第二千七百二十三話 獅徒レミリオン(四)
メイルケルビムの翼が光の嵐を巻き起こせば、三鬼子“陽御子”の火球が直撃とともに爆炎を撒き散らし、ニュウのブレスブレスが破壊的な光の奔流を収束させる。ホワイトブレイズの生み出した冷気が渦となって金色の世界を駆け抜け、レインボウカノンが七色の閃光を撃ち込み、エターナルラインが無限の攻撃を叩き込む。クイーンドレッドが凄まじい衝撃を伝え、フレイムロータスが紅蓮の花を咲かせると、ストレイトワンとエバークレセントが斬撃の嵐を撃ち込む。剛刀・叢雲がさながらそれに応じるように剣閃を走らせ、シルバーコフィンとシルバーウォールが“黄金世界”に対抗するかのように白銀の世界を構築、グレートアースの一撃が金と銀の世界を震わせた。さらに数多の攻撃が金銀に染まる領域に咲き乱れ、物凄まじい熱量が一瞬にして叩き込まれ、爆発する。
まさに天地が震撼するほどの一斉攻撃は、リョハンがいま出せる最大威力の攻撃といってよかった。これで斃せないとなると、いよいよ、獅徒が手のつけられない存在ということになるが、効かないはずがないとグロリアは確信していたし、一抹の不安もなかった。なにせ、リョハン最強の武装召喚師である彼女が最大威力の攻撃を叩き込んだだけでなく、六大天侍、護峰侍団の隊長たちといったリョハンの最高戦力が全身全霊で攻撃したのだ。
これがまったく無意味ならば、セツナはどうやって獅徒を斃したというのか。
セツナは、たったひとりで獅徒を斃したというではないか。これでレミリオンが斃せなければ、獅徒もセツナもリョハンの武装召喚師千七百人分以上の力を持っているということになる。そんなことは、通常、ありえない。
一斉攻撃によって“黄金世界”は崩壊した。崩壊どころか、周囲の地形にさえ影響が出ている。南広場の原形が失われ、もはや広場として機能することなど二度とないのではないかというくらいに変わり果てていた。“黄金世界”に捕らわれていた武装召喚師たちが解放されたのは、シヴィルが解除したからにほかならないが、それは彼が“黄金世界”を維持する必要がなくなったと判断したからだろう。
“黄金世界”によって拘束した対象を、その黄金の拘束ごと破壊したのだ。維持する意味はどこにもない。敵もろとも拘束してしまった味方をいち早く解放するべく、“黄金世界”を解除するのは当然の判断だった。
そう、獅徒レミリオンの黄金像があった場所には、なにも残っていなかったのだ。塵ひとつ、残らない。あれだけの力、熱量が叩き込まれれば、跡形もなく消滅して当然だろう。十分な手応えがあったのは確かだ。
「やった……!」
「やったぞ!」
「俺たちはやったんだ! 獅徒を斃した!」
「うおおおお!」
歓声が上がる。勝ち鬨だ。だれもが勝利を認識し、戦場は大いに沸き立った。
グロリアは、悠然と、シヴィルたちの元へ降り立った。この勝利の立役者たるシヴィルは“黄金世界”の構築と維持によって力を浪費し、疲労を隠せていない。
「さすがにあれだけの攻撃を食らえば、獅徒なりといえど一溜まりもなかったようだな」
「まあ、全身全霊の力を注ぎ込んだわけで……」
ニュウが、疲労困憊といった様子でいってくる。彼女のブレスブレスは精神力をそのまま攻撃手段に変える召喚武装だ。あれだけの光量を発したとなれば、精神を消耗し尽くすのも無理のない話だった。隣のアスラも立っているのがやっとという状態だったし、カートも消耗している。
疲労しているのは、なにも六大天侍だけではない。この場にいるだれもかれもが、最大威力の攻撃を叩き込むべく、全身全霊を込めたのだ。その一撃にすべてを賭けたといってもいい。それこそ、命を燃やすほどの覚悟で、叩き込んだ。その結果、獅徒は完全に消滅し、大勝利を飾ることができたわけだから、このとてつもない疲労も心地よく感じられるものだろう。
