第二千七百八話 それぞれの戦い(一)
目的は、ネア・ガンディア軍飛翔船の撃墜および敵戦力の撃破。
少しでも多くの敵を撃ち倒し、リョハンに到達しうる戦力を限りなく少なくすること。
それこそ、本作戦の第一段階だ。
そのための戦力配分には多大な不満の残るところではあるが、リョハン側の戦力を鑑みれば、致し方のないことだということもわかっている。
第一に、セツナと一緒に戦うというだれもが持つ希望は叶えられなかった。どれだけミリュウが我が儘をいい、ウルクや彼女が意見を述べようとも、セツナたちが考え抜いた戦力配分を覆すことなどできなかったのだが、それはいい。いつものことではあったし、セツナが単独で一方面を担当するというのは、圧倒的な戦力差、兵力差を補うためには仕方のない判断だった。
完全武装状態のセツナは、おそらくリョハンにいるだれよりも強い、と、神々はいう。万全の状態のラムレシアならば考慮の余地はあるそうだが、現状では、完全武装状態のセツナに敵うものはいないということだ。それほどの力を持つセツナに下手な援護など不要だろうし、むしろ足を引っ張る可能性のほうが高い。故にセツナは単独で一方面を担当することとなった。
敵船団は、リョハンを包囲するべく六方向から迫っている。
セツナが担当したのはリョハン北方を迫り来る船隊であり、彼女は、北西の船隊を担当することとなった。無論、彼女はひとりではない。
(わかっている。わかっているが……)
「さっきからなに腕組みしてんだ?」
「うむ。難しい顔をして、どうしたのだ?」
隣に立つ男と前方頭上よりこちらを覗き込んできている龍の視線に、シーラは、甚だ不服を覚えざるを得なかった。
シーラとともに北西の船隊を担当することになったのは、エスクと、龍神ハサカラウなのだ。つまり、一柱の神とふたりの人間だけで、五隻の飛翔船をどうにかしろ、ということだが、その戦術そのものの難度についてはどうこういうつもりはない。リョハンの戦力で、ネア・ガンディア軍に対抗するには、それくらいのことができなければどうにもならないのはわかりきっていたことだ。リョハンの護りを手薄にすることもできない上、包囲が完成すれば、手の打ちようがない。
たとえリョハンに乗って遙か上天へ逃げたところで、地上に降りたとき、攻撃されるだけのことだ。リョハンが自給自足で事足りるのであれば、飛翔船も届かない上天を漂い続けることもできるのかもしれないが、それは不可能だ。自給自足では、全住民を賄えない。
空を飛び、逃げ続けることは、不可能ということだ。
敵も空を自由に飛ぶ。遙か彼方の大地に逃げたところで、追いかけてくるだろう。しかもそのときには、さらなる戦力を連れてくる可能性もあった。
『リョハンが今後平穏な日々を取り戻すためには、ネア・ガンディアを諦めさせるしかない。そして、ネア・ガンディアを諦めさせるには、完膚なきまでに叩きのめすしかないんだ』
つまり、この度の戦いで求められるのは、リョハン側の完勝であり、それによってネア・ガンディア側にリョハンを攻撃することの旨味がまったくないことを理解させることだ。ネア・ガンディアはこれまで二度に渡ってリョハンへの侵攻を企て、実行に移し、失敗に終わっている。にも関わらず、三度目の攻撃を行ってきたということは、ネア・ガンディアにリョハンに対して執念の炎を燃やしているものがいるのかもしれないのだ。その心を折るには、徹底的な敗北を叩きつけ、リョハンを攻撃することの無意味さを思い知らせなければならない。
全飛翔船の撃墜が作戦目標となっているのも、そのためだ。
ネア・ガンディアとて、無尽蔵に資源や労力があるわけではあるまい。飛翔船の建造には、多大な費用や資源を投入しているはずであり、それらを破壊し尽くすことは、痛手に繋がるはずだ。
