第二千七百二十二話 獅徒レミリオン(三)
最初に動いたのは、腕輪の女だった。両腕を前方に掲げると、莫大な光が手の先に収束し、つぎの瞬間、レミリオンの視界を白く塗り潰した。狂暴な光の奔流は、彼が前方に作っていた風圧の壁を打ち破り、彼に後退を促した。飛び退き、腕を右に薙ぐ。暴風によって光の奔流を吹き飛ばせば、光の奔流を突っ切るようにして殺到してきた甲冑の女が彼の右横を通過していった。その速度たるや、ルウファの最高速度以上であり、さすがの彼も驚かざるを得なかった。
(疾いな)
つぎの瞬間、鋭い痛みが右腕に走った。見れば、右腕が寸断されていて、それが女の翼によるものだと気づいたとき、物凄まじい寒気を覚えた。そのまま着地した瞬間、足が動かなくなった。見下ろし、地面が凍り付いていることを知る。足が接地した瞬間、大地を這う冷気によって絡め取られ、凍り付いたのだろう。レミリオンは苦笑とともに強引に足を引き抜こうとしたが、そのときには頭上に凄まじい熱気が迫っていた。振り仰げば、頭上を覆い尽くすほどに巨大な火球が降ってきている。咄嗟に左腕を掲げれば、光が駆け抜け、今度は左腕が切り飛ばされている。女の速度は、さっきよりも格段に疾くなっていた。
(なるほど)
レミリオンは、敵の戦法を理解した。彼が両手でもって大気を操っていると見た敵は、まず彼の両手を封じることにしたのだ。そのための目くらましが最初の一撃。あわよくば直撃し、多少なりとも痛撃となることを期待したのだろうが、たとえ当たらなくとも構わなかったに違いない。本命は、その光に紛れた翼の女。その速度と切れ味は、上出来としか言い様がない。そして、地面ごと凍らせることでレミリオンの足を封じ、さらに頭上に注意を向けさせ、左腕も切り飛ばした。これで、レミリオンの力の一部を封じた――そう、彼らは考えている。
(まあ、そんなことはないんだけど)
レミリオンは、頭上を仰ぎ、吼えた。瞬間、彼と彼の眼前に迫った火球の間に分厚い大気の層が生まれ、熱気さえも阻んだ。むしろ涼しささえ覚えるのは、足下が凍り付いているからにほかなるまい。やがて大気の障壁に火球が直撃し、爆発を起こす。爆炎が吹き荒れようとも、彼には届かない。熱風さえも、遙か隔絶された世界の出来事となる。大気の障壁の向こう側、吹き荒ぶ熱風が世界を赤々と染め上げる中、彼は足を凍り付いた地面から引き抜くと、視界が煌めいていることに気づいた。
(なんだ?)
彼は当初、それがついさっき網膜に焼きつくほどに荒れ狂った爆炎の残像なのかと想ったが、すぐにそうではないことに気づく。炎の残像ならば、もっと赤く、燃えているはずだ。視界に満ちたのは黄金色の煌めきであり、それがなんであるか悟ったときには遅かった。
つぎの瞬間、彼の見ている世界が黄金色に染まった。
「黄金世界」
シヴィル=ソードウィンの冷徹な一言が聞こえたのは、グロリア=オウレリアが空中にいるときのことだ。
眼下、戦場となった円形広場は、全体が黄金色に染め上げられていた。それこそ、地上にいる武装召喚師たちさえも金色に染まり、我が身になにが起こったのかを理解できないまま、固まっている。範囲内のだれもが全身が黄金で塗り潰されたようになっている。巻き込まれたのだが、致し方のないことだ。そのおかげもあって、敵を拘束することに成功している。
シヴィル=ソードウィンの召喚武装ローブゴールドの最大能力、それがこの黄金世界だ。一定範囲内に存在するものをすべて黄金で塗り固め、拘束する。発動までに時間がかかるのが難点であり、発動までの間に範囲外に逃げられるとどうしようもないため、時間稼ぎや注意逸らしは必須だった。つまり、連携前提の能力といえる。その強力無比な能力は、使いどころを間違えれば味方に被害を出しかねず、故に彼はその扱いに慎重にならざるを得なかった。
「相変わらず凶悪ですね。これでは避けようがない」
などと皮肉っぽくいったのは、アルヴァ=レロンだ。護峰侍団一番隊長である彼は、愛用の弓銃型召喚武装レインボウカノンを引っさげ、シヴィルの側にいる。彼率いる一番隊は、シヴィルが“黄金世界”を発動するまでの護衛を務めていたのだ。
