第二千七百十二話 数だけは多い(三)
群青の飛翔船、その船首に姿を見せた砲塔が天地を震撼させるほどの破壊の力を撃ち放ったのは、当然、ミリュウたちを迎撃するためであり、撃滅するため以外にはありえない。
しかしながら、神威砲は残念なことに空を切り、ミリュウたちは群青の飛翔船、その直上に転移していた。そして自由落下。船隊上部を覆う半透明の天蓋に着地することができたのは、当該飛翔船が神威砲を発射するために防御障壁を解かざるを得なかったからにほかならない。防御障壁は、神の力の産物であり、通常、突破することは困難を極める。まず人間の力では破ることはできないだろうし、並大抵の召喚武装でも、突破できまい。ミリュウがラヴァーソウルを用い、最大威力の擬似魔法を叩き込めばその限りではないだろうが、防御障壁を破るために多大な力を消耗するのは、本末転倒も甚だしい。
防御障壁を一度破ったところで、その瞬間に飛翔船に取り付けなければ、すぐさま新たな防御障壁が展開されるだけなのだ。それ故、マユリ神は、わざと目立つようにして敵飛翔船に接近し、砲撃を誘った。大型飛翔船には神が乗っている。神ならば、マユリ神を迎撃するには、戦力を展開するだけでは不可能だということも理解できるはずであり、神の力をぶつけてくるはずだ。つまり、神威砲を使ってくる以外にはない。神威砲の発射には、防御障壁の解除が必要不可欠だ。防御障壁を解除するということはつまり、ミリュウたちが船体に取り付く好機が訪れるということ。
「マユリんの考えてた通りの展開になったわね」
ミリュウがいうと、ダルクスが声もなくうなずいた。黒き重装鎧の戦士は、いつだって無言故に頼もしく、心強い。常に落ち着いていて、冷静に状況判断が出来るというだけで頼りになるというものだ。
「ということは、あとはあたしたちが上手くやるだけってこと」
ミリュウが告げると、ダルクスが天蓋に拳を叩きつけた。半透明の天蓋に大穴が空く。まずダルクスがその穴から甲板に飛び降り、ミリュウはその後に続いた。甲板上には、ミリュウたちが天蓋に取り付いたころから続々と神人が出現しており、いまやその数たるや甲板を埋め尽くすほどになっていた。
「本当、数だけは多いわよね。いつもさ」
こちらが少数精鋭で動くことが多いからというのもあるが、それにしたって、敵の数はいつもこちらを圧倒していた。そしてその圧倒的な数の敵を蹴散らしてきたのが、ミリュウたちなのだ。
「多勢に無勢っていうし、まあ確かにその通りなんだけど……あたしたちには関係ないわよね?」
告げれば、ダルクスも頷いてくれる。甲板の片隅。前も右も左も、どこもかしこも敵だらけ、神人だらけだ。白き異形の怪物たち。その外見こそ多様だが、強度は一定だろう。神人は強度によってその大きさが異なる。つまり、強度が高ければ高いほど大きく、低ければ低いほど小さいのだ。もっとも、最低限の強度の神人とて、人間とは比較しようもないほどに凶悪な力を持っているのはいうまでもない。武装召喚師とて、一対一では戦うべき存在ではなかった。
だというのに、ミリュウはダルクスとふたりだけで数千の神人を相手にしなければならないという状況にいる。
マユリ神は、敵の神の注意を引きつつ、四隻の小型飛翔船を撃墜するべく、ミリュウたちとは別行動を取っているのだ。もちろん、離れていても女神の加護はミリュウたちを包み込んでいたし、だからこそ、ふたりはある程度余裕を持って神人たちと対峙することができているのだが。
でなければ、これほどの数の神人を相手に戦うことなどできるはずもない。
「じゃあ、時間稼ぎ、よろしく」
ミリュウは、ダルクスに頼むと、彼が動き出すのを見届けながら、ラヴァーソウルを振り抜いた。真紅の刀身がばらばらに砕け散ると、無数の破片となって彼女の周囲を漂う。破片は刃片。数十億の刃片に細分化されたそれらは、磁力によって結びつき、古代文字を空中に描き出す。古代文字の羅列。呪文の構成。術式の形成。ミリュウは、全神経を集中させて、擬似魔法の“詠唱”を始めた。
