第二千七百四十八話 風の行く果て(九)
レミリオンの前方に展開した虹の羽衣が生み出すのは、七色の光だ。まさに虹色というべき閃光は、頭上を埋め尽くすほどに膨張、拡大したかと思うと、セツナの防御障壁の目前で一点に収束、螺旋を描き、障壁に直撃する。超高速で回転するそれは、防御障壁を掘削し、強引に穴を空けた。
それを見て、セツナはレミリオンの目論見を察した。
光球による飽和攻撃は、セツナを撃滅するためのものではなかったのだ。広範囲に及ぶ爆撃は、防御障壁を薄く広く展開させるためのものであり、その薄く引き延ばされた防御障壁を打ち破るため、貫通力に特化した攻撃を繰り出してきたのだろう。事実、虹の螺旋は見事防御障壁を貫通し、その勢いのままセツナに迫ってきていた。が、セツナは驚きもしなかったし、わざわざ対応しようともしなかった。ランスオブデザイアが自動的に迎撃してくれたからだ。
悪魔の尾の如く変化したランスオブデザイアは、セツナの意思とは無関係に敵の攻撃に反応し、神速で回転する穂先を突きつける。それは、虹の螺旋とは逆方向の回転だった。頭上で激突し、爆発的な閃光が生じる。散ったのは虹の光。勝ったのは、ランスオブデザイア。虹の光が飛散する中を駆け抜けるようにして、セツナは空を舞う。
すると再び、上空に雷雲が生まれた。
一度セツナに通用したことで、レミリオンの中で落雷攻撃が有用なものだという認識が生まれたのだろう。だが、落雷攻撃に予兆があり、攻撃内容が判明している以上、再び食らうものでもない。セツナは、自身の頭上に闇人形を生み出すと、雷が闇人形を撃ち抜く瞬間を目の当たりにした。レミリオンが驚きつつもどこか嬉しそうな顔をする。
「なにを笑ってやがる」
「嬉しいんですよ。やはり、英雄はこうでなきゃ」
「はっ」
飛翔し、レミリオンに肉薄する。レミリオンが大口を開き、咆哮した。咆哮は、ただの大音声ではなく、凄まじい衝撃波となってセツナを襲い、吹き飛ばす。防御障壁を貫くほどの攻撃ではないが、防御障壁ごと吹き飛ばす程度には破壊力を持っている。再び距離が開いてしまう。レミリオンの角が輝けば、雷雲が頭上に生まれる。雷雲に走る稲光はふたつ。セツナは避雷針代わりの闇人形を二体生み出すと、自身の高度をさげた。直後、落雷が二体の闇人形を撃ち落とす。前方では、レミリオンが両腕を大きく広げていた。そのまま振り抜き、胸の前で交差させると、超巨大竜巻が発生した。
(なんなんだ、いったい)
セツナは、神威を帯び、稲光を纏う超巨大竜巻を見遣ると、空中で静止し、矛を構えた。翼を穂先に重ね、“破壊光線”の威力を増幅させる。
(なにが英雄なんだ)
レミリオンが何度となく口にした言葉が、引っかかる。
彼とは、どこかで会ったことがあるのは確かだろう。見覚えがあったし、聞き覚えのある声だった。獅子神皇の使徒ということは、ガンディアの人間だったのだろうし、それなりにセツナとも近しい立場の人間だったのかもしれない。でなければ、セツナが英雄らしい戦いをすることを喜んだりはしないはずだ。
(だれだ? だれなんだ、おまえは)
気にかかる。が、気にしすぎている場合でもない。斃さなければならない。斃し、滅ぼし、この無益な戦いに決着をつけなければならないのだ。
セツナは、メイルオブドーターとエッジオブサーストの力によって増幅した“破壊光線”を撃ち放った。
「御主人様が……押されている?」
レムには、それがただただ驚きだった。
レミリオンは確かに強敵だった。完全武装・影式では太刀打ちできないことが判明したのだ。影式は所詮模倣であり、再現なのだ。本物の完全武装には遠く及ばない。故にこそ、本物の、セツナの完全武装ならば、レミリオンを圧倒し、圧勝することも難しくないと彼女は考えていたのだが、しかし、セツナがレミリオンと戦いはじめてからというもの、セツナのほうが押されているように見えた。
