第二千七百十九話 鋼の闘争
神の力によってでたらめに破壊された飛翔船のばらばらになった残骸がひとつに纏まっていったかと想うと、なにやら大きく変容していくのがわかった。船の形は完全に失われ、代わりに作り上げられるのはひとの形だった。巨大な人型。巨人というべきなのだろうか。ウルクの知っている巨人よりも遙かに巨大なそれは、巨大な神、巨神とでもいうべきものなのかもしれない。
「あれが鋼の戦神」
ウルクは、地上に降り立った鋼鉄の巨神がその重量だけで大地を破壊する様を認めた。飛翔船がそのまま変形しているようなものなのだ。その質量たるや凄まじいものがあるはずだった。飛翔船の船体を分解し、再構成することで作り出された巨体なのだ。人間のように二本の足で地に立ち、胴体があり、胸部には船首があった。左右の型からは腕で伸びている。もちろん、頭もあった。もっとも、急拵えの頭部は、控えめに言っても不細工としかいいようのない代物であり、全体的に完成度の低い造形をしていた。
ミドガルドが見れば、失敗作の烙印を押しかねない。
ウルクの判断基準は、すべて、魔晶技術研究所で培われたものだ。魔晶技術研究所は、ウルクの躯体を完成させるまで、無数の失敗作を作り出している。その中には、巨神のような形状の躯体もあり、それが失敗作とされたのは第一に不細工だったからだ。ミドガルドら研究員は、そういった失敗作を大量に生み出した末に、ウルクを作り出している。
ウルクの躯体は美しく、完璧に近いものであるというミドガルドたちの自画自賛は、ウルク自身の誇りとなり、価値基準となった。
故に彼女は、大地を踏みしめる巨大な神を不細工と判断した。
「さて……なにがいいたいのかまったくわからない奴だが、まあ、いい」
「なにがいいのですか」
「なにもよくはないが」
「どちらなのですか」
ウルクは、マユラ神のいいたいことがまったく理解できず、小首を傾げた。飛翔船を放り出されたウルクは、イル、エルとともにマユラ神によって回収され、キーア・エなる神が発する力の奔流から逃れることに成功していたのだ。だからこそ、巨神の誕生を見届けることができたのであり、その不細工さについて認識することができたのだ。
「驚いたか? 驚いただろう。君たちのような矮小な存在には、我が偉大なる力は理解の及ばぬものだ」
キーア・エの声が響き渡り、巨神の上半身が大きく動いた。身振り手振りが大気を掻き混ぜ、世界を震わせる。
「確かに理解の及ばないところではあるが……」
「はい」
「だが、そのような姿で勝ち誇られても、その……なんだ。困るな」
「はい」
「なに……?」
キーア・エは、マユラ神とウルクの反応に対し、怒気に満ちた声を発した。
「この偉大なる姿を見ても、そういっていられるか!?」
巨神の巨躯、その表面を無数の光線が走って行く。それが神の力であることは疑いようもないし、神が強大な力を持っていることもまた、疑う必要もない。圧倒的かつ絶大な力が巨神にはあるのだろう。だが、それはそれとして、その巨神の姿が不細工だという事実は揺るぎないものなのだ。
少なくとも、ウルクの価値基準ではそう判断されるものだった。
「偉大という言葉の意味を今一度考えてみたくなるな」
「偉大。優れて大きいこと。立派であること――ですが」
「そういう意味ではないが」
「いえ、そういう意味です」
ウルクは断言し、マユラ神を仰ぎ見た。マユラ神が作り出した結界の中、足場はしっかりとしておらず不安定だが、問題があるとすればそれくらいのものだ。空中を高速で移動する間も、ウルクたちが振り落とされるようなことはなかった。
「……おまえは話の腰を折るのが趣味か」
「仰っている意味がわかりません」
「……セツナが苦労するのもわかる」
マユラ神が嘆息するようにいった一言はまったく理解に及ばないものだったが。