“黄金世界”は、このたびの迎撃作戦の要であり、“黄金世界”の発動と成功こそが勝利の第一条件といっても過言ではなかった。“黄金世界”が発動し、成功さえすれば、いかな獅徒といえど無力化できるだろうし、勝利は間違いない。逆に“黄金世界”が発動できなかったり、失敗すれば、勝利はない。
開戦からいまのいままで、シヴィルが動かなかったのもそのためだ。“黄金世界”の発動には時間がかかる。彼は、黄金色の世界を作り上げるため、心を鬼にして、味方の損害に目を瞑っていたのだ。六大天侍のひとりたるもの、同胞たるリョハンの武装召喚師たちが散っていく様を黙って見ていることほど辛いことはないはずだ。しかし、勝利を確実なものとするためには致し方のないことであり、故に彼は、少しばかりの安心と多大な苦痛をその表情に現した。
「ああ、成功してくれたようです」
彼の視線の先には、黄金に染まった世界が横たわっている。
グロリアからみても、広範囲、かなりの数の武装召喚師が巻き添えを食らっているのがわかるのだが、そればかりはどうしようもない。“黄金世界”の範囲を極限に絞った結果がこれなのだろうし、これ以上はシヴィルにも手の施しようがないのだ。それに黄金化しただけでは動けない以外の問題はない。無防備になるだけであり、死ぬこともない。
追撃を加えさえしなければ、だが。
「あとは全力を叩き込むだけ、ですね」
ニュウがいうと、シヴィルは強くうなずいた。
「奴にいまあるすべての力を叩き込み、完膚なきまでに破壊してやりましょう。わたしたちの手で、勝利を掴み取るのです」
「はい」
シヴィルに同意したのは、ニュウだけではない。アスラ=ビューネルもカート=タリスマも、それにグロリアも彼に同意し、意識を黄金化したレミリオンに向けた。
「ということで、準備はいいかな、皆」
アルヴァが呼びかければ、各所から力強い反応があった。“黄金世界”の範囲外にいる武装召喚師たち千七百名あまりが、その召喚武装の矛先を黄金像と化した獅徒へ向ける。周囲の地形ごと黄金に塗り固められた獅徒は、もはや身動きひとつ出来ず、身構えることさえ許されない。となれば、無防備となり、あらゆる攻撃をその身に食らうしかないのだ。
グロリアも、メイルケルビムの最大威力の攻撃を繰り出すべく、全霊を込めた。光の翼を無数に生み出し、力を増幅させていく。グロリアだけではない。ニュウは両腕を前方に掲げてその精神力を集中させていたし、カートは大斧ホワイトブレイズを振り翳していた。アスラも先程同様に三鬼子“陽巫女”によって巨大な火球を生み出している。
護峰侍団の隊長たちも、強力な召喚武装による最大威力の攻撃を繰り出す準備を終えている。
一番隊長アルヴァ=レロイは弓銃型召喚武装レインボウカノンを掲げ、二番隊長ミルカ=ハイエンドの鞭型召喚武装エターナルラインを手にし、三番隊長スコール=バルディッシュの槍型召喚武装オーロラフォールを構えている。
四番隊長アルセリア=ファナンラングは、足の付け根が見えそうなほどに片足を掲げているが、それは靴型召喚武装クイーンドレッドを愛用しているからにほかならない。五番隊長ヒュー=ロングローが手にしているのは、杖型召喚武装フレイムロータス。六番隊長シグ=ランダハルは大刀ストレイトワンと曲刀エバークレセントというふたつの召喚武装を構え、七番隊長サラス=ナタールは、白銀の甲冑シルバーコフィンに身を包んでいる。
八番隊長リドニー=フォークンの召喚武装は剛刀・叢雲。九番隊長オルファ=サンディーは全身を覆う銀の長衣シルバーウォールに身を包み、十番隊長イルドルク=ウェザンは一際巨大な大槌グレートアースを振りかぶっている。
隊長以外のすべての武装召喚師たちも準備万端であり、あとは、アルヴァの号令を待つのみだった。
そして。
「攻撃開始! 獅徒を殲滅せよ!」」
アルヴァの号令が響き渡り、怒号の如き喚声が上がった。
黄金色に塗り潰された世界が震撼する。




