第二千七百五話 準備(四)
「ウルク!?」
不意に呼び止められたのは、彼女がその建物に入り込み、波光に導かれるままに進んでいるときのことだった。建物内部の作りは簡素で、部屋数こそ覆いものの、部屋と通路、部屋と部屋の間に扉はなく、そのため、自由に歩き回ることができた。その点は、いい。だが、危機管理の面から見れば、問題だらけだといわざるをえない。無論、いまはそれが彼女にとって有利に働いているのだから、なにもいうことはないのだが。
声を振り返れば、見知った人間がいた。ファリアと、彼女によく似たもうひとり、ミリア=アスラリアといったか。レオナも、銀毛の獅子の鬣に埋もれるようにして、いる。
「ファリア? ファリアがどうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ。あなたがどうしてここにいるの?」
ファリアが驚きに満ちた表情でこちらに駆け寄ってきたが、ウルクには意味がわからなかった。ファリアが軍議の後、レオナ、レイオーンを連れ、ミリアとともに本部から去ったのは知っている。その彼女がなぜ、ウルクの目的地にいるのかはまったく理解できない。ファリアたちの波光を追跡したわけではないのだ。すると、ファリアとともに近づいてきたミリアが、ウルクの顔を覗き込んでくる。
「ああ、この子がウルクちゃんね」
「え、ええ」
「本当にあの子たちにそっくりね」
「え……ああ、そういうことなの?」
「あの子たちとは、だれのことですか?」
「イルちゃんとエルちゃんのことよ。こっちよ」
「え、あ、お母様?」
「イルちゃん、エルちゃん……?」
きょとんと小首を傾げたウルクだったが、ミリアに急かされるまま、彼女を追った。ファリアは仕方がないといった風についてきて、レオナを乗せたレイオーンもゆったりとした足取りで追いかけてくる。
やがて、建物の奥の部屋に到着するなり、ウルクは、ミリアが満面の笑みで二体の魔晶人形を抱きしめる様を目の当たりにした。
「この子たちよ! こっちがイルちゃんで、こっちがエルちゃん。可愛いでしょ?」
二体の魔晶人形。背格好こそウルクとは大きく異なるものの、概ね、似ているといっていいだろう。長い灰色の髪を束ね、左右に垂らしているのがイルという名前であり、後ろでひとつに纏めているのがエルという名前らしい。どちらも色鮮やかな衣装を着せられているが、だれの趣味なのかはわからない。
「おお、小さなウルクではないか」
「うむ、まさに」
「小さな……わたし」
ウルクは、部屋に入った瞬間から、二体の魔晶人形の視線が自分に注がれていることに気づいていた。
「あなたと同じ魔晶人形……よね?」
「魔晶人形であることは、認めます。しかし、わたしと同じではありません」
それは、紛れもなく魔晶人形だった。極めて人間に酷似した躯体は人体とは比べものにならない強度を誇る金属製であり、長い灰色の髪が魔晶石の目が特徴的だ。ウルクが感じた波光の源が、目の前の二体であるのは間違いない。つまり、二体の魔晶人形は、ウルクと同じく黒色魔晶石を心核としているということであり、セツナの波光を命の源としている、ということだ。その可能性については、想像していたことではある。
なにせ、自分とまったく同じ波光を感じたのだ。それは黒色魔晶石から発散される波光であり、ほかの生物が発せられるものではないはずだった。ならば、黒色魔晶石か、黒色魔晶石を心核とした魔晶人形があるとしか考えられない。
自分以外の魔晶人形が存在することそのものに驚きはない。
かつて、最終戦争においては、膨大な数の魔晶人形と戦闘した記憶がある。しかしながら、量産型魔晶人形は、心核に用いられた魔晶石がウルクとは異なるものであり、故にそれら魔晶人形から感知した波光は、いま目の前にいる魔晶人形たちともまったく異なるものだったことを覚えている。つまり、その当時大量生産された魔晶人形とは、出自を異にするということが考えられるのだが、だとすれば、どういうことなのか。
いやそもそも、なぜ、魔晶人形がリョハンにあるのか。
リョハンは、北の地だ。魔晶人形が生産されるとすれば、神聖ディール王国領以外には考えられない。