「おまえと話し合っている時間が無駄だ」
「それにはわたしも同意見です、マユラ」
「……奴を叩く」
マユラ神が前方を見遣った。視線を追えば、当然、巨神の威容がそこにある。いまや全身が発光しているといっても過言ではないが、そのでたらめな造形が隠されることはない。
「が、そのためには本体を引きずり出さなければならぬ」
「まずはあの不細工な巨体を破壊しろ、ということですね」
「そうだ。あの不細工な巨体を、徹底的にな」
「不細工? 不細工だと……!」
巨神が地団駄を踏み、それだけで足下の大地に甚大な被害が生まれる。大地が割れ、壊れていくのだ。神は、意にも介さない。この地がどうなろうと知ったことではないのだろう。いや、この地どころか、この世界がどうなろうと構わないのだ。その事実がウルクに拳を握らせた。心が動く。感情が熱を帯びる。
この世界は、セツナが生きていく上で必要なものだ。
いかな理由があろうとも、壊させるわけにはいかない。
「この完全なる機構のどこが不細工なのだ!」
「機構としては完全なのかもしれないが」
「見た目には不完全かつ不細工です。減点です」
「ふむ。話にはならなないが、意見は一致するようだ」
「同意します、マユラ」
「嬉しくないことだが」
「はい」
「そして一言多い」
「はい?」
ウルクは、マユラ神の言葉の意図がわからず、小首を傾げた。そして、前方の巨神が動き出す様を見て、警戒する。
「ふ……ふふふ。君らの知能ではこの機構の美しさが理解出来なくて当然か。ならば理解できないまま、滅び去るがいい」
光り輝く巨神がその巨大な両腕を胸の前で交差させると、全身、あらゆる箇所から光が噴いた。それは無数の光線となって巨神の全周囲に迸ると、中空のウルクたちの元へ殺到した。
彼が想わず拍子抜けしそうになったのは、あまりにも簡単だったからだ。
あまりにも簡単に結界を通過し、リョハン内部に到達することができてしまった。
意図も容易く、あっさりと。
それはまるで彼の侵入こそがリョハン側の狙いであることを示しているようであり、故に彼は、多少警戒を強めることにした。これがリョハン側の思惑のひとつであることはわかりきっていたことだったが、それにしたって、あまりにも上手く行きすぎている。どこかに落とし穴があるのではないかと警戒するのは、当然のことだろう。
リョハンは、結界に護られている。リョハンに住み着き、寄生しているマリクなる漂流神によって紡ぎ出された結界は、人間と許可を得た存在のみの通行を認めるものであり、獅徒も本来ならば出入りできないはずだった。だが、彼には人間になるという能力があり、それによって結界を通過することができたのだが、種が割れ、いまや攻撃対象になっていることが明らかになった以上、なんらかの対策が取られているものと想ったのだ。そもそも、リョハンの住民が出入りしないのであれば、だれひとり出入り出来ない結界に作り直すこともできたはずだ。
だが、そうではなかった。
リョハンを覆う結界は、人間化した彼を疑問もなく受け入れ、空中都へと至らせた。
空中都の町並みは、以前侵入したときと変わらぬ景色のままだ。空を飛ぶようになったからといって、町並みが変わるはずもないのだから当然といえば当然だが、彼は少しばかり残念に想った。空を飛んだのだ。なにがしか変化があって欲しいと想うのは、勝手なことだろうか。
(いや……)
人間態から獅徒に戻った彼は、その研ぎ澄まされた感覚で空中都に起きている異常を察知した。
ひとの気配がまるでなくなっている。
もちろん、無人ではない。無人ではないが、以前侵入したときよりも圧倒的に少ない。それはつまりどういうことか。
(ここを戦場にするつもりか)
レミリオンは目を細め、周囲を見回した。
いつの間にか、それらはいた。
リョハンに存在する人間、そのほとんど。