ダルクスの応援もできないが、彼が神人を殴り飛ばすのを見て、その必要もないと想えた。
神の加護を得た黒き戦士は、無敵だ。
ラムレシア=ユーファ・ドラース率いる飛竜の群れは、敵飛翔船隊のうち、四隻の小型飛翔船を開戦と同時に撃墜することに成功した。
ラムレシアが命じるまでもなく放たれた無数の竜語魔法によって、小型飛翔船を包み込む防御障壁ごと粉砕したのだ。四隻の飛翔船がほぼ同時に爆散する様は、壮観かつ爽快といっていいものであり、彼女は、眷属たちの勇奮を賞賛した。ただし、五隻の飛翔船のうち、もっとも大型のものは、眷属たちの竜語魔法では撃墜することは叶わず、その異様を爆煙の中に浮かべていた。まったくの無傷だった。船を包み込む防御障壁を打ち破ることができなかったのだから当然といえば当然だ。
「大型船に神が乗っているというのは間違いないようだな」
そして、小型船には神が乗っていないかもしれないという情報も、乗っていないことが確定した。それはつまり、ネア・ガンディアが神に頼らない飛翔船を建造する技術力を持っているというこでもあるが、いまは、その脅威的な技術力について考えている場合ではない。
五隻の内、四隻の飛翔船を撃墜し、残るは一隻だ。その一隻には神が乗っているのは間違いないが、敵は、神だけではないはずだ。大量の神人が転送されてきたとしても、なんら不思議ではない。飛翔船には、転送機能がある。
「じゃあ、どうするの?」
と、ラムレシアに尋ねてきたのは、蒼い鱗の飛竜だ。サイファリア。蒼い花を意味する名は、ラムレスがユフィーリアを拾ってきた時期に生まれたことを示している。花の名を持つ飛竜の多くが、そうだった。それもこれも、それら飛竜がユフィーリアの兄弟になって欲しいというラムレスの意向によるものであり、実際、ユフィーリアと花の名を持つ飛竜たちは本当の兄弟のように育った。特にサイファリアとは仲が良く、魂を分け合った双子のようだと、よくいわれたものだ。
サイファリアがやっとの想いで人語を習得したのも、ユフィーリアと思う存分話し合うためであり、その愛情の深さは、やはり本物の姉妹、家族であることの証なのではないか、と彼女は想うのだ。
「わたしが船の壁を壊す。その瞬間、皆で船を壊せ。それで終わるわけはないが、まずは船を落とすことに全力を注ぐ」
「うん、わかったわ。無茶はしないでね」
「わかっている」
竜王への転生を果たしたにも関わらず、心配されていることに苦笑しつつ、サイファリアの側を離る。ケナンユースナルに目線を送ると、ラムレシアを除いて最年長の飛竜は、厳かにうなずいた。飛竜たちの指揮は、彼に任せておけば安心だ。
前方、敵大型飛翔船が船首をこちらに向けている。よく見れば、船首に砲塔が出現していた。神威砲と呼ばれている代物だ。その発射の瞬間、飛翔船は防御障壁を解かなければならないというが、果たして、この状況下でみずから弱点を曝け出すようなことをするものだろうか。ラムレシアは、疑問を抱きながら、ケナンユースナル以下、すべての飛竜たちに散開を命じた。
敵飛翔船が狙い撃ちにするとすれば、自分以外には考えられない。
この飛竜の群れの中でもっとも強大な力を持るのは、ラムレシアなのだ。
だが、少し待っても砲塔に変化は見えなかった。
(やはり、撃たない、か)
神威砲の威力にすべてを賭けるよりは、防御障壁を維持しつつ、ほかの攻撃手段を模索するほうが得策と考えたのだろうが。
(だとしても、もうどうしようもないのだ)
ラムレシアは、羽撃き、一瞬にして飛翔船に取り付くと、吼えた。
破壊を意味する竜語は魔法となって吹き荒び、大型飛翔船の防御障壁を根こそぎ消し飛ばす。
そして、間髪を容れず無数の魔法が飛翔船に殺到し、爆砕の嵐が巻き起こった。




