第二千七百二十六話 完全武装・影式(一)
「わたくしで……でございますか?」
「ああ」
セツナがレムの疑問に対し、柔和な笑みを浮かべて肯定したのは、昨日のことだった。
レムがウルクを探し回った末に戦宮に辿り着き、ようやくウルクを見つけた直後のこと。どこからともなく現れたセツナがレムの目を見て、いった。試したいことがある、と。それがどういったことなのかまったく想像もつかなかったものの、だからこそ彼女は、不安よりも期待に胸踊る自分を認めた。それはつまり、セツナに頼りにされているということではないか。セツナの役に立てるというのであれば、これほど嬉しいことはなかった。
セツナは、なんだってひとりで背負おうとするところがある。それは黒き矛の使い手たる彼がほかのだれよりも強く、力の差が圧倒的にも程があるからであり、致し方のない部分も大きい。実際、彼にしか対処のできない状況というのも存在する。
しかし、だからといって、なにもかもすべてをひとりで背負い込み過ぎれば、レムたちを信用していないのではないか、と想わずにはいられなくなるのも事実だ。そのことで憤ったり、哀しんだりするのがレムたちの常だった。ナリアとの戦いでは、ついにその考えを改めてくれたかと思いきや、ひとりでザルワーン島に特攻したのがセツナだ。それについては猛省してくれたようであり、もう二度とあのような真似はしないと約束してくれたものの、やはり、直接頼ってくれることほど嬉しいことはない。
レムもそうだが、だれもがセツナの力になりたいのだ。セツナとともに戦いたいからこそ、一緒にいる。護られたいからではない。セツナとともに生き、セツナとともに歩み、セツナとともに戦う。そのためにこそ、彼の側にいたいのだ。
「まあ、皆様の前で大胆でございますね」
「いまおまえが考えているようなことじゃないからな」
「それはまことに残念でございます」
無論、レムは軽口を叩いただけだが、その冗談がときに反感を買うことも知っている。今回の場合は、ファリアが反応した。
「レム」
「なんでございましょう、ファリア様」
「え、あ、いや……ううん、な、なんでもないわ」
ファリアが即座に訂正したのは、冗談だと気づいたからだろうし、セツナの性格を思い出したからだろう。セツナが人前でそのようなことをいうわけもないことは、ファリアが一番よく知っているはずだ。セツナが苦笑交じりに告げる。
「ファリアも、なんの心配もしなくていいぞ。ネア・ガンディア軍打倒のために必要なことだからな」
「わかっているわよ」
ファリアが少し慌てたように反応すれば、ミリアがにこやかに割り込む。
「ファリアちゃん、良かったわね」
「お母様!」
からかわれて憤慨するファリアに対し、ミリアは茶目っ気たっぷりに笑い返す。そんな母子の仲の良さそうな様子を見れば、レムも心が
ミリアは長らくアズマリア=アルテマックスの肉体として利用されていたという事実がある。ファリアはその事実を知ったとき、その母の肉体ごとアズマリアを斃そうとした。アズマリアは、ファリアの父の仇だったからだし、ファリアがガンディアにいたのもアズマリアを討伐するためだったのだ。しかし、結局のところ、ファリアは母の肉体に宿るアズマリアを斃すことはできなかった。それでよかったのだろう。アズマリアは、ミリアの体を抜け出して魔晶人形の躯体を己が肉体とした。
十数年ぶりに自由の身となったミリアは、ファリアとの再会を喜ぶのもそこそこに、彼女をリョハンから解き放った。
ファリアがミリアとゆっくりと話し合う時間もないまま、いまに至っている。
ようやくリョハンに戻れることになったファリアがいの一番に考えたのは、恐らくミリアのことだろうし、ミリアとゆっくり話せる時間が持てるかどうか、ではないだろうか。リョハンの置かれている状況はそんな彼女の想いをあっさりと打ち砕くものではあったが、こうしてミリアと言い合いできるというのは、ファリアにとっても喜ばしいことに違いない。
そして、ファリアにとって喜ばしい状況というのは、概してセツナにとっても喜ばしいものであり、同時にレムにとっても嬉しい状況なのだ。
幸福の連鎖、とでもいうべきか。
「わたしはいかが致しましょう?」
突如、セツナに尋ねたのは、ウルクだ。同じ従僕として、セツナの仲間として、自分にもなにかやるべきことがあるのではないか、と、彼女は考えたのだろうし、どうせならばセツナに頼られたい、とでも想ったのかもしれない。ウルクも可憐なほどにセツナを想っている。
「ウルクはレムのあとだ」
「はい。それまでここで待機しています」
ウルクの声音には抑揚がなく、表情も変化しないため、感情を知る方法はない。しかし、セツナにそう告げた彼女が心底喜んでいることは、レムにははっきりとわかった。セツナにも伝わっているのだろう。彼は、ウルクに笑顔でうなずいた。
「ああ。そうしてくれると助かる。じゃあ、いくぞ、レム」
「どこへ――」
行くのか、と、尋ねる間もなかった。一瞬にして目の前が真っ暗になったかと想うと、感覚の断絶が起きた。なにものかによる空間転移現象だということは瞬時察したものの、前触れさえなかったために違和感が凄まじかった。そして、つぎの瞬間には空間転移は終わっていて、すべての感覚が元に戻り、視界に光が復活する。
「開けた場所ならどこでもよかったからな」
「ここは……」
どうやら、空中都に複数存在する広場のひとつのようだった。
円形の石舞台とそれを囲うように環状に配置された石柱が特徴的な広場は、空中都でも有名な広間だ。
由来は不明だが、円の空座と呼ばれているらしい。
空中都の西の果てに存在するその広場には、現在、ひとひとりいなかった。それはそうだろう。リョハンは厳戒態勢中ということもあり、一般市民が町中を出歩くことすら制限されていた。市民もそのことについて不満を覚えていても、声を上げることはない。だれもが非常事態だということを理解し、認識しているからだ。
ネア・ガンディアとの三度目の戦いを目前に控えている。
一度目はまだしも、二度目の戦いでは、リョハンが戦場になりかけたという事実があるのだ。リョハン市民にとって、ネア・ガンディアはいまや恐怖の象徴になりつつあった。
そんな状況下、人目を盗んで西の果ての広場を訪れるものなどいるはずもない。
そして、人気のない広場にセツナとふたりきりだという事実に気づいたとき、レムは思わず顔を上げた。すると、セツナと目が合った。真っ赤な瞳がこちらを見ていた。その燃えるような瞳に恋い焦がれるものは少なくない。レムもそのひとりだ。つい見とれたくなる気持ちを抑えるのに必死にならなければならないくらい、そういう感情が昂ぶってしまっている。
「どうした?」
「い、いえ……別になんでもありませんが、試したいことというのはなんでございましょう? ネア・ガンディアとの戦いに関することだとのことですが」
「ああ。それが可能なら、ネア・ガンディア軍を完膚なきまでに打ちのめせるのは確実だ」
「つまり、わたくしが勝利の鍵、ということでございますか?」
セツナの予期せぬ発言に、レムは冗談めかして返したつもりだったが。
「ああ。まったくもってその通りだ」
セツナが大真面目にうなずいてきたものだから、彼女は茫然とした。
そのまっすぐで真剣なまなざしには、レムも惚れ直さざるを得ないと想うほどに綺麗だった。




