第二千七百三十五話 神々の闘争(二)
「面白い……面白いぞ!」
ナルヴァが興奮気味に叫んだのは、シーラたちの猛攻を受けてのようだった。
白毛九尾と化したシーラと、三つ首の飛竜たるハサカラウ、その頭に乗ったエスクは、豹頭人身の獣神ナルヴァと激闘を繰り広げていた。シーラは九つの尾を自在に操ってナルヴァを攻撃し、ハサカラウもまた、三つの首から光線を吐き出したりしてはナルヴァに襲いかかり、エスクはその間隙を縫うようにしてソードケインで斬りつけ、虚空砲を放つ。
三者による同時多重攻撃に対し、ナルヴァは様子見に捌こうとしたようだが、すべてを捌くのは無理だったようだ。そしてその直撃の数々がナルヴァを突如興奮に陥らせた、らしい。
「ミエンディアによる召喚以来、今日に至るまで汝ほど我を昂ぶらせたものはおらぬ!」
「そうかい。そりゃあよかった」
エスクが冷ややかに告げ、虚空砲を発射すると、ハサカラウが咆哮した。その瞬間、虚空砲が神威を帯び、ナルヴァの防御障壁を突破、左腕を根こそぎ吹き飛ばす。
「けどよ。俺も姫さんも、あんたとの戦いを愉しんでいる暇も余裕もねえのさ。そうだろ?」
「ああ……!」
「我をのけ者にするとは揺るさんぞ」
「ちげえよ。あんたにゃ、俺たちとは違って余裕があるだろうが」
「そんなものはない」
「はっ」
エスクが苦笑交じりにソードケインを振るった。長大な光刃があざやかな軌跡を描きながらナルヴァに殺到するが、防御障壁によって遮られた。かと思いきや、光刃が神威を帯び、つぎの瞬間、防御障壁が切り裂かれる。ハサカラウが力を貸したのだ。そしてそのまま、光刃はナルヴァを襲う。ナルヴァが興奮の余り涎を垂らしながら右腕を掲げ、光刃を受け止めてみせる。神威を帯びた光刃をだ。ナルヴァはそのまま力を込めて光刃を打ち砕くと、左腕を復元し、エスクに向けて掲げた。左腕が膨張したかと思うと、巨大な獣の頭部に変容し、エスクとハサカラウに殺到する。
「冗談」
「冗談ではないが」
「だとすりゃあ、余裕なんざねえってことじゃあねえか」
シーラは叫び、“切断”の尾と“貫通”の尾、“破砕”の尾でもってナルヴァを攻撃した。尾は、直線的ではなく、複雑な軌道を描きながらナルヴァに殺到する。ナルヴァは、左手だけをハサカラウに向けたまま、右手はこちらに掲げてきた。左手同様変容すると、巨大な獣皮の盾となる。そして、尾による斬撃、突撃、打撃を受け止めて見せた。ナルヴァは心底愉しそうに笑っている。
「そうともいえる」
「随分と余裕たっぷりな言い回しで」
エスクが余裕たっぷりにいったのは、ハサカラウが三つの首で以て巨大獣を受け止め、咆哮を直撃させてその巨大な頭を粉砕して見せたからだろうが。そして、その様を目の当たりにすれば、獣神はさらに興奮気味に笑うのだ。
「まったく、面白い!」
「相手はひとり興奮しているが」
「はっ、愉しんでくれてなによりだ」
エスクが虚空砲を放ち、立て続けに光刃を振るう。神威を帯びた衝撃波が防御障壁を打ち破り、光刃がその後に続く。虚空砲が復元したばかりの左腕を吹き飛ばし、光刃が首筋に触れる。が、その瞬間、光刃が根こそぎばらばらに砕け散った。なにが起こったのかはわからない。
「これがあんたの最期の戦いなんだからな」
「最期? 最期だと? 馬鹿げたことを!」
獣神が吼えるようにいった。
「明けのときより闘争を紡ぎ続けてきたこの我が、このような戦いで負けるとでもいうか!」
「ああ、負けるね。勝つのは俺たちだ」
ひたすらに煽り続けるエスクだったが、彼の勝算がどこにあるかはシーラにはわからない。ただ、シーラも負けるつもりはなかったし、ナルヴァを斃せなくともここに引きつけておくだけで勝ったといえるのだ。
