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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百二十九話 完全武装・影式(四)

 死神の肉体そのものは、人間と変わらない。

 むしろ、常日頃から鍛錬を欠かさない武装召喚師や戦士たちよりも筋肉量の分、柔らかいのではないか、と想うことすらある。実際のところ、筋肉が防御面で役に立つことなど、武器を用いない近接戦闘のみだろうが、それでも筋肉量の違いは見た目にも大きく現れ、印象としてそう感じずにはいられない。

 ともかくも、黒影の矛の切っ先で肌を撫でるようにするだけで皮膚は裂かれ、切り口からは真っ赤な血が溢れた。鋭くも熱を帯びた痛みが走る。しかし彼女は、それを黙殺し、血の中に景色を見出していた。戦宮の目前。黒影の双刃を振り回す“死神”壱号・真と、大気を操り、応戦する獅徒レミリオン。その狭間へ、吸い込まれるような感覚があった。視界が黒く染まり、感覚が断絶する。血を触媒とする空間転移。黒き矛の能力のひとつであり、自身を斬りつけ、自分の血を触媒とするというやり方は、彼女の主が得意とする戦法だった。

 もっとも、回復手段を持たない場合の自傷は場合によって自身を窮地に招く可能性があり、セツナには極力使うべきではないとだれもが警告し、セツナ自身もできる限り自傷しないよう心がけてはいた。しかし、レムには関係がない。痛みさえ我慢すれば、どれだけ自傷したところで立ち所に回復するのだから、なんの問題もないとさえいっていいのだ。

 事実、彼女は、空間転移の完了とともに腿の傷が消えていることを確認している。

 空間転移の完了は、レムを戦場へと返り咲かせた。“死神”壱号・真とレミリオンが向かい合っているちょうどその中間地点であり、彼女は、黒影の鎧の翅を広げ、その能力によって空中に浮かんでいた。レミリオンは上空、“死神”は地上にいる。

 レミリオンは、右手に集めていた大気を渦巻かせながら、眉根を寄せた。

「“無色世界”を打ち破ったか」

「あの程度、造作もございませぬ」

 レムが恭しく告げると、さすがのレミリオンも苛立ちを隠せなかったらしい。無言で右手を振り下ろし、手の先の小さな竜巻を膨張させてくる。渦巻く大気の奔流が迫ってくる中、レムは表情ひとつ変えない。黒影の杖から出現させた巨大な影の手でもって迫り来る竜巻を掴み、握り潰して霧散させる。透かさず飛びかかり、レミリオンとの距離を詰めようとすれば、レミリオンは後ろに下がりながら大気を操った。レムの進路上に分厚い大気の層が生まれ、進行を阻害する。巨大な見えない壁が突如出現したようなものだ。

「この程度――」

 レムは、黒影の仮面の能力によって影の手を生み出し、衣服の裾の中に突っ込ませた。そこには影があり、影は彼女の力の源と繋がっている。裾の中から現れた影の手がなにを掴み取ったかといえば、螺旋を描く巨大な穂先が特徴的な槍だ。黒影の槍は、ランスオブデザイアの影であり、やはりその能力はランスオブデザイアそのものといって過言ではない。螺旋状の穂先が回転を始め、やがて轟音を上げ始めると、その回転速度は目にも止まらぬものとなる。加速し続けるそれを眼前の障壁に叩きつければ、見えない壁に見えない穴が空いた。黒影の槍を前方に掲げたまま突き進めば、それだけで大気の壁を突破することができた。

「造作もございませぬ」

「そうかい!」

 レムに軽々と攻略されたことが悔しいのか、レミリオンは怒りを露わにした。すると、それまで微動だにしなかった大気の壁が崩れ、逆巻き、レムを包み込んだ。大気の壁が巨大な渦となったのだ。レムは、慌てない。壱号・真を影に還すとともにさらに二本増やした影の手に黒影の双刃を握らせ、その刀身を眼前で重ね合わせた。エッジオブサーストの時間静止能力、その発動とともに止まるのは竜巻の動きだけだ。黒影の双刃は、エッジオブサーストそのものではない。影なのだ。能力を同様に使えたとしても、その性能そのものまで完全に再現するには至らない。だが、いまはそれで十分だった。時間の止まった竜巻を足場にして駆け抜け、突破すれば、レミリオンが唖然とした顔でこちらを見ていた。

