第二千七百十三話 数だけは多い(四)
イルとエル、二体の魔晶人形の波光大砲が吹き飛ばしたのは、神人の群れだけではなかった。
飛翔船の上部を覆う半透明の天蓋も、甲板上に突出した内部への出入り口も、射線上に存在するほとんどすべてが波光の奔流に飲み込まれ、消し飛ばされている。何百、何千という神人がその一撃によって消滅したことは、しかし、驚くべきことでもなんでもない。二体の魔晶人形、その波光大砲が直撃したのであれば当然のことだったし、必然的な結果だった。
ウルクは、驚くこともなく更地同然になった甲板上を見回したのち、イルとエルを振り返り、二体が掲げていた右腕を降ろすのを見届けた。イルとエルは、ウルクの命令に従うというよりは、彼女の思考に同調しているのだ。故にウルクが命じるよりも早く、二体の魔晶人形は、彼女の考えていた通りの行動を取った。それがつまるところ、波光大砲による神人の一掃だ。神人は、“核”を破壊しなければ無限に再生と復元を繰り返す厄介な存在だが、逆をいえば、“核”さえも破壊し尽くすほどの力で以て蹂躙すれば、一掃することも不可能ではないということだ。
イルとエルの波光大砲の威力、射程、範囲はいずれもウルク以下ではあったものの、その二乗の直撃ともなれば、さすがの神人も耐えきれず、“核”を護ることも叶わなかったのだ。完璧な殲滅。完全な勝利。それは本来ならば彼女の仕事だったが、躯体への負荷を考えると、イルとエルに任せるしかなかった。
それが少しばかり残念ではあるが、任務は、当該飛翔船隊の撃滅であって、そのための手段や方法に指定はない。任務を完遂すればそれでよく、そのために手を尽くすことこそ、ウルクに求められている。
ウルクは、イルとエルを自分の側に集めると、再び前方を見遣った。波光大砲によってなにもかもが消し飛ばされ、真っ平らになった甲板上には、やはりつぎつぎと新たな戦力が投入されてきている。神人ばかりが続々と転送され、ウルクたちを認識するなり襲いかかってきたのだ。
(これでは、きりがありません)
胸中つぶやいて、飛来した巨腕を蹴り飛ばし、イルとエルに連装式波光砲を駆使させる。左腕に内蔵された兵装たる連装式波光砲は、波光を弾丸状にして連射することによって敵を圧倒する。実際、間髪を容れず連続発射される波光の弾丸は、瞬く間に神人の巨躯を肉塊に変え、露出した“核”を貫き、爆散させていく。その間、ウルクは、神人の攻撃を捌きつつ、自身への攻撃が止むのを待っていた。敵の攻撃は、ウルクではなく、イルとエルに集中していく。それはそうだろう。圧倒的な攻撃手段を持つのは、現状、どう見たところでイルとエルなのだ。ウルクはまだなにもしていない。
イルとエルの二体の大活躍は、ウルクの実力を隠し、敵の攻撃優先順位から引きずり下ろす役割も担っていた。そして、イルとエルへの攻撃は、連装式波光砲によって打ち砕かれるのだから、なんの問題もない。
問題があるとすれば、このような戦い方ではいくら時間があっても足りないということだ。
(目的は、船を沈めること)
ウルクは、ウルクナクト号の内部構造を脳裏に過ぎらせると、その場に屈み込んだ。そして甲板に向かって拳を叩きつけ、その分厚い未知の金属板を突き破ると、そのまま波光大砲を撃ち放つ。自身の首の接合部に異変が生じない程度の熱量に過ぎないが、しかし、効果はあった。弐號躯体による波光大砲は、イルとエルのそれよりも遙かに高威力であり、たとえ不完全であったとしても十分な破壊力を発揮したのだ。
甲板に空いた大穴を覗き込めば、船隊内部だけでなく、船の下の景色までが見えた。どうやら飛翔船の船体というのは、想像していたほどの強度があるわけではないようだ。少なくとも、ウルクの不完全な波光大砲で貫通できるのだ。