神聖ディール王国とリョハンは遠く隔てられている。大地が引き裂かれ、海がすべてを別ったいま、隔絶されたといっても過言ではないはずだ。
「厳密にいえば、そうでしょうけど……」
「これはいったい、どういうことですか?」
「どういうこと……っていわれてもね。わたしにもわからないのよ」
「わからない?」
「随分前にね、リョハン周辺の警戒をしていた部隊がこの子たちを見つけたのよ」
そうして、ファリアは、知っている限りの情報を伝えてくれた。それによると、リョハンの周辺領域調査部隊が発見したのは、三体の魔晶人形であり、まったく動けないそれら三体は、リョハンに持ち運ばれ、調査された後、蔵に封印されていたという。まったく反応を示さず、起動する様子もない魔晶人形など、置物にしかならないからだ。
そんな魔晶人形たちが起動したのは、セツナがリョハンに来てからのことであり、セツナの波光を受け、心核たる黒色魔晶石が励起したのだろうことは想像に難くない。三体の魔晶人形は、まるでウルクのようにセツナの前に現れ、セツナの命令に従ったことから、ウルクと同じ種類の魔晶人形ではないかと推定されたとのことだ。そして、アル、イル、エルと名付けられたというが、名付け親はレムであるらしい。
ちなみに、三体の内、アルは、アズマリア=アルテマックスの依り代として活用されたため、この場にはいないとのことだった。
「わたしたちにわかるのは、この子たちがあなたと同じような魔晶人形だということだけ。それ以外はなにもわからないわ」
「そうですか」
ウルクは、ファリアの話を受けて、二体の魔晶人形の目の前に進み出た。ミリアの腕から解放された二体は、まっすぐにウルクを見つめている。無表情はウルクとなにひとつ変わらない上、顔の作りもよく似ている。その視線が自分に集中している理由は、なんとなくわかる。同じ波光を発振しているからだろうし、それ以外には考えにくかった。
「ウルクちゃんなら、なにかわかるかしら?」
「それを期待していたのですが……どう、ウルク。なにかわかりそう?」
「ひとつ確かなことは、黒色魔晶石を心核として機能しているということ。故にわたしと同じ波光を発していて、わたしはそれに引き寄せられた」
ウルクは、イルとエルの前で屈み込むと、目線を二体と同じ高さにした。イルとエルがまるでなにかを訴えてくるかのようなまなざしを向けていたからだ。イルとエル。二体とも、魔晶人形としての完成度は高いのだろうが、しかし、ウルクのように自我を持っているわけでもなければ、自分で考え、言語を駆使する能力はなさそうだった。感情もないのだろう。だが、その視線には必死なものを感じる。なにかを伝えたがっている、そんな気がするのだ。
「引き寄せられた……」
「もしかして、この子たちがウルクちゃんを呼んだのかしら?」
「まさか」
ウルクは、ミリアの考えを否定しようとして、二体の魔晶人形の視線に力を感じた。魔晶石の目が強く輝き、光線となってウルクの目に注がれる。凍てつくような青い光。その光を受け止めた瞬間、ウルクは、自分の中に膨大な量の情報が流れ込んできたのを認めた。
荒れ果てた大地が見えた。その大地の形には見覚えがある。かつて彼女が生まれ育った場所によく似ていたのだ。しかし、その荒廃ぶりは、彼女が駆け抜けた大地とはかけ離れていて、一致しない部分のほうが覆い。その荒れ果てた大地には、ひとつの城塞が聳え立っていた。記憶上にはかけらも存在しない城塞は、だが、よく知っている気がした。城壁も楼門も門扉も、外から見える建物もすべて、精霊合金製だったのだ。そして、城壁上を巡回する無数の魔晶人形を目の当たりにしたところで、彼女は我に返った。
目の前に二体の魔晶人形がいて、じっとこちらを見ている。精霊合金製の城塞を巡回する魔晶人形は、二体とそっくりだった。
「あなたたちは、この情報を伝えるために、わたしを探していたのですね?」
ウルクが質問すると、二体の魔晶人形は声もなくうなずいた。
ウルクは、立ち上がり、ファリアたちを振り返った。皆、なにが起こったのかわからないという表情だが、構いはしない。告げる。
「ファリア。わたしにはやらなければならないことがあるようです」




