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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千七百二十四話 獅徒レミリオン(五)


「まあ、確かに。“黄金世界”だっけ? 面白い能力だと想うよ。このぼくを完全に封じ込め、捕らえることに成功したんだから。誇っていいよ。並の武装召喚師じゃあ、獅徒ぼくたちを捕らえることなんでできやしないからね」

 聞こえるのは、レミリオンの声だけだった。それ以外の音は一切聞こえない。シヴィルたちの反応どころか、この場にいるはずの二千五百人近い武装召喚師たちの声もだ。周囲に存在するはずの数多の音さえ耳に届かないのは、異常事態としか言い様がない。

 召喚武装を装着した人間の聴覚は、通常よりも強化されている。召喚武装を手にすることの副作用とでもいうべきその力によって肥大しているはずの聴覚が、まったく機能していないのだ。

(いや、違う)

 グロリアは、胸中、首を横に振る。聴覚が完全に機能していないのであれば、レミリオンの声が聞こえるわけもない。

「素晴らしい能力だよ。賞賛に値する。けれども、圧倒的に力が不足しているが故にぼくを斃すことができなかった。ぼくを捕らえ、そのまま抹殺することができていれば、こうはならなかったのにね。残念だったね」

 この状況が楽しくて楽しくて仕方がないとでもいわんばかりに高い声音は、彼がこの戦闘を遊んでいることの現れにほかならない。グロリアは怒りを覚えるとともに声のする方向を見ようとするのだが、体が動かなかった。筋肉ひとつ動かせない。まるで全身をなにか強大な力によって支配されているような、そんな感覚。違和。

「無色世界、とでも名付けようか。シヴィル=ソードウィン。君が見せたその能力を少しだけ改良したんだよ。もちろん、原理は違うけどね」

 レミリオンは一方的に語ってくる。その台詞の内容のひとつひとつがグロリアたちを絶望させるにあまりあるものだった。

「効果範囲を広げ、精度を高めた。それだけでどうだい? 君たちにはまったく身動きが取れなくなったはずだ。なにせ、君たちは人間だ。召喚武装によって能力を引き上げられ、神の加護を受けたただの人間に過ぎない。それだけじゃあ、防ぎようがないよね」

 ほら、と、軽い口調とともにグロリアの眼前からシヴィルの姿が吹き飛んでいったかと想うと、カート、ニュウ、アスラの順につぎつぎと吹き飛ばされていった。そして、彼らを一瞬にして吹き飛ばしたのがレミリオン本人であると気づいた瞬間、グロリアもまた、全身に痛烈な一撃を叩き込まれ、吹き飛ばされていた。

 吹き飛ばされる寸前に見たレミリオンの姿は、黄金色に染まる前のそれであり、まったくの無傷であることを思い知らされたのだ。


「期待以上ではあるよ。それは認める」

 レミリオンは、本心からいった。彼はいま、心底愉快だった。なにせ、一瞬とはいえ、絶体絶命の窮地に立たされたのではないか、と想えたのだ。獅徒に生まれ変わってからというもの、一度たりとも味わったことのない感覚だった。

 それは、彼にとって甘美ともいえる瞬間でもあったのだ。

 死を、感じた。

「まさか、このぼくを多少なりとも焦らせるとは想いも寄らなかったもの」

 彼が焦燥感を覚えたのは、“黄金世界”に拘束されている間のことだ。“黄金世界”の拘束力は、獅徒レミリオンの力を持ってしても打ち破れないほどに強力であり、凶悪だった。身動きひとつできないのだ。まさかこれほどの力を持った人間がいるとは、想定しようがない。

 さすがはリョハンというべきなのだろう。

 武装召喚術誕生の地であり、総本山たるリョハンの武装召喚師たちは、日々、武装召喚術の研鑽と修練に励んでいるという。この滅び行く時代にあってもなお、だ。故にこそ“黄金世界”のような強力無比な能力が生まれたに違いなく、並の環境では誕生しようのない能力だったに違いない。

「まあしかし、詰めが甘かったね。“黄金世界”でぼくを捕らえたあと、もっと強力な一撃を最初に叩き込むべきだった。そこでぼくの意識を消し飛ばせなかった時点で、君たちの負けは決まったんだ」

 レミリオンは、もはや身動きひとつ取れなくなったおよそ二千五百人の武装召喚師たちを一瞥した。六大天侍の内、ルウファを除く五名もいまや無力化し、敵はいなくなった。

 “無色世界”。

 彼は、“黄金世界”に拘束されている間、なにもしていなかったわけではない。“黄金世界”を打破するべく、全力を挙げていたのだ。そのためにはその能力がどういったものなのかを追求し、原理を突き止めなければならない。あらゆる手段を駆使し、彼なりの分析を行った結果生まれたのが、この“無色世界”だ。原理は“黄金世界”と似て非なるものであり、彼の大気を支配する能力を昇華したものといっていい。

