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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百四十話 風の行く果て(一)

 七色の風が一カ所に集まり、渦を巻き、留まり続けている。

 吹き荒ぶは暴圧。ただひたすらに対象を切り裂き、打ち砕く純粋な暴力の奔流。その渦に捕らわれたものは、もはや滅び去るまで抜け出すことはできない。不老不滅の存在ならば、暴圧の渦に捕らわれたまま、死に等しい痛みを受け続けるしかないのだ。

「そこで死に続けていてよ。死神なら死神らしくさ」

 レミリオンは静かに告げると、虹色の渦の中、死と再生を繰り返す存在を見つめた。死神レムは、不老不滅の存在だ。その生命力の源たるセツナを殺さない限り、どれだけの力をぶつけ、その肉体を損壊し、死を与えようとも、立ち所に再生し、復活してしまう。それはたとえ神の力であっても、同じことなのだ。

 獅神合一によって力は何倍にも膨れ上がり、それまでとは比較にならない力を得たレミリオンだが、それでも死神レムを滅ぼしきることは不可能だった。全身全霊を込め、最大威力の攻撃を叩き込んだところでだ。彼女は立ち所に復活し、何事もなかったかのように戦いを続行しようとするだろう。レムほど厄介な敵はいないといっていい。

 ネア・ガンディアにとっての最大最強の敵ともいえるかもしれない黒き矛のセツナですら、レムよりはマシなのではないかと思える。命を奪えば死ぬのだ。そういう点だけを見れば、いかにレムが異様な存在なのかがよくわかるだろう。

 だからこそ、レミリオンは、使いたくもなかった手段に頼らざるを得なかった。

 獅神合一。

 獅徒に与えられたその力は、神との合一によって自身の能力を何倍にも引き上げるというものだ。奥の手も奥の手だが、獅子神皇の親衛隊たる獅徒にとって、神々に頼るなど恥ずべき行いとしかいえなかった。獅徒は、だれもが獅子神皇に選ばれたという自負を持っている。獅子神皇が直属の部下に選び抜いた存在、それこそが獅徒であり、ネア・ガンディアにおける立場は神々よりも上なのだ。であればこそ、指揮権が獅徒にあり、獅徒の意思こそが最優先される。だのに、戦闘で不利になったからといって神々に頭を下げ、合一を持ちかけるなど、誇り高い獅徒には非常に心苦しいことだった。

(誇りか)

 内心、自分の考えていることの支離滅裂さに呆れかえる想いがした。

 自身が誇り高き存在というのであれば、獅徒への転生などするべきではなかった。

 獅徒への転生は、獅子神皇への魂の隷属を意味する。獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアにただ忠誠を誓うだけではない。魂の尊厳そのものが獅子神皇に握られるということだ。そんなものに自尊心など在るべくはずもない。

 彼は、自嘲とともに進路に向き直った。死神は死に続けている。鳥神マハヴァとの獅神合一によって得られた力の前では、さすがの死神も手も足も出なかった、ということだ。そして、ただ討ち斃すのではなく、暴圧の渦に捕らえることで、無限の生命力も無為とした。

 これならば、彼の侵攻を阻むことはできないし、進路を塞ぐものもいない。

 リョハンに舞い戻り、戦女神を殺し、守護神を封印する。

 それですべての決着がつく。

 ルウファを殺さずに済むのだ。

 たとえこの手がどれほどの血で汚れ、死に染まろうとも、ルウファだけは手にかけたくなかったし、ルウファの心を傷つけたくなかった。だからこそ、彼は、三度目となるリョハン侵攻の指揮官に名乗りを上げたのだ。ヴィシュタルはともかく、ウェゼルニルやミズトリスが指揮官ならば手段を選びはすまい。獅子神皇の命令通り、リョハンを滅ぼすためだけに全力を尽くそうとするだろう。その結果、どれだけの人死にが出ようと構わないのだ。

