第二千七百二十一話 獅徒レミリオン(二)
敵の数はおよそ二千五百。精確な人数まで把握することは可能だが、彼はそこまでする必要はないと判断した。
二千五百の敵、いずれもが召喚武装を手にした武装召喚師であり、神の加護によって強化されているのは火を見るより明らかだ。少なくとも常人の動きではなかったし、レミリオンが起こした竜巻に巻き込まれ、吹き飛んでいったのがたった十数人だけだという事実も、瞠目に値する。並の武装召喚師では対応できないはずの攻撃を逃れたのだ。
ではなぜ、それら武装召喚師以上の力を誇るはずのルウファが、レミリオンに一蹴されたかといえば、彼が本気を出したからにほかならない。つまり、レミリオンがいま起こしている竜巻はただの牽制攻撃に過ぎない。遊びといってもいい。まったくもって、完全に本気などではなかった。
故に十数人しか巻き込めなかったことに瞠目しつつも、口の端を緩めた。
「さすがは、武装召喚師の総本山とでもいってあげるべきかな?」
レミリオンは、凄まじい風圧の奔流の中で口を開いた。大気を掻き混ぜる凶悪な力の渦の中からでも、自分を包囲する敵の様子ははっきりとわかる。
リョハンは、武装召喚術が生まれた地であり、すべての武装召喚師にとっての聖地といっても過言ではない。一時期、武装召喚師に焦がれ、武装召喚術を学ぼうとしたこともあるのが彼だ。結局、夢半ばで命を落とすことになり、武装召喚術が身につくことはなかったものの、リョハンについての知識は一般人よりは多くあった。学校で武装召喚術の歴史を学んだからだ。
リョハンは、武装召喚師の総本山であり、大陸全土に武装召喚術が普及したのもリョハンの武装召喚師たちが数十年の長きときをかけ、世界中に伝え広めていったからだ。そうして、世界は変わった。少なくとも、長らく停滞していた小国家群の戦国乱世が再び活発化したのは、武装召喚術が普及したことも大いに関係があるだろう。
小国家群の止まっていたときが動き出し、世界が揺れた。
「でも、それじゃあぼくを斃すことはできないよ」
告げ、彼は、右手を前に、左手を後ろに掲げた。竜巻状に展開していた力を両手に収束させ、瞬時に撃ち放つ。竜巻が消失した瞬間、好機と見て飛び出した武装召喚師のうち、前方と後方から殺到してきた集団に風弾を叩き込む。風の力を圧縮した弾丸は、先頭の武装召喚師に直撃するとともに力を拡散させ、周囲の武装召喚師たちも纏めて吹き飛ばす。身に纏っている軽装の鎧や召喚武装の衣を打ち砕き、人体をあらぬ方向にねじ曲げながら。
何人、死んだのか。
数えるのも面倒だが、数名は間違いなく絶命している。
それはそうだろう。
獅徒の力の直撃を受ければ、死なないわけにはいかないのだ。人間の肉体というのはそれほど頑丈にできてはいないし、いくら神の加護を受けたところで強化にも限界がある。
「なんて力だ……」
「これが獅徒の力か……」
「なにを臆することがある。我らは誇り高きリョハンの武装召喚師だぞ! こんなことで怯んでなるものか!」
声高に吼えたのは大柄の男だ。その大男の咆哮に応えるように武装召喚師たちが喚声を上げる。ただし、即座に突っ込んでくることはない。飛び込めば、またレミリオンの迎撃の餌食になることがわかっていて、慎重にならざるを得ないのだ。包囲は崩れていない。いやむしろ。当初より厳重なものになっている。地上のみならず、空中をも、飛行能力を持った武装召喚師たちに制圧されていた。そして、それら武装召喚師が遠距離攻撃でもって一斉攻撃をしかけてきたものだから、彼は目を細めた。
両手を左右に掲げ、力を解き放つ。大気を掻き混ぜ、暴風の防壁を生み出せば、飛来し、殺到する数多の攻撃も彼に届く前に消えてなくなる。風圧による絶対的な防御。風使いルウファが得意とした戦法だが、獅徒となればその規模、精度、威力すべてが段違いとなる。