 竜巻を突破した瞬間に時間静止を解除し、黒影の双刃を鎧に同化させる。双刃の同化により、鎧の能力は飛躍的に向上する。つまり、飛行速度がさらに速くなるということだ。それも、セツナがよく行う戦法だ。完全武装の先達であるセツナの戦い方を参考にするのは当然だったし、それができるのはレムならではというべきかもしれない。レムは、セツナの戦い方を自然と体得していた。それもこれも、セツナと見えない絆によって繋がっているという証なのか、どうか。

 影の手の一本を消し、余った一本に黒影の斧を取り出させる。矛、杖、槍、斧を手にし、双刃が同化した鎧を纏い、仮面を被る。まさにセツナが完全武装と呼ぶ状態になったのだ。もちろん、その影である以上、その力は完全に同等とはいえない。そもそも、完璧に再現することができたとすれば、それはレムには扱いきれる代物ではないはずだ。完全無欠に再現した黒き矛がミリュウの精神を破壊しかけたという話を聞いたことがある。黒き矛は、再現したものであったとしても、使用者を選び、選ばれし者以外が扱おうとすれば、その精神を破壊するのだ。

 だからこそ、影なのだ。

 影式。

 似て非なる影なればこそ、レムにも容易に扱える。完全武装の真似事をしても、精神が壊されることもない。そして、その上でいままで以上に強く、圧倒的な力が手に入っている。

 武装召喚師約二千五百人が力を合わせてもどうにもならなかった獅徒に対し、同等以上に戦えているのだ。食らいつけている。それは彼女の力がいつも以上に増大していることにほかならないだろう。

(これなら、戦える)

 彼女は、想う。これならば、作戦通りにすべて上手く行く、と。

 作戦とは、こうだ。

 セツナたち主戦力は、ネア・ガンディア軍の飛翔船隊を攻撃する。残る戦力は、必ずリョハンに乗り込んでくるであろう獅徒を迎え撃ち、これを撃破する。そして、混乱する敵主力船隊を攻撃し、完膚なきまでに叩き潰すのだ。

 この度の戦いの勝利条件は、敵戦力の壊滅であって、撃退するだけでは駄目なのだ。それでは、近い将来、ネア・ガンディアに四度目となるリョハンへの侵攻を企てさせることになりかねない。ここで完璧に叩き潰し、リョハンに手を出せば損害を増やすだけであるということを思い知らせる必要があるのだ。ヴァシュタリアから独立を果たしたときのように、リョハンが圧倒的な力を持っていることを示すのだ。

 無論、それでネア・ガンディアが諦めてくれるかどうかはわからない。

 むしろ、躍起になって戦力を繰り出してくる可能性だって十分に考えられる。だが、だとしても、撃退するだけよりは、敵戦力を削り取れるだけ増しというものだ。

「知っている」

 レミリオンが、目を細めた。

「知っているよ、その姿。しかし、なぜ君が」

「なぜ? それはきっと、御主人様の愛がわたくしに戦う力を与えてくださったからでございましょう」

「くだらない」

 彼は、吐き捨てるように告げてきた。その声音には、強い怒りの感情が込められている。

「愛? 愛だって?」

 レミリオンの怒りに満ちた声が大気を震わせ、レムを包み込む。再び、“無色世界”を使ってきたのだ。強力な拘束。だが。

「そんなものが力になんてなるものか!」

「なりますよ」

 レムは、全周囲に力を発することで容易く“無色世界”を打ち破ると、翅から飛膜へと変容した影の翼を羽撃かせた。一瞬にしてレミリオンの懐に潜り込み、矛の石突きでもってその腹を殴りつける。軽い打撃がレミリオンの肉体を吹き飛ばし、彼方へと飛んでいく。慣性を殺し、空中で静止した彼に向かって、レムはさらなる追い打ちを仕掛けた。飛びかかり、蹴りつけたのだ。そしてさらに吹き飛ぶ彼を追いかける。

「わたくしが、その証でございます」

 レムは告げ、黒影の杖が生み出した影の手でもってレミリオンを掴み上げた。


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