第二千七百四十一話 風の行く果て(二)
(確かに)
レミリオンは、涼しい顔で、攻撃を受けていた。
前方のみならず、左右後方、上方下方――つまり、全周囲からの一斉攻撃は、圧倒的な火力を誇るといってよかった。様々な召喚武装が火を噴き、全身全霊の攻撃が叩き込まれる。凄まじい熱量だった。うねる炎が螺旋を描き、雷光が嵐のように逆巻けば、真空の刃が降り注ぐ。光の羽が乱舞し、金色の奔流が吹き荒れ、世界が凍り付き、閃光が視界を灼く。七色の光が収束し、衝撃波が突き抜け、刃が踊るように斬撃を刻み、光の柱が乱立する。
二千人あまりの武装召喚師が、各々、全身全霊の力を込めた攻撃を行ったのだ。そのすべてがレミリオンに集中している。獅徒であれば、耐えきれなかったかもしれない、と思うほどだ。物凄まじい熱量、威力は、さすがは武装召喚術の総本山リョハンで学んだ武装召喚師たちの一斉攻撃といっていい。
だが、それだけだ。
(確かに素晴らしいけれど、これではぼくを殺しきることなんて不可能なんだよ)
レミリオンは、妙な虚しさを感じずにはいられなかった。
リョハンが誇る武装召喚師たちの実力は、認めてもいいだろう。
リョハン独立以来、ヴァシュタリア共同体――いや、至高神ヴァシュタラがなぜリョハンを攻め滅ぼさなかったのか、その理由もわからないではない。ヴァシュタラ自身が動けない以上、戦力を派遣するほかないのだが、ヴァシュタリアの保有する戦力では、リョハンの武装召喚師たちを相手どるにはあまりに物足りないからだ。たとえ大量の戦力を投入することでリョハンを滅ぼせたとして、そのために流れるであろう血、犠牲の数を考えれば、リョハンを捨て置き、逆にその力を利用するほうが賢いという結論に至ったのだ。
リョハンはヴァシュタリアに非協力的だったが、周辺の皇魔討伐には積極的だった。皇魔の存在は、ヴァシュタリアにとっても頭痛の種であり、リョハンが率先して皇魔を討伐してくれるのであれば、リョハン周辺に戦力を割く必要がなくなる。リョハンにとっても、それは悪い話ではなかった。リョハンの周辺に配備されるヴァシュタリアの戦力が少なくなるということは、独立自治が捗るというものだろう。
そういったことを不意に思ったのは、マハヴァとの合一の影響だろう。マハヴァは、至高神ヴァシュタラを構成していた皇神の一柱だ。ヴァシュタラ時代の記憶を思い出すのも無理からぬことだ。ヴァシュタラが忌み嫌ったリョハンが目の前にあり、リョハンの戦力たる武装召喚師たちが、いままさにその実力を見せつけているのだから。
だが、その実力も獅神合一を果たしたレミリオンの前では、虚しいだけだ。
攻撃がまったく無意味というわけではない。攻撃は届き、彼の肉体を損傷させてはいる。斬撃は腕を切り飛ばし、熱は肌や羽を灼いた。電光に焦がされ、凍てつく風によって凍り付けば、爆発が半身を吹き飛ばしもした。しかしそれは、彼がまったくの無防備だったからだ。一切の防御手段を取らず、すべての攻撃を受けきったからこその反応といっていい。
とはいえ、獅徒の肉体は、人体と比べものにならないほどの強度を誇る。その上に神の力が加わっているのだから、並の攻撃ではまったく傷つけられないのはいうまでもない。つまり、武装召喚師たちの攻撃が弱いということではないのだ。むしろ、凶悪であり、強力といって差し支えなかった。神人はおろか、並の使徒でも耐え切れまい。獅徒ですら、持ち堪えられるかどうか、といったところだ。それほどの火力、それほどの熱量、それほどの破壊力が吹き荒れている。
だのに、レミリオンは涼しい顔だ。
むしろ、攻撃を受ければ受けるほどに哀れみを覚え、虚しさを禁じ得なかった。これが彼ら武装召喚師の最大最強の攻撃だと想えば、同情するほかないのだ。これでは、彼を追い詰めることなど不可能だ。