神は、斃しきれない。
現状、神を滅ぼせるのは、黒き矛を手にしたセツナただひとりだ。
しかし、この戦いでネア・ガンディアを完敗させるには、神々を斃しきる必要がある。そのためには、シーラたちはひたすらにセツナの到着を待つ以外にはなく、それまでの間、ナルヴァをこの場に押し止めておく必要があった。そういう意味では、ナルヴァがシーラたちとの戦いに興奮してくれていることそのものには感謝しておくべきなのだろう。
そのおかげもあって、ナルヴァがほかへ移動することはなさそうだった。
シーラたちに与えられた使命は、時間稼ぎにほかならないのだ。
負けさえしなければ、いい。
ラムレシア=ユーファ・ドラースは、静かな怒りの中にいる。
龍神ニーリスの放った無数の眼球は、遙か広範囲に散開し、ラムレシアとその眷属たちの包囲に成功した。そこから始まったのは想像通りの苛烈な攻撃だったが、当然、ラムレシアに通用するものではなかった。しかし、ラムレシアに通用せずとも、眷属たちには通用するのだ。数多くの眷属が眼球が放った雷光に撃たれ、地に落ちていった。すべてがすべて、絶命したわけではなかったが、撃ち落とされた半数以上が命まで焼き尽くされてしまっている。どれほどの命が奪われたのだろう。
数えようとするだけで心が震え、燃え上がる。
蒼白衣の狂女王の名に相応しい狂気が、彼女の意識を染め上げていく。
「ニーリスといったな」
ラムレシアは、ニーリスを睨み付けながら、眷属たちを退避させた。ケナンユースナルのように神に匹敵する力を持つ竜属というのは、希少だ。多くは、神には敵わない。ニーリスの牽制攻撃程度にすら耐えられないのがほとんどなのだ。まともに正面からぶつかって、ただで済むわけもない。ならば、後退させ、撃ち落とされた眷属の内、息があるものたちの救助をこそ行わせるべきだった。
異世界の神と戦うのは、この世界の古き神たる自分の役割だ。
「わたしはおまえを許さない。我が眷属を、愛しいものたちを傷つけ、あまつさえ命をも奪ったのだ」
「戦いを挑んできておいて、傷つけられた、命を奪われただのと宣うのは、あまりにも虫が良すぎではないか? 戦いに死はつきものぞ。同胞を失いたくなければ、最初から戦いを挑んでこなければいい」
「おまえたちがこの世界が消えていなくならない限り、どこにいようと、どうしていようと同じことだろう」
そもそも、ラムレシアたちは、好き好んでこの戦いに赴いたわけではない。ネア・ガンディアがリョハンを侵攻しなければ、ファリアの敵とならなければ、こうはならなかった。最初に手を出したのは、ネア・ガンディアなのだ。リョハンも、それに協力するラムレシアも、反撃しているに過ぎない。その反撃にも覚悟は必要だろうし、犠牲が出ることに関しては考慮しておくべきだというのは、わかっている。
だが、それはそれだ。
感情は、常に猛り狂っている。
「異世界のものよ」
告げ、ラムレシアは、竜王としての力を解放した。蒼衣の狂王より受け継ぎ、蒼白衣の狂女王として昇華された力、その全霊を込めて戦うのだ。相手は神属。そうでもしなければまともに戦うこともできまい。
「ならば、我らに力を貸せ、この世の古き神よ。我らは、勝利の暁にようやく在るべき世界へ還ることができる。そうなれば、無為な戦いに傷つき、命を落とすこともないぞ?」
「馬鹿げたことを」
「だが、真実だ」
ニーリスは、冷ややかなまなざしをこちらに向けてきていた。
「この世界がなぜ混迷を極めているかは知っていよう? 我々の存在がこの世界にとって致命的なものとなっていることも」
「知っているさ」
ラムレシアは、いった。




