第二千七百三十七話 神々の闘争(四)
「先程から手も足も出ないようだが」
居丈高な神の声が響く。
鋼の巨神は、その巨大な両腕をこちらに向かって掲げると、十本の指先から分厚い光線を発射した。十本の光条は、マユラ神の防御障壁に直撃すると、その威力で防御障壁ごと吹き飛ばそうとする。その場から遙か後方まで退けられ、距離が空いた。
「最初の勢いはどうした? 不細工、不細工とわめいていた勢いは!」
巨神の背部から無数のなにかが発射された。白煙を噴き出しながら飛翔する物体は、複雑な軌道を描いてマユラ神に殺到した。狙いは、マユラ神だけではない。ウルクたちも当然のように狙われているのだが、マユラ神と一緒にいることもあり、関係がないのだ。すべての飛翔体がこちらに迫ってくる。
「不細工は不細工のままですが」
「そうだな。訂正するいわれもない」
「まだいうか!」
キーア・エの怒りに満ちた声が響く中、無数の飛翔体が防御障壁につぎつぎと突き刺さり、炸裂する。それにより、飛翔体が、なにかに接触すると光と音を撒き散らしながら爆発するという特性を持っていることがわかった。連続的かつ間髪を入れない爆発が続く。
「では、行くぞ」
「どうぞ」
ウルクは、マユラ神のかけ声にうなずくと、連鎖的な爆発の中で集中した。目の前が真っ暗になり、あらゆる感覚が断絶する。そして、復活。マユラ神の御業による空間転移は、当たり前のように成功し、ウルクたちを巨神に最接近させた。目の前に巨神の頭部があった。人間の頭部を模したような、それでいて不格好な物体は、魔晶人形のそれとは比較しようもないほどの完成度だ。ミドガルドが見れば、吐き気を催すのではないかと思うほどだ。
右の肩当てのような部位の上にウルクたちはいる。巨神は、鋼鉄の鎧を纏う巨人のようでもあるのだ。その両肩は、分厚い肩当てでも身につけているかのような形状をしていて、だからこそ、マユラ神はウルクたちを転送する場所に選んだのかもしれない。足場にちょうどいいのだ。
すると、それまで遠方を見遣っていた頭部がぐるりと回り、双眸らしきものがウルクたちを捕捉した。
「至近距離に転送したか。だが、それがどうした。それがなんだというのだ」
神が嘲笑うように叫んできたが、ウルクは黙殺した。相手をしている暇も、したやる道理もない。イル、エルとともに左腕を掲げる。全身の波光が左腕に収束し、弾丸となって発射された。三体同時による連装式波光砲だ。強力な熱量の塊がつぎつぎと発射され、吸い込まれるように巨神の顔面に突き刺さっていく。直撃とと同時に爆発を起こし、爆煙が巨神の顔面を覆っていく。凄まじい衝撃が巨神の全身を揺らし、破壊音が響き渡る。いくら巨神が神の力によって組み立てられたものとはいえ、元となったのは飛翔船なのだ。飛翔船の素材は未知の金属だが、破壊できないものではなかった。少なくともウルクたちの攻撃は通用している。そして、飛翔船の部品で組み上げられた巨人に波光砲が通用しないわけがなかった。防御障壁の外側からならばいざ知らず、防御障壁の内側からならば通用しないはずもない。
実際、ウルク、イル、エルの連装式波光砲は、瞬く間に巨神の頭部を徹底的に破壊し尽くした。顔面を打ち砕き、その内部構造も粉々に爆砕していったのだ。そしてそのまま、ウルクたちは連装式波光砲を乱射しながら胴体に射線を移し、巨神の不細工な躯体を打ち砕いていく。すると、巨神が上体を揺り動かしてウルクたちを振り落とそうとした。しかし、その程度で落とされるウルクたちではない。巨神の肩当てに足を突き刺すことで安定を図ると、さらに攻撃を続けて見せた。そのことが神の怒りを買ったようだ。
「おのれ……! 不完全な人間もどきどもが!」
巨神の全身が光を帯びた。全周囲砲撃の前触れだ。直後、目の前が真っ暗になった。
「人間もどき?」
