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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百三十八話 激化変転(一)

 虹の神デイシアとの戦いは、時間とともに激しさを増していた。

 敵は、デイシアのみ。

 味方にはダルクスに加え、マユリ神がいてくれる。神がついているのだ。戦力差としては、こちらのほうが圧倒的に上といっても過言ではないはずだった。

 マユリ神もデイシアも異世界の神だが、すべての人間が同じだけの身体能力を持っていないのと同じで、すべての神属が同じだけの力を持っているわけではない。神にも格があり、明確な力の差というものが存在するのだ。

 事実、マユリ神、マユラ神は、これまでの神々との戦いにおいて、一方的な戦いを繰り広げたことがあった。マユラ神が、絶大な力を誇る女神ナリアの分霊を相手に圧倒的な勝利を掴み取り、その力を我が物として見せたことは記憶に新しい。

 かつて聖皇ミエンディアによってイルス・ヴァレに召喚された神々は数多といるが、その中でも特に強大な力を持った二柱の神が存在する。二大神とも呼ばれる神々、エベルとナリアは、他の神々の追随を許さないほどの力を持ち、その圧倒的かつ絶大な力故、他の神々の合力を招いたことは、ミリュウたちもいまやよく知っていることだ。神々の合力によって誕生したのが至高神ヴァシュタラであり、至高神ヴァシュタラとなってようやく二大神と並び立てたというのだから、神々の間に存在する力の差がどれほどのものか、想像もつくだろう。

 デイシアは、そんな至高神ヴァシュタラを構成していた神の一柱だったことは、疑う余地もない。これまでミリュウたちの前に立ちはだかってきた多くの神々がそうであるように、至高神ヴァシュタラである必要がなくなったが故に分離したのだろうが、その結果、ヴァシュタラだったころよりも大幅に弱体化していることはいうまでもないだろう。

 そしてその力量は、ミエンディアの召喚とは別の方法でこの世界に顕現したマユリ神、マユラ神とは比べるべくもないのだ。

 ハサカラウ神も同じだ。

 ミリュウの父オリアス=リヴァイアの研究成果たる擬似召喚魔法によって異世界より呼び出されたのが、マユリ神であり、ハサカラウ神なのだ。その力がヴァシュタラを構成していた神々を大きく上回っているのは、オリアスの力量が影響しているわけではないだろうが、それでも感謝せざるをえない。あのとき、オリアスが多くを犠牲にしてハサカラウ神やマユリ神を召喚したからこそ、ミリュウたちは戦えるのだ。

 ともかくも、神同士の力量差は、ミリュウとダルクスに安心感を与えてくれるものであり、だからこそ、セツナもこのような戦力配分を行ったのだろうと思えた。もし、ネア・ガンディアの神々の力がマユリ神らを遙かに上回るものであるとすれば、まったく別の戦術を取ったのではないか。

 そんなことを考える暇があるのも、余裕の表れだった。

 ミリュウは、ダルクスとともにマユリ神の防御障壁の中にいる。マユリ神は、球形の防御障壁を展開しており、その内側にミリュウとダルクスを抱えたまま、空中を高速移動することで敵の攻撃をかわし、捌き、ときには一部防御障壁を解除して攻撃を繰り出したりしていた。ミリュウたちも、マユリ神の攻撃に合わせてデイシアを攻撃していたのだが、それでは埒が明かないということがすぐにわかった。

 マユリ神は、確かにデイシアを凌駕する力を持っているのだが、ミリュウとダルクスを護りながら戦わなければならないことが枷となり、決定的な攻撃機会を逃してしまうのだ。たとえデイシアの攻撃を捌ききり、明確な隙を見出したとしても、限界まで踏み込めない。すべての力を攻撃に回せば、護りが疎かになり、ミリュウたちを危険に曝すかもしれない。そういった配慮や気遣いが、マユリ神に二の足を踏ませているのだ。

 デイシアは、そんなマユリ神を嘲笑い、苛烈な攻撃を繰り出してくる。虹色の閃光が螺旋を描き、天地を極彩色に染め上げた。色彩感覚が狂う中、四方八方から間断なく攻撃が殺到し、マユリ神は防戦一方とならざるを得なくなる。防御を解けば攻勢に出ることも容易い。だが、それをすれば、ミリュウたちが犠牲になる。そして、そんな決断ができるマユリ神ではない。

(冗談じゃないわ!)