傷つけられた部位は立ち所に元に戻り、切り飛ばされれば復元し、吹き飛ばされれば瞬時に再生する。神人、使徒、獅徒、並の神以上の回復速度は、獅神合一によってすべての力が増大した影響だ。そして、多少、力を込めただけで武装召喚師たちの攻撃はまったく通用しなくなった。防御障壁が召喚武装の攻撃を受け付けないのだ。どれだけ全身全霊を込めていようと、魂の込められた攻撃であろうと、神を取り込んだ獅徒の前では、意味を為さない。
「虚しいね」
告げ、右手を目の前まで持ち上げる。そして、静かに握り締めれば、攻撃が止んだ。“無色世界”。合一以前ですら武装召喚師たちを無力化したそれは、合一によってさらに精度が高まり、さながら周囲の時間が止まったかのような沈黙が訪れた。全周囲、二千人あまりの武装召喚師が身動きひとつ取れず、言葉すら発することもできず、レミリオンを見ている。レミリオンに目を向けていて、そのまま動きを止められたのだから、まっすぐ見つめるほかあるまい。
だれひとり。
だれひとりとして、この“無色世界”を抜け出すことは出来ないだろう。
当然だ。
彼は、武装召喚師たちの力を把握するために攻撃を受け続けたのだ。武装召喚師の攻撃を受けながら、個々の身体能力を把握、どれだけの力ならば彼らを傷つけず、掌握することができるのかを計算していた。一切の防御、一切の回避行動を取らなかったのも、そのためだ。そういった行動に思考を割きたくなかったのだ。そして、彼は完全無欠の“無色世界”を完成させ、発動した。
それにより、状況は一変した。
リョフ山内の大空洞を破壊し尽くすほどに暴れ回っていた武装召喚師たちは、いまや完全に沈黙している。レミリオンが支配する大気に包まれ、身動きひとつ取れないのだ。地上で硬直しているものもいれば、空中で拘束されているものもいる。落下しないのは、“無色世界”がその場に拘束する能力だからだ。
ふと見れば、目の前にルウファがいた。
必死の形相でこちらに肉薄する寸前といった様子で硬直している。表情すら変わらないのは、大気による掌握が完全無欠だからだ。そして、完全無欠だからこそ、彼らを殺さない配慮もしている。呼吸だけは許しているのだ。静寂の中、呼吸音が聞こえるのはそのためだ。
レミリオンは、ルウファの目を見つめ、その鋭さに目を細めた。ルウファは、全力だった。全身全霊の力を込め、レミリオンを斃すつもりだったのだ。それが嬉しくもあり、哀しくもあるのが、レミリオンの複雑なところだ。
「さようなら」
(兄さん)
別れを告げたのは、彼としては、これで本当に最後にするつもりだったからだ。
ルウファたちをこの場に拘束したまま、目的を遂げ、離脱する。戦女神という指導者と守護神を失えば、リョハンは時を経ず自壊するだろう。そこまで見届ける必要はない。だからこそ、殺すのは戦女神だけにしたかったのだし、それでルウファの心の傷は最小限に抑えられるものだと想っている。
勝手な思い込みだが。
とはいえ、リョハンを全滅させるよりはずっと増しなはずだ。
そう考え、ルウファの真横を擦り抜けるように羽撃いた瞬間だった。
凄まじい痛みが右肩から左脇腹にかけて走り、彼は胴体が真っ二つに切り裂かれるのを認めた。しかし、そんなものでは彼は死なない。切り裂かれた胴体はすぐさま元に戻り、彼は背後上方を振り向いている。
そこには、闇色の翼を広げた死神が浮かんでいた。
「リョハンに辿り着きたいのであれば、まずはわたくしを斃してから、と、そう申し上げたではありませんか」
微笑する死神の姿に、レミリオンは怒りさえ覚え、拳を握った。




