抱く自分がいて、混乱しかけたりもした。
レミリオンは、ロナンだ。
ロナン=バルガザール。
彼の、たったひとりの最愛の弟だった。
ロナンは、“大破壊”によって命を落とし、獅徒に転生した。そして、彼の目の前に現れ、彼をネア・ガンディアに誘おうとした。
ルウファは断った。そこに迷いもなければ、間違った判断とも思っていない。絶対的に正しいことをしたという確信がある。
自分は、ガンディオン生まれガンディオン育ちの生粋のガンディア人であり、バルガザール家の二男としてガンディア王家に絶対の忠誠を誓う人間だ。いまでも、ガンディア王家のことを思うと、涙が出る。道半ば、夢半ばで最終戦争に巻き込まれ、その災禍の中心となって“大破壊”とともに消滅した国。そして、王家。若き国王レオンガンド・レイ=ガンディアのことも、ちょっとでも考えると、それだけで目頭が熱くなった。レオンガンドとともにガンディアの躍進に夢を乗せ、戦国乱世を駆け抜けた日々は、彼の青春そのものだったのだ。
叶うなら、ガンディアの日々に戻りたい――と、想うこともあった。夢にまで見たのだ。
だが、それは、ガンディアであって、ネア・ガンディアではない。
ルウファが忠誠を誓ったのは、弱小国家ガンディアの若き獅子王レオンガンド・レイ=ガンディアであって、神々や獅徒を従え、リョハンを滅ぼさんとするネア・ガンディアの王レオンガンド・レイグナス=ガンディアなどではないのだ。
それになにより、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなるものが陛下そのひとである確証がない。いや、ロナンがいうのだから間違いはないのだろうが、だとしてもだ。ルウファが熱烈に支持した獅子王とは別人である気がしてならなかった。
あのレオンガンドが、ロナンを獅徒として転生させるだろうか。
あのレオンガンドが、神々を従え、世界侵略に乗り出すだろうか。
国民のことを第一に考え、故にこそ大陸小国家群の統一という夢に向かって駆け抜けた男が、世界に混乱を撒き散らすような戦いを起こすだろうか。
(そんなこと、あるわけがない)
ルウファは、確信を持って、想う。
ネア・ガンディアの指導者は、ロナンを惑わせるほどに完璧なレオンガンドなのだろう。だが、そのレオンガンドは、ルウファが支持し、忠誠を誓ったレオンガンドではないのだ。
だからこそ、彼は、翔る。
シルフィードフェザーにレイヴンズフェザーを重ね合わせるように召喚した彼は、完全に風を越えた。音すら置き去りにする速度で、レミリオンの懐に飛び込む。いまにも空中に飛び上がろうとしていた獅徒は、ルウファの予期せぬ肉薄に驚愕の顔を見せた。
「兄さん?」
「ああ」
うなずき、その右肩に手を添える。彼の右肩には、黒き矛でつけられた傷跡が残っていた。優れた再生能力を持つはずの獅徒がなぜその傷口を残したままなのかは、ルウファにはわからない。だが、傷口が開いたままだということはつまり、そこが弱点となりうるということではないか。一瞬にして凝縮した大気の塊を叩き込み、炸裂させる。右肩が弾け、腕が吹き飛んだ。同時にレミリオンの左足が飛んでくるが、シルフィードフェザーがルウファを護っている。とはいえ、強烈な一撃に吹き飛ばされざるを得ず、距離が開く。
ルウファは、シルフィードフェザーの羽を弾丸のように飛ばしながら、レイヴンズフェザーで加速した。白き翼型召喚武装シルフィードフェザーの主な能力は、大気を操るというものだが、黒き翼型召喚武装レイヴンズフェザーの主な能力は、超加速と呼ばれるものであり、彼はいま、少なくともレミリオン以上の速度を発揮していた。
「だからさ」
ルウファは、レミリオンの背後に回りながら羽弾を撒き散らし、告げた。
「俺は君の兄だ。君の兄として、リョハンに混乱を巻き起こした君を討つ」
「ああ……そうか」
レミリオンがこちらを見た。
双眸が碧く輝いていた。