 ミリュウはひとり憤慨し、ラヴァーソウルの刃片による術式の完成を急いだ。これでは、自分たちがただの足手まといではないか。マユリ神の足を引っ張るために作戦行動をともにしているわけではないのだ。ともに戦い、ともに勝利するためにこそ、ここにいる。

「人間さえいなければ、もう少し楽に戦えたものを」

「それは大いなる勘違いだよ、デイシア」

 マユリ神は、防御障壁の力を強めながら、むしろ誇らしげに告げる。

「我々神は、ひとの祈りを力の源とするもの。わたしを尊び、敬い、信じ、祈ってくれるものがともにいるのだ。これほど心強いことはないのだ」

「その割には手も足もでないではないか」

「わたしは、希望の女神。そして希望は、ここにある」

 そういって、マユリ神の手がミリュウの右肩に触れた。穏やかな手つきは、女神の信頼を感じるにたるものだった。ミリュウは心が震えるのを認めた。信じられている。信じてくれている。とてつもなくまっすぐに、この上なく純粋に、信じ、愛されている。マユリ神との間には、確かな絆があるのだ。それをいま再確認し、故に彼女は奮い立った。

 デイシアは、嘲笑う。虹色の神は、この極彩色の空間の支配者として君臨し、それ故、自分が圧倒的に優勢であると信じて疑わないようだった。

「希望? 人間がか?」

「この世に満ちた絶望の闇を払う希望の光は、ひとの心の中にのみ生まれ出ずるもの。故にわたしはここにあり、彼らとともにある。この世に満ちた絶望の闇を払い、希望の光で世を満たすために」

「戯れ言を」

 マユリ神の力強い言葉を、しかしデイシアは一笑に付す。決して相容れないとでもいわんばかりの反応だった。

「神皇陛下にこそ、希望はある」

「それは、おまえたちの希望だろう。在るべき世界へ還るという、な」

「それのなにが悪い。我らの還りを待つものたちがいる。彼のものたちは、我らが舞い戻り、再び救いの手を差し伸べてくれる日をいまかいまかと待ち続けているのだ。五百年。我らには短く、だが、いきとし生けるものにはあまりにも長い時間よ」

「それは否定しない。だが、召喚に応じたのは、おまえたちだろう」

 マユリ神が告げると、デイシアが動きを止めた。眉根を寄せ、マユリ神を睨み据える。美しい顔が歪んだ。

「聖皇なるものと契約を結び、この世界に拘束されたのは、おまえたちの落ち度だ。その事実から目を背け、自分たちの目的のためだけに力を振るう様は、醜く、不様だ」

「……いいたいことはそれだけか」

「それはこっちの台詞よ!」

 ミリュウは叫び、同時に術式を完成させた。ラヴァーソウルの刀身、その無数に細分化された破片たちが織り成す呪文によって完成し、発動したのは、もちろんただの擬似魔法などではない。ミリュウ式の擬似召喚魔法――。

(くれてやるわ。あたしの中のいらない記憶なんて、いくらでも持って行けばいいのよ!)

 胸の内で吼えるように告げたとき、記憶の遙か奥底に空白が穿たれるのを確かに感じた。

 擬似魔法の発動には、多大な精神力を必要とするが、別の言い方をすればそれだけでいいともいえる。

 擬似召喚魔法の発動には、擬似魔法以上の精神力を必要とするだけでなく、なんらかの代償が必要だった。オリアスがハサカラウ神やマユリ神を召喚する際に召喚武装と数多の命を捧げたのも、そのためだ。

 擬似的とはいえ、異世界の存在を召喚するのだから、それくらいの代価を払うのは当然といえる。

 それくらいの覚悟がなければ、異世界の力に頼ってなどいけないのだ。

 そして、召喚が起きた。

 



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