決してセツナが弱いわけではない。
むしろ、セツナはレムよりも圧倒的に強い。比較しようもないくらいだ。完全武装・影式が児戯に見えるほどに、完全武装状態のセツナは強力無比だった。
レミリオンが強い、といったほうが正しい。
「相手はただの人間ではないのだ。神が力を貸している。六柱の神がな」
「それは理解しておりますが……って、ラムレシア様!?」
振り向いた先には、蒼白衣の狂女王の姿があった。
「なにを驚くことがある? 戦うべき相手が消えた以上、あの場に留まっている必要はないだろう」
「それもそうでございますが」
レムは、ラムレシアが傍観に徹していることに疑問を持ったまでだ。ラムレシアは、三界の竜王の一柱であり、神に匹敵する力を持っている。それならば、セツナに手助けしてもいいのではないか。
「わたしがただ黙ってみていることが不思議か?」
「はい」
「確かにここでわたしがセツナの手助けをすれば、セツナの勝利はさらに確実なものとなるだろうな。竜王の加護を得たセツナの前に敵はいまい」
だったら、と、思うレムに対し、ラムレシアは、難しい表情をした。
「だが、それでは困るのだ」
「困る……?」
「セツナは女神ナリアを斃したそうだが、それは、セツナひとりの力で為し得たことではないのだろう?」
「それは……」
ラムレシアのいうとおりであり、レムは言葉を飲み込んだ。
以前激戦の末に討滅目前までいった女神ナリアは、皇神の中でも特に強大な力を持った神だった。エベルとともに二大神と呼ばれ、その絶大な力は、他の神々が力を合わせてようやく並び立つほどなのだという。そんな神に勝てて、六柱の神の力を取り込んだレミリオンと対等の戦いを繰り広げているのは、なにもおかしいことではない。
あのとき、セツナは、ラムレシアのいうようにセツナひとりの力で戦ったわけではないのだ。マユリ神の加護や召喚武装による支援、帝国の神ニヴェルカインの加護があってはじめて、ナリアを圧倒することができたのであり、セツナひとりの力では、ナリアと対等に戦うことすらできなかったことは想像に難くない。だからこそ、マユリ神はラミューリン=ヴィノセアの召喚武装・戦神盤を利用し、召喚武装による多重の支援を行うことで、セツナの力を引き上げさせるという戦術を取ったのだ。取らなければ、ならなかった。でなければ、ナリアに食い下がることも出来ないという判断だったのだ。そしてその判断は正しかった。いや、それでさえ、甘く見ていた、といっていい。
ニヴェルカイン神が顕現しなければ、ナリアを圧倒することなどできなかったかもしれないのだから。
「勝てればいい、斃せればいい、滅ぼせればいい……という考え方もわからなくはないがな。神の加護や他者の支援に頼るような戦い方をしていては、真の勝利には程遠いのだ」
「真の勝利……でございますか」
「ああ」
ラムレシアは、それがどのようなものなのかについては語らなかった。おそらくは、ネア・ガンディアに打ち勝つことなのだろうとは思うが、それだけを指していっているようにも思えない。そしてラムレシアは、レミリオンと激戦を繰り広げるセツナを見遣りながら、眉根を寄せた。
「とはいえ、あの程度の敵に苦戦されるのはもっと困りものだがな」
「あの程度……」
確かにナリアに比べれば天と地ほどの違いはあるだろうが、セツナの置かれている状況も、セツナの状態も、あのときとは大きく異なっているのだ。多大な支援を受け、常以上の力を引き出せたあのときと、セツナの独力で戦っているいまとでは、その力の総量に絶対的な違いがある。
とはいえ、セツナ自身も、あのときとは違っている。
ランスオブデザイアが尾のように変化しているのが、それだ。