これならば、ほかの部隊が担当した各方面の船隊についての心配もいらないだろう。
周囲を見回せば、ウルクを庇うようにしてイルとエルの二体が立ち回っていることがわかる。無数の神人によって、完全に包囲されているのだ。イルとエルによって撃破された神人は数え切れないほどの多いはずだが、どれだけ倒しても補充されるのだから、見た目にも減りようがないのだろう。つまり、ここで戦い続けることになんの意味もないということだ。
ウルクは、即座にみずからが空けた大穴に飛び込むと、イルとエルの二体に追従させた。神人の群れがそれを追ってくるが、甲板上よりは明らかに狭い穴の中では、連装式波光砲が猛威を振るい、追撃の手を止めることに成功する。
船体内部、下層の通路に降り立った直後、イルが誤って船外に放り出されそうになったが、ウルクが手を伸ばし、その手を引っ張り上げたことで事なきを得る。地上まで落ちたところで、イルの躯体が砕け散るようなことはないだろうが、戦力が減るのは避けたいところだ。
頭上の大穴からは、波光砲によってばらばらになった神人の巨体がいまにも復元しようとしているのだが、そのせいで後続の神人たちがウルクたちに追いつけないでいた。イルたちにわざとそうさせたのだ。狭い穴の中、神人の巨躯は障壁になりうる。
通路の奥へ向き直り、すぐさま動き出す。
構造がウルクナクト号と同じならば、下層の奥に機関室があるはずだ。機関室にこそ、この船を操り、また神人を使役する神が待ち受けているに違いない。
下層通路は薄暗く、灯りひとつ見当たらないが、ウルクたちが移動する上ではなんの問題もなかった。魔晶人形の目には魔晶石が用いられている。その目の輝きが進行方向を明るく照らし出すだけでなく、そもそもの視力が高いのだ。ウルクナクト号よりは狭く、どこか物々しい雰囲気のある通路の様子まではっきりとわかる。そして、その通路の向こう側から超高速で接近してくる存在を確認し、イルを前に立たせた。イルの波光大砲によって、通路上に存在する障害物となりうるものすべてと、接近中の敵性存在を消し飛ばし、後方に対してはエルの波光砲が火を噴いて牽制する。
青白く染め上げられた視界からは敵性存在が消え失せており、波光大砲の威力は確かなものだと確認する。連装式波光砲となると、そこまでの威力はないが、神人の足止めには十分過ぎるほどの成果を発揮しているのは間違いなかった。
ウルクは、イルとエルに先行するように駆け出すと、下層通路を疾駆した。前方からつぎつぎと飛来する神人を蹴り飛ばして壁に、あるいは天井に叩きつけ、イルとエルに処理させながら機関室へ向かう。機関室に近づけば近づくほど進路上に現れる神人の数が増大し、ついには通路を埋め尽くすほどの数となった。
「まったく、数だけは多い」
困ったものだと想う間もなく、ウルクの聴覚に声が届いた。
「君たちにとって神兵はものの数にも入らないようだが」
「あなたはだれですか」
思わず質問してしまってから、ウルクは警戒した。機関室への接近中、常に警戒してはいたのだが、さらに強めざるを得なかった。声は、男性的なものだが、人間の声のような温度がなかった。声の温度。セツナやレムの声から感じ取れるそれは、彼女なりの表現だ。その温度によって、その人間が現在抱いている感情を推し量ることができる。つまり、それがないということは、感情を推し量ることができないということを意味している。
「我が名はキーア・エ」
不意に閃光が視界を縦に切り裂いた。
「鋼の戦神とひとは呼ぶ」
なにが起こったのか、ウルクは一瞬、理解できなかった。しかし、つぎの瞬間、浮遊感とともに始まる落下の中で、飛翔船が真っ二つに割れ、そのために投げ落とされたのだということに気づいた。