そのための各方面船隊攻撃部隊なのだ。
シーラは、龍の背に乗っている。
龍神ハサカラウが変化した三つ首龍の背だ。人間の身の丈の十倍はあろうかという巨躯ではあるが、ハサカラウの本来の姿に比べると格段に小さかった。まだ本調子ではないのだ。本来ならば九つの首を持つ龍の姿を取り、さらに人間に似た姿へと変容することも可能なのだが、ザルワーン島での戦いがいまもなお尾を引いているようだった。ネア・ガンディア軍を撃退するべく力を尽くした結果だ。
そしてそのことについては、シーラも感謝していたし、ハサカラウを見直しもした。
とはいえ。
『エスクはともかく……ハサカラウ様と組めってのか?』
作戦概要と戦力配分を通達されたあと、シーラは、セツナとふたりきりで話す機会を得た。セツナは、申し訳なさそうな表情をした。
『ハサカラウ様がさ、シーラじゃなきゃ嫌なんだと』
『はあ!?』
シーラが素っ頓狂な声を上げたのは、当然だった。シーラたちの願いは尽く却下されたばかりだったこともあるが、なにより、ハサカラウというのが、どうにも納得できなかった。
『あっちの我が儘は聞いて、こっちの言い分は聞かねえってのは、不公平――』
『いいたいことは、わかる。うん、不公平だよな』
そしてセツナは、手を合わせ、拝むように頼み込んでくるのだ。
『でも、リョハンのためなんだ。頼む』
『……別に、聞かないわけじゃねえよ。俺は、セツナの家臣だからな。命じてくれればさ……』
とはいいつつも、彼女は、自分がセツナに対して極端に弱いことを認め、なんともいえない気持ちになった。セツナにはそんなつもりなどはないのだろうが、彼女にとって、彼は弱点そのものといって良かった。セツナに頼まれれば、なんだって聞いてしまう。聞かざるを得なくなる。惚れた相手だ。こればかりは本当にどうしようもない。
『いや、そうはいっても、ハサカラウ様の我が儘を聞いてもらうんだ。戦いが終わったら、シーラも我が儘をいってくれていいよ』
『は……!?』
シーラは、またしても素っ頓狂な声を上げかけて、みずからの口を塞いだことをつい先程のことのように覚えている。
『俺の……我が儘?』
『俺にできることならなんだってするよ。約束する』
『え……あ……お、おう! 任せとけ!』
目の前に餌をぶら下げられて俄然やる気を燃え上がらせる自分に我ながらあきれかえったのは、それからものの数分後のことだが。
「今度は気味の悪い笑顔になりやがったぞ、こいつ」
「むう……不穏な」
「なにがだよ!」
慌てて緩んだ表情を引き締めなおし、彼女は叫んだ。
龍の背の上にはシーラとエスクのふたりしかいないが、三本ある龍の首のうちのひとつが、前方からこちらを見下ろしている。ハサカラウは、シーラを常に視界に収めていたいらしい。なにがそこまで彼を駆り立てるのかはわからないが、それは、シーラも似たようなものかもしれない。
シーラは、恋い焦がれている。
彼女の中のセツナへの想いは、日々、増し続けていた。彼が強く、雄々しくなるたびに惚れ直し、自分の恋が間違いではなかったと再確認するのだ。そして、彼とともにいられることの幸福を噛みしめている。
故にこそ、彼女は奮起する。
「さあ、とっとと飛翔船を沈めるぞ! それが俺たちの任務なんだからな!」
「そりゃあそうだが」
「急にやる気になるのはどういうわけなのか」
「うるせえ!」
叫び、エスクとハサカラウの茶々を掻き消した。
ハサカラウは、既に敵船隊を視界に捉えている。
リョハン北西。
ところどころ結晶化した山岳地帯の上空を目にも鮮やかな真紅の飛翔船が飛んでいた。