 範囲内の対象物すべてを大気によって掌握し、拘束する。拘束することに重点を置いているため、攻撃能力そのものこそないが、そこから攻撃を叩き込むことができるのは、“黄金世界”と同じだ。違うのは、原理と効果範囲、拘束精度だろう。

 事実、“無色世界”は、“黄金世界”の範囲外にいたものたちをも完全に掌握し、拘束することに成功している。

 レミリオンの抜け殻に超絶的な攻撃を叩き込んだ数々の武装召喚師たちも、ひとり残らず、彼の支配下にあった。

 レミリオンは、そんな武装召喚師たちをひとりひとり蹴りつけ、殴りつけて吹き飛ばしていたが、段々と飽きてきて、ついには風圧によって複数人を同時に攻撃するようになると、旋風を巻き起こして何十人も吹き飛ばし、あるいは竜巻によって百人単位で打ち上げたりするようになった。

 そうして適当に遊び、雑に戦闘を終えると、もはやだれひとり動けなくなった戦場を見回し、一方的に勝利を宣言した。

「ぼくの勝ちだ」

 皆殺しにすることもできたが、それはしなかった。皆殺しにした結果、ルウファひとり生き残らせることになるのは、あまりにも兄が可哀想だ。

 目的は、リョハンの壊滅であって、皆殺しではない。

 空中都市リョハンさえ崩壊させることができれば、それだけでいいのだ。たとえリョハンのひとびとが生き残ったとしても、拠り所を失えば、ネア・ガンディアに服従せざるを得なくなる。リョハンのひとびとの拠り所といえば、戦女神だ。戦女神ファリアを殺し、守護神マリクを捕縛する。

 そうすれば、ルウファを殺さずに目的を果たすことができる。

 ちらりと、彼は戦場の片隅を見た。最初に昏倒させたルウファは、いまも意識を失ったままだ。わずかに安堵したのは、もし彼が意識を取り戻せば、また打ちのめさなければならなくなるからだ。

 広場を脱し、北へ向かう。

 戦女神は、空中都の北側に存在する戦宮と呼ばれる建物の中にいるはずだ。もし戦女神が象徴としての役割に愛想を尽かしていなければ、の話だが、仮にそのようなことがあるとすればとっくにリョハンは瓦解しているはずだ。つまり、リョハンがいまもなお堅牢な一枚岩として存在しているということは、戦女神がここにいるということにほかならない。

 当代の戦女神は、あのファリア・ベルファリア=アスラリアだ。彼女がセツナと行動をともにしていたこともわかっている。ミズトリスのザルワーン制圧を妨げたのは、セツナたちであり、その一助を担っていた。そのままリョハンに戻ってこない可能性もあったが、その場合は、マリク神を封印し、リョハンを滅ぼせばいいだけの話だ。戦女神を殺さずとも、勝利する方法はいくらでもある。

 ただ、もっとも簡単な勝利条件が戦女神を殺すというだけの話なのだ。

 そして彼は、そのもっとも簡単で単純な勝利条件にこそ、固執した。

 やがて、彼は、この空中都に存在する生命反応から戦宮の所在地を割り出すと、その場所へ急行した。武装召喚師たちを沈黙させたいま、もはや彼を止めるものはいない。

(あれが……戦宮)

 戦女神の神殿たる戦宮は、その名に相応しい外観をした建造物だった。空中都そのものが古代遺跡を流用した都市であり、空中都に存在する建物の多くが古めかしくも立派なのだが、その中でも特に荘厳な雰囲気さえ持っているのが戦宮だった。その荘厳な門の向こう側、建物の中心近くに生命反応を感じ取れる。生命反応は全部で四つ。

(戦女神と……護衛か?)

 彼が怪訝な顔をしたのは、その生命反応のうち、ひとつがあまりにも微弱であり、護衛とも想えなかったからだ。そして、そんなものを側に置いておく戦女神が信じられなかった。ファリア・ベルファリア=アスラリアといえば、ガンディアにおける英雄豪傑のひとりに数えられる人物だ。そんな勇者が己の護衛に弱者をつけるだろうか。疑問は生まれるが、考えても仕方がない。

 そして、彼が門前に達したときだった。突如、黒い風が吹いたかと想うと、強烈なまでの生命反応を感知し、肉体が無意識に対応した。つまり飛び退き、斬撃をかわしたのだ。

 斬撃。闇色の剣閃が虚空を切り裂き、門前の地面に深い亀裂を刻みつける。

「獅徒レミリオン様でございましたね」

 聞き覚えのある声に目を向ければ、門の上に少女が立っていた。

「ここより先に進みたくば、わたくしを滅ぼしてからにしてくださいますよう心よりお願い申し上げます」

 黒衣の少女の紅い目が血のように紅く、それでいて燃えるように輝いていた。


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