(とはいえ、これではつまらないか)
レミリオンは、竜巻の防壁を解くと、同時に、前方に向かって飛んだ。光や炎といった召喚武装によって生み出された攻撃の数々が飛来してくる中を突っ切り、敵陣へ至る。包囲網の真っ只中へ。
「なっ!?」
「来やがった!?」
「散開、散開!」
「散開? それ、つまらなくない?」
レミリオンは、聞こえてきた指示に冷ややかな反応を示すと、目の前の大斧を手にした武装召喚師の首を掴み上げた。力を収束させ、その強靱な肉体をばらばらに引き裂いて見せる。いくら神の加護や召喚武装の支援があろうとも、直接力を注ぎ込めばこれくらいは容易い。確信し、残った首から上を投げ捨て、地に落ちた大斧を拾い上げる。もはや召喚者のいなくなった大斧は、しかし、レミリオンの手に激しい痛みを与えてきた。召喚武装による拒絶反応。
獅徒は、新たに召喚武装を用いることができない、というのは本当らしい。
仕方なく大斧を手放しながら、左手で前方を一閃する。眼前に飛びかかってきた敵を召喚武装の大剣ごと切り裂き、その返り血を風圧で弾き飛ばせば、後方から飛来した光弾を右手で受け止める。召喚武装による攻撃は、それだけでは留まらない。散開と同時に、嵐のような猛攻が始まっている。その猛攻のただ中を彼は平然と突き進み、手近な敵から血祭りに上げていくのだ。
武装召喚師は、召喚武装の能力によって近距離型と遠距離型に分けられる。遠距離型の武装召喚師は、ただひたすら遠方からレミリオンを攻撃するだけでよかったが、近距離型の武装召喚師は、そういうわけにはいかない。レミリオンの隙を見出しては果敢に挑みかかるしかないのだ。その隙がたとえレミリオンがわざと作り出したものであったとしても、その隙にすべてを賭けるしかない。そして、レミリオンの痛烈な反撃に遭い、絶命する。
「こんなものか」
彼は、少しばかり哀しみを覚えずにはいられなかった。戦場には、既に百人近い武装召喚師の死体がある。そのほとんどが近距離型の武装召喚師のものだ。接近して戦いを挑まなければならない以上、逃げ回りながら攻撃することもできる遠距離型よりも死にやすいのは致し方のないことだろう。一番には、実力不足が原因としかいいようがないが。
とはいえ。
「こんなものが、リョハンの武装召喚師の実力か。少し残念だよ」
それは、本心でもあった。
かつての憧れ、恋い焦がれたリョハンの真実がこれでは、人間時代の自分があまりにも哀れではないか。
「ひとならざるものに残念がられる理由などはない」
そう告げてきたのは、きらびやかな金色の長衣を纏った男だった。隣に立つ光の翼を広げた女が同意する。
「まったくだ」
「そうね。圧倒的な力を得て、それで勝ち誇るだなんて、あまり褒められたものでもないわ」
そういってきたのは、腕輪の女だ。
「まあ……確かに一理ある発言だね。でもさ、それって君たち武装召喚師の有り様そのものだろう。武装召喚師だって、借り物の力を我が物顔で使っているだけじゃないか」
「借り物の力かどうか、試せばわかるさ」
「そうですわ。わたくしたちと召喚武装がどのような関係か、部外者たるあなたにはまったく理解できないのでしょうが」
「そうだね。まったく理解できないね」
レミリオンは、肩を竦めた。その間、敵の攻撃の手が緩んでいるわけではない。遠距離攻撃は、いまも雨嵐の如く彼を襲っているのだが、彼は意に介さない。当たらないからだ。風圧の壁があらゆる攻撃の軌道をねじ曲げ、彼を護る。
「君たちがぼくらのことをまったく理解できないのと同じさ」
「一緒にしてくれるな」
「一緒にはしないよ」
彼は、冷ややかに告げた。
「君らは弱者で、ぼくらは強者だ」
そこに絶対の隔絶があるということを知らしめなければならない。




