第二千七百三十六話 神々の闘争(三)
神々の発する神威に含まれた毒気が、世界を蝕んでいる。それは生物の神化や、木々や石、大地を結晶化といった形で現れており、このまま世界の神化が進めば、生物の住めない世界に生まれ変わるだろうことは想像がつく。神々に悪意があるわけではない。この世界を呪っているわけではない。ただ、存在しているだけだ。神々は存在しているだけで、周囲に多大な影響を与えているというだけの話なのだ。
たったそれだけのことで、世界は滅びに瀕している。
世界を滅亡の運命から救うには、この世界に数多いる神々を在るべき世界に送還してしまうか、すべての神々を説得し、神威を抑えてもらうか、あるいはすべての神々を滅ぼすかの三つ。
しかし、この三つの選択肢の内、神々の元の世界への送還は、前提からして不可能だ。召喚者にして契約者たる聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンが死んでしまっている以上、神々を元の世界に送還することができないからだ。
かつて“大破壊”が起きた原因は、その聖皇を復活させるための儀式だが、仮にその儀式が成功していたとすれば、聖皇は復活し、神々は無事元の世界に還ることができたのだろう。だが、その場合、イルス・ヴァレそのものが滅び去っていたという事実も忘れてはならない。聖皇は、復活とともにイルス・ヴァレを滅ぼすつもりだったというのだから、儀式が失敗したことは喜ぶべきなのだ。
その結果、大陸がばらばらになり、多くの命が失われ、世界が滅びに曝されたのだとしても、消滅してしまうよりは遙かにいい。
世界は確かに滅びに瀕している。しかし、世界が神威によって完全に毒されるまでにはまだまだ時間があり、その間に問題を解決できる可能性だって十分にある。
その問題の解決手段というのが第二第三の選択肢だ。
しかしながら、第二の選択肢であるすべての神々と交渉し、説得するというのは難題も難題だ。神々は、この世界に土着の存在ではない。異世界から召喚された存在であり、契約に従い、この世界に留まり続けているに過ぎない。契約内容を履行し終えたのであれば、即刻、本来在るべき世界に還りたいという神々の想いは、至極全うであり、そのために全力を尽くそうというのもわからない話でもないのだ。世界への帰還に必死であるが故、交渉に応じてくれないのも当たり前といえば当たり前だった。神々にしてみれば、この世界のことなど知った話ではないのだ。イルス・ヴァレがどうなろうと、自分たちには関係がない。だからこそ、最終戦争を引き起こすことだってできたのだし、世界を滅ぼす存在の復活儀式を執り行うことだってできたのだ。
そんな自分勝手な神々が、この世界にいきとし生けるもののために力を抑えて欲しいといったところで、はいそうですかと聞いてくれるはずもない。
神威の発散は、無意識的に行っている呼吸のようなものだ。
自分たちが本来在るべき世界を護るためならば抑えようとも、無関係な世界において抑える必要がどこにあるというのか。
神々の思考は至って単純であり、その結論に口を差し挟む余地はない。
そうなると、頭をもたげてくるのが第三の選択肢だが、これも簡単なことではないだろう。神は不滅の存在だ。信仰有る限り、滅びることはない。魔王の杖という例外を除いて、だが、魔王の杖を用いることができるのはセツナひとりなのだ。
神々は数多いて、それらを滅ぼして回るということは、すべての神々を敵に回すことになりかねない。そうなれば、残る神々のすべてが結託し、セツナ打倒に力を合わせるかもしれない。神殺しをなしたというセツナも、数多の神々を同時に相手にして生き残るなど、不可能に近いだろう。
では、ニーリスの言に従い、ネア・ガンディアに協力すれば、それですべてが丸く収まるかといえば、それも疑わしいところだ。
(いや……)
ラムレシアは、胸中で冷ややかに首を横に振った。
「ならば、我らとともに来い。古き神よ。破壊の龍神、混沌の覇王よ」
「ありえないな」
彼女は、凍てついたまなざしでニーリスを睨めつけた。異世界の龍神は、涼しい顔でこちらを見ている。
「わたしからすべてを奪ったおまえたちに付き従うなど、たとえそれがこの世界のためであったとしても、ありえないこと」
告げ、飛ぶ。
一瞬にして最高速度に達したラムレシアは、つぎの瞬間にはニーリスの背後を取っている。
「たとえ世界に敵するとしてもな」
ニーリスが鼻で笑うのが聞こえたとき、ラムレシアは、竜王の力を解き放っていた。
蒼衣の狂王から受け継いだ蒼白衣の狂女王、その力のすべて。
キーア・エとの戦闘は、苛烈を極めていた。
なにを隠そう、中型飛翔船を元にしたその巨体は、ウルクの数十倍、いや数百倍はあろうかという質量を誇り、その圧倒的質量が凄まじい速度で動くものだから、ただの拳の一振りが超威力を生み出すのだ。拳だけではない。歩くだけで大地が崩壊するのではないかというほどであり、実際、キーア・エの周辺の大地は原形を忘れるほどに破壊され尽くしていた。白銀に染まった森の木々は根こそぎ吹き飛ばされ、大地は割れ、川は消し飛び、動物たちが逃げ惑っている。
幸い、先程の全周囲光線攻撃は、ウルクたちに関していえばまったくの無傷で済んだものの、周辺の地形への被害は凄まじいものといってよかった。
「阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだな」
「はい?」
ウルクは、マユラ神の防御障壁の中で小首を傾げた。マユラ神は、ときどき、ウルクに理解の出来ない物言いをする。神との意思疎通が困難というのは、そういうことなのかもしれないと、そのたびにウルクはひとり納得するのだ。
マユラ神が、静かに告げてきた。
「彼奴の力が強大だということだ」
「そうですか」
実際問題、キーア・エの力は強大だ。飛翔船に乗り込み、無数の神人を相手にしているほうが余程楽だったのはいうまでもない。神人たちは、イルとエルだけで一掃できたのだ。それに比べると、鋼の巨神の厄介さたるや、圧倒的というほかない。比較しようがないのだ。
天を衝くほどに巨大なそれは、ただでさえ破壊困難な上、飛翔船以上の防御障壁を展開しているのだ。遠距離攻撃手段を持つウルクたちでも、どうしようもない。
「先もいったように、まずはあの巨体を破壊するべきだ。そして彼奴を引きずり出す」
「わかっています。が、現状、近づくこともままなりません」
何度となく接近を試みたが、そのたびに全周囲攻撃で阻まれている。巨神の全身から放たれる無数の光線は、当たりさえしなければ実害はないものの、すべての光線を回避するには、回避行動に専念しなければならず、光線をかいくぐって巨体に取り付くといった方法は取れないでいた。
「接近しようとするのが間違いなのだよ」
「はい?」
「これからおまえたちを直接彼奴の元へ転送する」
「なるほど」
「彼奴の注意はわたしが引きつけておく。存分に暴れてくるがいい」
「はい。阿鼻叫喚の地獄絵図をお見せ致しましょう」
「意味がわかっていっているのか?」
「力が強大だということでしょう?」
「……そうだな」
マユラ神はなにやら納得しがたいとでもいいたげな様子だったが、ウルクは彼の拘りに構っている場合ではなかった。
巨神を撃破し、キーア・エを引きずり出してから、ようやく本当の戦いが始まるのだ。
これは前哨戦に過ぎない。
そんなものに全力を尽くしていては、セツナの下僕参号の名が廃るというものだ。




