第二千七百十七話 激戦への誘い(二)
白毛九尾と化したシーラの快進撃は、止まらない。
四隻の小型飛翔船を容易く撃墜すると、すかさず中型飛翔船へと攻撃対象を切り替え、力ある尾を叩きつけんとした。敵船も黙って見ていたわけではない。白毛九尾が顕現したときには、飛翔船から無数の神人が飛び出してきていたらしく、それらが尾の一撃を防がんとその進路上に集まったのだ。だが、神人程度が束になったところで風の前の塵に等しく、シーラはそれら数多の神人もろとも飛翔船を攻撃した。数多の神人をたやすく破砕して見せた白き尾は、しかし、飛翔船を包み込む防御障壁に直撃こそしたものの、簡単には打ち破れず、結局跳ね返されてしまう。
一本で駄目なら、二本、三本と飛翔船を攻撃する尾の数を増やしていくシーラに対し、敵船は船首を向けてきた。船首が変形し、格納されていた大砲が姿を見せる。それが神威砲であろうことは一目瞭然だが、シーラは飛翔船への攻撃と、神人の殲滅を止めなかった。そう、飛翔船を攻撃する一方で、ありあまる尾でもって神人の殲滅をも行っていたのだ。
神人は、力の源となる神が滅びれば、同時に滅び去るという。しかしながら、神を滅ぼすことなど、簡単にできることではなかったし、たとえ目の前の飛翔船に乗っている神を滅ぼせたとして、その神が力の源であるかがわからない以上、低い可能性に賭けることなどできないのだ。それならば、尾の一撃で“核”もろとも粉砕し、消し去るほうが格段に早く、断然いい結果を生むだろう。
確信がある。
故にシーラは、神人を撃滅しつつ、飛翔船を防御障壁ごと三本の尾で絡め取った。防御障壁を圧力でもって打ち砕くべく、力を込める。船首に現れた大砲、その砲口に神威の光が満ちていくのを認めつつ、神人の殲滅も防御障壁の破壊も諦めない。
「おいおい、だいじょうぶなのか?」
「案ずるな」
「そうだぜ、大船に乗ったつもりでいろよ」
「そりゃまあ、でけえけどさ」
そういうエスクはというと、ハサカラウとともに神人への攻撃を行っていた。三つ首の飛竜は、シーラの攻撃の邪魔にならないように低空を飛び回っており、その背に乗ったエスクがソードケインの光刃を振り回したり、虚空砲を撃ち放ち、つぎつぎと神人の撃破しているのだ。ハサカラウも、神人たちを攻撃しているのだが、一向に減る気配がなかった。既に数千どころではない数の神人を撃破したはずだが、いまだ増え続けている。無限に現れることなどないだろうが、それにしたって多い。だからこそ、神人撃破の手を止めるわけにはいかないのだ。かといって、飛翔船を放置するわけにもいかない。
神人がどこから現れているかといえば、飛翔船の中からなのだ。飛翔船の中に敵戦力の転送装置があり、そこから神人が無制限に湧いて出てきている。つまり、飛翔船を落とさない限り、神人の撃滅に力を浪費することになる。それはあまりにも馬鹿馬鹿しい。だからこそシーラは、飛翔船の防御障壁を打ち破るべく、全力を注ぎ、敵船の注目を集めた。
敵船は、当然、シーラに注目する。白毛九尾というとてつもなく巨大な獣を当てやすい的と判断するのに時間はかからなかったはずだ。事実、飛翔船は神威砲の発射準備に入った。そして砲口に神威が満ちると、目にも目映い閃光とともに天地を震撼させるほどの轟音が鳴り響き、白毛九尾の顔面に突き刺さった。強大な神威の奔流は、たやすく白毛九尾の体を貫き、頭部と上半身を消し飛ばす。しかしそれは、シーラの想定範囲内の出来事であり、彼女は、神威砲発射の瞬間、三本の尾を船体に絡みつかせることに成功させていた。
神威砲を発射するには、どうしたところで防御障壁を解除せざるを得ないのだ。一瞬のこととはいえ、その一瞬は白毛九尾と化したシーラには十分過ぎるほどの時間であり、上半身が消し飛ばされたところでどうということのない彼女には、まさに好機も好機だった。白毛九尾の巨躯は、九つの尾によって形成されたものであり、上半身が消し飛ばされるほどの攻撃を受けたとしても、シーラ本人に入る痛みというのは微々たるものだ。