 ミズトリスがザルワーン島制圧のために多大な犠牲を払ったことは、記憶に新しい。だが、それが悪いといっているわけではない。与えられた命令を遂行することこそ、獅徒の存在意義といっていいのだから、完遂のために最善を尽くすことはなにひとつ間違いではない。

 ただ、リョハンには彼の兄が住んでいた。

 その事実が彼を駆り立てたのだ。

 ミズトリスやウェゼルニルならば、必ず、ルウファを手にかけただろう。歯牙にもかけず、容易く殺しただろう。それくらい、レミリオンにだって難しいことではないのだ。ウェゼルニル、ミズトリスならば、より簡単に殺しきったはずだ。

 それが彼には納得できない。

 獅徒になったのは、なんのためか。

 獅徒に生まれ変わり、獅子神皇に隷属したのは、なんのためだったのか。

 彼は、リョハンに向かう。全身の翼を羽撃かせ、大気を纏い、圧倒的な飛翔速度でもって、空を舞う。セオンレイの船首大砲がリョフ山に穿った大穴、その先にこそ、空中都市リョハンが存在する。山の内側、影の中に隠されたリョハンは、頭上から降り注ぐ光に照らされ、幻想的ですらあった。

 あと少しでリョハンに取り付ける場所にまできたレミリオンだったが、突風とともに目の前に現れたそれを認識したことで、進軍を止めざるを得なくなった。

「それがおまえの本当の姿なのか」

「少し違う……かな」

 レミリオンは、進路に立ちはだかるルウファの姿に目を細めた。レミリオンが苦心して昏倒させたはずのルウファは、彼が死神に手間取っている間に意識を取り戻し、戦線に舞い戻ってきてしまったのだ。三対六枚の白き翼を広げたその姿は、想像上の天使のように美しく、まばゆい。彼が焦がれるように憧れた姿。

 結局、手に入れたのはこの歪な翼でしかない。

「これは、神様を取り込んだ姿であって、本当の姿はさ、あのときに見せたものだよ」

 そういって口を噤む。

 これ以上いえば、ルウファに悪い。ルウファはおそらくレミリオンが実弟であることは隠している。そしてそれは正しい判断だ。レミリオンがルウファの実弟ロナン=バルガザールの成れの果てだということが明らかになれば、彼に気遣うものが現れるかもしれないし、リョハンにおける彼自身の立場が悪くなるかもしれないのだ。

 立ちはだかるのは、ルウファひとりではない。六大天侍を筆頭に、リョハンが誇る数多の武装召喚師たちが、彼の進路を塞いでいる。命を賭してでもリョハンを護ろうという強い意志が、いずれの武装召喚師からも感じ取ることができた。

 だが、いまの彼にしてみれば、いずれも雑兵に過ぎない。

 おそらくリョハン最高峰の武装召喚師であろう六大天侍ですら、いまの彼にとっては赤子の手を捻るくらいの容易さで殺しきれるだろう。

 ただそれは、殺す場合に限った話だ。圧倒的な力を持っている以上、殺すのは至極簡単だ。ただ神威を放てばいい。それだけで多くの武装召喚師が命を落とすだろう。たとえ守護神の加護を得ていようと、関係がない。いまのレミリオンならば、一掃することも不可能ではない。

 しかし、殺さず、生かしたまま、戦線から離脱させるというのは、極めて困難だ。

 力加減があまりにも難しい。

 ちょっとした加減の間違いで殺してしまいかねない。かといって、極限に力を抑えれば、神の加護や召喚武装の能力を打ち破ることもできないだろう。

 ルウファの心への影響を考えると、レミリオンは、この場にいる二千人あまりを全滅させることなどできないのだ。

 いまや、ルウファを傷つけたくないという想いだけが、彼の行動理念となっている。

「そうか」

 ルウファが冷ややかに告げた。翼が大気を打ちつけ、ルウファが空高く舞い上がる。同時に周囲の武装召喚師たちが動いた。

 二千人の武装召喚師による一斉攻撃が始まったのだ。

 


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