第二千七百十一話 数だけは多い(二)
セツナにとって、飛翔船の撃墜そのものほど楽なことはなかった。
特にウルクナクト級の飛翔船を除く小型の四隻は、完全武装状態でなくともその防御障壁を打ち破ることが可能だったこともあり、彼は瞬く間に二隻の飛翔船を沈めることに成功している。“破壊光線”による開戦の合図の直後、まず一隻を急襲、防御障壁ごと船体に風穴を開け、敵船隊の迎撃態勢が整うより早くもう一隻に飛び移り、これを撃沈した。セツナと黒き矛によって船体に大穴を開けた飛翔船は、飛行能力を失っただけでなく、力の制御手段を失ったのか、空中で爆発四散した。
二隻の飛翔船が大爆発を起こせば、天地が震撼するほどの衝撃と轟音が鳴り響く。
その中を無数の神人が飛び出してきて、セツナを包囲した。
神人がどれほど集まったところで、所詮は神人に過ぎない。無論、人間や皇魔に比べれば格段に凶悪であり、油断をすれば命取りであることは確かだが、かといって油断さえしなければ、隙さえ見せなければ、後れを取るような相手ではない。そしてセツナは、たとえ相手が雑魚であったとしても、油断をすることも、隙を見せることもない。
召喚武装エッジオブサーストを追加で呼び出し、メイルオブドーターと同化させると、強化された飛行能力によって何千もの神人による一斉攻撃をかいくぐって、数多の神人を“破壊光線”で薙ぎ払った。そして、敵の大型飛翔船が船首をこちらに向けていることに気づく。飛翔船の船首には、神威砲が格納されていることを思い出したときには、その巨大な砲塔が迫り出していることを確認している。砲口に輝きが満ち、莫大な量の光が視界を塗り潰す。
神威砲。
まさに神の御業たるそれは、圧倒的な破壊力によって、セツナの周囲の神人ごと、いや、空間そのものを消し飛ばすが如く猛威を振るった。何百体もの神人がその光の奔流の中で消滅したのだろうが、セツナは、生き残っている。エッジオブサーストとの同化によって強化されたメイルオブドーターの翅は、強力な防壁となってセツナを守り抜いたのだ。
神威砲を耐え切った直後、三隻目の飛翔船に殺到、防御障壁を突き破り、天蓋をぶち抜き、船体に“破壊光線”を叩き込み、即座に離脱すれば、大爆発が彼の背中を押した。そうする間にも神人の猛攻は止まらないし、数も増え続けている。
大型飛翔船を中心とする空域には、翼を持った神人だけで優に五万体はいた。
「数だけは多いな」
セツナは苦笑とともに告げ、四隻目の飛翔船に飛びかかった。
飛翔船は全部で五隻。
最大のものは、ウルクナクト号と同等の質量を誇る飛翔船であり、船体は真紅に燃える炎のようだった。大きさのみならず、形状もウルクナクト号に似ているのだが、船全体に用いられる色彩や細部の違いもあってか、全体的に別物の印象を受けた。ほかの四隻は真紅の船に比べると遙かに小型であり、これらは完全にウルクナクト号とは別物だ。それら五隻の飛翔船からなる船体は、当然、こちらの接近に気づき、迎撃態勢に入ろうとしていた。つまり、すべての飛翔船が船首をこちらに向けてきたのだ。
船首に格納された砲塔が迫り出してくると、砲塔に光が集中し始める。それは神威の光であり、絶大な破壊力を誇る神威砲の前触れといってもいい。五隻の飛翔船による神威砲の斉射を食らえば、さすがのハサカラウも一溜まりもないのではないか。ハサカラウは本調子ではない。本調子ならば、三十隻の飛翔船による一斉砲撃さえ耐え抜いてみせると豪語した彼だが、いまは五隻すら危ういような気がした。
シーラのそんな不安を感じ取ってなのか、ハサカラウがその巨躯を急上昇させた。神威砲の射線から外れようというのだろう。そして、彼はいってくる。
「征くぞ、神子よ」
当然のように神子としてシーラを扱おうとする厚かましさに、彼女は閉口しかけた。だが、沈黙していれば、受け入れられたと思い込みかねないのがハサカラウの怖いところだ。反論せざるを得ない。
「だれが神子だ」