ウルクは、視界が元に戻り、マユラ神による空間転移が成功するのを確かめるまでもなく、告げた。
「わたしは魔晶人形です。人間もどきなどという呼び方は止めてください。不愉快です」
魔晶人形は魔晶人形に過ぎず、人間もまた人間に過ぎない。魔晶人形が人間になれるはずもなければ、人間を真似しようとも思わない。魔晶人形としての在り方の追求こそすれ、人間になりたいなどとは想いもしないのだ。ただ、セツナの役に立ちたいだけのことだ。そしてセツナがウルクに求めるのは、ウルクとしての有り様であり、ウルクに人間らしさなど望んでもいない。
人間もどきなどといわれるのは心外も甚だしい。
巨神の全周囲への砲撃が空振りに終わると、再び空間転移が起こった。ウルクたちは、今度は巨神の足下に転送されたようだった。頭上、超巨大質量が超然と立ち尽くしている。ウルクは、イル、エルとともに右腕を掲げた。
三体同時の波光大砲。
もはや、自分の首がどうなろうと知ったことではない。
魔晶人形の首は、いくら千切れようとも何度だって接合できる。
人間ではないのだ。
人間もどきですら、ない。
彼女は、あらん限りの力でもって波光大砲を撃ち放った。
青白い閃光が視界を塗り潰し、反動がウルクの足を地面に埋め込んでいく。凄まじい熱量が右手の先から頭上へ迸り、爆音が鳴り響く。三体同時の波光大砲は、巨神の足の間から股間を貫き、胴体を破壊していったはずだ。威力において、波光大砲は連装式波光砲を大きく上回っている。その分消耗も激しく、負担も大きいが、巨神を破壊し尽くすためならば致し方がなかった。首筋が熱を帯びている。接合のために用いられた金属の融解が始まっているかもしれない。だが、そんなことで躊躇はしていられなかった。
否定しなければならない。
魔晶人形のことを人間もどきなどといったキーア・エの存在、そのすべてを。
膨大な波光の奔流が巨神の胴体を貫き、徹底的な破壊を加えていく中、ウルクは、異様な感覚に襲われるのを認めた。その感覚が彼女に咄嗟の行動を取らせる。つまり、波光大砲を撃ち続けるのを止め、その場から飛び離れたのだ。イルとエルが続けざまに吹き飛ばされる光景を目の当たりにする。ウルクも咄嗟に飛び退いていなければ、同じように吹き飛ばされていただろう。
突如現れた人型の存在によって。
人型。
極めて人間に似た姿形をしていた。二本の足で立ち、二本の腕を持ち、頭があり、二つの目、鼻、口がある。人間と認識しなかったのは、やはりその特徴的な外見のせいだろう。極めて人間に似ていながら、決定的に違うものがあった。そのものの体は、肉ではなく、金属でできているように見えたからだ。実際にはどうなのかはわからない。しかし、見た目には全身が金属でできているような印象を受けた。頭も胴体も、腕も足も、全身、余すところなく金属で構成されているような、そんな姿。
「人間もどきは人間もどきだろう」
それは、冷ややかに告げてきた。
声からして、キーア・エの本当の姿なのだろうということがわかる。飛翔船の部品が組み上げられた巨神という殻の中から飛び出してきたのだ。それはなぜかといえば、巨神の胴体が波光大砲によって破壊され尽くしたからであり、巨神の両腕が地に落ち、両足がゆっくりと倒壊していた。
「人間になれもしないのに人間らしく振る舞おうとするのは、滑稽を越えて哀れであるぞ」
「わたしは魔晶人形。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ならばなぜ、人間のように振る舞う。人間に作られた模造品に過ぎない分際が」
「いっている意味がわかりかねます」
ウルクは、キーア・エを見据え、告げた。
「わたしは魔晶人形のウルク。それがわたしのすべて」
それを否定するものは、だれであれ、許せない。
許す必要もない。