つまり、神威砲が白毛九尾に直撃した瞬間には、九尾の尾は、飛翔船に強烈な圧力を加えていたということだ。そして、つぎの瞬間、神威砲の光が戦場から消え去ったときには、白毛九尾の上半身は元通りに作り直されるとともに、飛翔船は圧壊していた。巨大で強固な船体も、白毛九尾の力の前には為す術もない。防御障壁がなければ、そんなものだ。そして、三本の尾を開くと、粉々になった船体の残骸が地上に降り注いでいく。
「おお」
「さすがは将来の我が神子」
「まだいうか」
「何度でもいうし、我は諦めぬぞ」
「はあ」
ハサカラウの助力あってこその圧勝ということもあり、シーラは、悪し様にいうこともできず、途方に暮れかけた。ハサカラウの押しの強さには辟易するし、神子になるのは死んでも嫌だが、だからといってハサカラウの協力を失うわけにもいかず、強く拒絶するわけにもいかない。ハサカラウが戦力となっているのは確かであり、その協力があるからこその戦術なのも間違いないのだ。
とはいえ、セツナの元を離れ、ハサカラウの神子になるなど考えるだけで死にたくなる。
それくらい、シーラの中でセツナの存在というのは大きい。
「さすがは獣姫様だが、油断はしてくれるなよ?」
「わかってるさ」
いうが早いか、シーラは、三本の尾が消し飛ばされる光景を目の当たりにし、目を細めた。痛みはたいしたことはないし、尾も即座に再生できるが、だからといって気を抜いていい相手ではない。
飛翔船を操っていた神が、船体の崩壊とともにその姿を現したのだ。
「異界の獣神か。ここはさすがと褒め置こう」
頭部が豹に人間の女の体を持った女神は、白毛九尾を目の前にして傲然と告げてきた。その金色の眼には神威が宿り、放射状の光背が女神の神々しさを引き立てている。豹頭人身という異形も、どこか神秘的であり、神々しく想えなくもない。身に纏う金銀の装飾もその神々しさに一役買っているのか、どうか。ともかく、見る限り異形の存在ではあった。
(ひとのことをいえた義理じゃあねえが)
シーラは内心苦笑せざるを得なかった。獣の力を宿したいまの自分こそ、異形ではないか。
「我が名はナルヴァ。獣神ナルヴァと見知りおけ」
豹頭人身の女神は、そう名乗るなり、虚空を蹴った。そして、一瞬にして白毛九尾の眼前に到達すると、左方から飛び込んできた飛竜の体当たりによって吹き飛ばされる。飛竜が声高に叫ぶ。
「我こそは龍神ハサカラウなり!」
龍神はナルヴァに向かって咆哮とともに光線を撃ち放った。三本の光線は、地上に叩きつけられた女神に降り注ぐものの、女神はそれらを容易くかわしてみせる。光線が大地に突き刺さり、爆発を起こした。大爆発。凄まじい力だ。当たればシーラとてただでは済むまい。
「じゃあ俺は剣神エスクってことで」
「どこで張り合ってんだ。ってか、てめえは人間だろうが」
「シーラ殿が獣神なら、いいじゃねえか」
「俺のことじゃねえっての」
シーラは苦笑とともに告げた。
「ハートオブビーストのことさ」
「俺のソードケインも異界の剣神かもしれないだろ?」
「……まあ、なくはないか」
「だろ」
とはいってきたものの、無論、本気などではあるまい。ただの冗談。ただの軽口だ。
「ふん。龍神はともかく、それは剣神などではない」
そういって会話に割り込んできたのは、ナルヴァだ。
「剣の悪魔よ」
「へえ。なら、むしろおあつらえ向きじゃねえか」
エスクは、飛竜の背でソードケインを掲げながら笑った。
「運命ってのは、なるようになってるもんだな」
「うむ。我と汝の邂逅もまた、運命」
「んなわけねえ」
吐き捨て、飛び退く。獣神
(セツナとの出逢いは、運命だけどさ)
シーラは、本気でそう信じていたし、その信仰を否定できるものなど存在しないと想っている。
そして、その想いこそ、力となる。