「まあいいじゃねえの」
「よくねえよ、俺はセツナのものだ」
「よくもまあそんなことを恥ずかしげもなくいえるもんだ」
「うるせえ!」
エスクにとっては他人事だからそんな風にいえるのであり、彼女は、彼を恨めしげに睨んだ。エスクは涼しい顔で前方を見遣っている。五隻の飛翔船を下方に捉えるほどの急上昇だが、飛翔船も飛翔船だ。砲塔のみならず、船体そのものを動かすことでハサカラウを射線に捉えたまま、神威砲の発射準備を整えようとしている。砲口の光は、次第に輝きを増しており、発射まであとわずかという状況に見えた。
「お、おい、本当にだいじょうぶなのか?」
「我を信じよ。我は神なり。信じる心が力となって、汝らを護るであろう」
「だとよ」
どこかいたずらっぽいエスクのまなざしに対し、シーラは強く睨み返した。そののち、ハサカラウに話しかける。
「信じる、信じるから……俺に力を貸してくれ」
三つ首竜の首の一本が、こちらを見下ろしたまま、静かにうなずいた。と、想うと、三つ首竜の全身が黄金色に輝いた。神威の拡散。いや、収束なのか。暖かみを持った力がシーラにも集まるのがわかる。神の加護とはまさにこのことで、その心強さたるや、想像を超えるものがある。
シーラは、斧槍型召喚武装ハートオブビーストを握り締めている。ハートオブビーストの最大能力ナインテイルを用いるには、莫大な量の血が必要だ。血を触媒として発動する能力。故に強力無比でもあるのだろうが、常に使えるわけではないのが問題でもあった。そんな彼女と召喚武装の問題は、ハサカラウの加護によって解決された。
シーラに集まった神威には膨大な量の血が混じっていた。それはおそらく、この天地に刻まれた血の記憶であり、歴史そのものといっていいのだろう。
「おおおおおっ!」
彼女は叫び、ハートオブビースト・ナインテイルを発動した。ハートオブビーストの力が爆発するように膨れ上がり、シーラを包み込む。シーラだけではない。エスクも、ハサカラウも、その影響下にあった。体内に流れ込む力が血液を逆流させるかのようであり、物凄まじい熱量が体内を駆け巡る。熱い。自分が自分でなくなるような、新たな存在に生まれ変わるような、そんな感覚。何度となく経験したそれは、ナインテイルの発動の成功を意味していた。
前方下方、五隻の飛翔船が神威砲を発射する瞬間を捉えた。五つの光は、一瞬にして彼女の視界を白く塗り潰し、破壊的な力の奔流が彼女たちを飲み込んでいく。圧倒的な破壊の力。神さえも吹き飛ばしかねないその力は、しかし、神の加護を受けた獣神の前では意味をなさない。
シーラは、白毛九尾の狐として、降臨した。
ハートオブビーストの能力は、シーラ自身の肉体に変化をもたらす。ナインテイルの場合は、白い狐の耳と九つの尾、不可思議な装束がシーラの肢体を包み込むのだが、その九つの尾を用いることでさらなる変化を果たすことができた。それが巨大獣への変化だ。九つの尾で作り出した巨大な九尾の狐の体は、五つの神威砲の直撃を受けてもびくともせず、エスクとハサカラウをも守り切ったのだ。
四肢でもって大地に降り立った白毛九尾の狐は、山々よりも巨大かつ圧倒的な存在感を放ち、ネア・ガンディアの船隊を威圧した。
「これなら、俺、いらなくねえか?」
「そうだよ」
「ひでえ」
エスクは憮然としたようだが、事実は事実だ。このままでは、彼の出番はない。
「俺とハサカラウ様だけで十分だ」
「さすがは我が神子よ」
「だれが神子だ、だれが」
「ここまで我に頼っておいて、まだ神子にならぬと申すか」
「いったはずだぜ、俺はセツナものだってな」
シーラは、四本の尾でもって小型飛翔船の四隻を撃墜して見せると、自身の背中に乗っているハサカラウに向かって、告げた。
「俺を神子にしたいってんなら、セツナを越えてみな。そうしたら、少しは考えてやってもいいぜ」
もっとも、セツナを越えたからといって、ハサカラウに乗り換えることなど万にひとつもありはしないのだが。