「当然の結果でございますわ」
アスラが胸を張れば、カートが無言で笑顔を浮かべる。普段は寡黙で仏頂面故、ひとを寄せ付けない雰囲気に包まれたカートだが、笑顔になると途端に人懐っこく見えてくるのだから、不思議なものだ。
「ええ。それもこれも、皆が全力を出してくれたおかげですが」
シヴィルが皆の健闘を褒め称えれば、アルヴァ=レロイが口を挟んでくる。
「“黄金世界”のおかげでしょう」
「いやいや」
「ご謙遜なさらず。さすがは六大天侍の方々は格が違うものと、感心するほかないのですから」
彼は、自身を卑下するようにいってくるが、それは彼らしい物言いであり、シヴィルはなんともいえない顔で彼を見た。アルヴァは卑屈な笑みを浮かべると、シヴィルの前を辞した。彼は護峰侍団一番隊長なのだ。その務めを果たそうというのだろう。部下に指示を飛ばすアルヴァを目で追っていたシヴィルだったが、すぐになにもかも諦めたように肩を竦めた。
すると、四番隊長アルセリア=ファナンラングと三番隊長スコール=バルディッシュが歩み寄ってきた。おそらく、アルヴァとのやりとりを聞いていたのだろう。アルセリアは、シヴィルを気遣うようにいった。
「アルヴァ殿の言い方は気になるだろうが、“黄金世界”があればこその大勝利なのは疑いようのない事実」
「まったくもってそのとおり!」
「さすがは戦女神の守護天使というべき活躍です」
「うんうん、異論を挟む余地がないねえ!」
アルセリアの発言を全力で肯定するだけのスコールに対し、アルセリア自身が冷ややかなまなざしを向けた。スコールが気楽にもほどのある言い方だったから、というのもあるだろうが、アルセリアのまなざしは極寒の大地よりも凍てついている。
「……なんなのだ、いったい」
「なにもないけど」
「鬱陶しい」
「ひどいー」
「そんな顔をしても無駄だ、去れ、失せろ」
「だからちょっと酷すぎだってばー」
シヴィルに一礼するなりそそくさと離れていくアルセリアに追い縋ろうとするスコールだったが、アルセリアはそんなスコールを完全に無視し、部下たちの元へ急いだようだった。
四番隊長アルセリア=ファナンラングと三番隊長スコール=バルディッシュは、よくふたりでつるんでいるところを目撃されているが、仲が良いのか悪いのかはよくわからなかったりする。いまのようなやり取りばかりしているからだが、それは本当は仲が良いからこそできることなのか、アルセリアが本当にスコールのことを嫌っているのか、どちらなのか。どうでもいいことではあるが、多少、気になりはした。
「なんなの、あのふたり」
ニュウが呆れ果てたような顔をするのも無理はなかったが、アスラが気を取り直したように口を開く。
「ま、まあ、よくわかりませんが、ともかく、あのお二方の仰るとおり、シヴィル様のおかげで勝利できたことはだれもが認めることでございましょう」
「その通りだ。胸を張るべきだな、シヴィル=ソードウィン。それでこそ、戦女神の守護天使たる六大天侍というものだ」
グロリアは、アスラの発言を肯定するとともにシヴィルを心の底から賞賛した。シヴィルの“黄金世界”を中心にくみ上げた戦術が見事に通用し、獅徒を撃滅できたのだ。褒め称える以外にはない。
「え、ええ。それはわかていますよ。しかし、わたしひとりが気張ったところで行動を封じるのがやっと。皆さんがいればこその勝利なのもまた、否定しようのない事実」
などと、シヴィルが満足げな表情を浮かべたときだった。
「勝利。勝利ねえ」
声が響き、瞬間、その場が凍り付いたように音が消えた。
「いったいどこのだれに勝利したのかな?」
それは、まぎれもなく獅徒レミリオンの声だった。




