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第二千七百四話 準備(三)

 シーラは、木槍を手にしている。

 長い柄を右手だけで握り、半身に構え、相手の出方を窺っている。

 対峙するは、エリルアルム。シーラよりも遙かに上背があり、肉体的に大いに恵まれた女傑もまた、木槍を手にしていた。両手に握り、大上段に構えている。その気迫たるや物凄まじいものであり、彼女がこの戦いにかける想いの強さがひしひしと伝わってくるようだった。

 場所は、護峰侍団本部の訓練施設だ。ウルクナクト号の訓練室を使いたかったが、訓練室を始め、あらゆる機能が使用不能となっている以上、別の場所で訓練するしかなかった。なぜ船の機能が使えないかといえば、マユラ神がセツナとともに行動し、船を離れているからだ。

 船は現在、この空中都市の南側に乗り付けている。ウルクナクト号が乗り付けるにはちょうどいい場所があったのだ。マリク神が船着き場を用意してくれたのかもしれない。マリク神のことだ。ありえない話ではない。

 それは、ともかく。

 軍議によって定まったのは、リョハン連合軍の行動方針だけであり、戦術や策などはなんら決まっていなかった。

 それもそうだろう。

 敵の数が圧倒的であろうことくらいしか判明しておらず、出方もなにもわからないのだ。敵の戦術を利用した戦い方などはできないだろうし、空中都市を中心とする防衛網を張り巡らせるには、こちらの戦力が足りなさすぎる。空中では地形を利用することもできないし、敵軍の戦力構成によっては、地形を利用しても意味がない。軍議がまったく進まなかったのも、当然だった。 

 そのため、セツナが神々を招集し、戦術会議を開催すると言い出したのだろうし、神々に任せるのが一番だろうというセツナの考えには大きな納得がいった。普通ではない状況に対応するには、人間の思考というのはあまりに硬すぎる。柔軟な思考、発想のできないものには、この状況を打破するような戦術は見いだせまい。

(それは俺も同じだ)

 シーラは、ハートオブビーストを手にしているような感覚で、木槍を構え直した。両手で握り、切っ先を地面に向ける。

 エリルアルムは、ソウルオブバードの使い手だ。かつて、アバードの武装召喚師セレネ=シドールによって呼び出されたそれは、シーラが愛用するハートオブビーストの対となる存在といっても過言ではない。セレネ=シドールからザイード=ヘインの手に渡り、シーラの元へ来たときには、クロナ=スウェンが扱うようになった。クロナは最終戦争中、命を落とし、使い手を失ったソウルオブバードは、エリルアルムの手に渡った。

 シーラは、彼女がソウルオブバードを使っていることについて、なんの疑問も持たない。

 召喚武装は、使い手を選ぶものだ。

 黒きカオスブリンガーがセツナにしか扱えないように、だれもが同じ召喚武装を扱えるわけではない。召喚武装は意思を持つ。どれだけ能力があろうとも、召喚武装に拒絶されれば、どうしようもないということだ。つまり、エリルアルムがソウルオブバードを扱えているということは、クロナのつぎの使い手に選ばれたということにほかならない。

 それならば、それでいい。

 元々、クロナ専用の召喚武装ではなかったのだし、クロナが命を落とした以上、使い手が変わるのは当然のことなのだ。むしろ、敵の手に渡らなかっただけ、喜ぶべきだろう。しかもエリルアルムは、今後、シーラたちとともに戦うつもりのようなのだ。

 この木槍による訓練も、エリルアルムから申し込まれたのだ。

 エリルアルムは、セツナとともに戦える日が来ることを待ち望んでいたという。しかし、ついにそのときが来たいま、不安もあるのだそうだ。“大破壊”後、龍府にあった彼女は、たまに戦うことこそあったものの、その絶対数は少なく、実戦感覚が失われている可能性も否定できないのだ、と。だからこそ、シーラと全力でぶつかり合いたいのだ。

 シーラは、そこまで考えて、鋭く息を吐いた。地を蹴り、滑るように前に飛ぶ。一足飛びに間合いを埋め、木槍でもって突き上げるような一撃を放てば、エリルアルムが雷撃のような一撃を落としてくる。木槍同士が激突し、凄まじい音を立てる。

「ひゅー」

 ふたりの激しさを賞賛するつもりなのだろう口笛が聞こえ、シーラは咄嗟に飛び退いた。一瞬、気が抜けた。その好機を逃さないエリルアルムではない。木槍が虚空を薙ぎ払い、切っ先がシーラの眼前を駆け抜ける。気の緩みが窮地を招くのは必然だが、予期せぬ妨害にあったのも事実であり、シーラはエリルアルムの続けざまの猛攻を受け流しながら、訓練所の壁にもたれかかっている男を睨んだ。エスクだ。彼はネミアとともにシーラたちの訓練を見学していた。

(鬱陶しい!)

 シーラは叫びたかったが、いまは目の前の相手に注力するべきだった。透かさず思考を切り替え、反撃に出る。エリルアルムの木槍を捌き、踏み込む。相手が退いた。さらに突っ込み、切っ先を突き入れる。弾かれた。が、逆らわず切っ先を旋回させ、さらなる攻撃に繋ぐ。流れるような連続攻撃。今度は、エリルアルムが防戦一方となる。

「皆様、このようなところにおられましたか」

 不意に飛び込んできたのは、聞き知った声だ。レム。

「どうしたんです? レム殿」

「エスク様にネミア様、それにシーラ様とエリルアルム様にお伺いしたいのですが、ウルクを見ませんでしたか? 先程から探し回っているのですが、見つからないのです」

「ウルク?」

 シーラはエリルアルムに目配せをして、飛び退いた。手を止め、レムに目を向ける。相も変わらぬ女給服の少女は、訓練所の出入り口に立っている。その近くの壁にもたれているのがエスクであり、そんな彼にしなだれかかっているのがネミアだ。

「ウルクならここから出て行くのを見たが」

「どちらへ向かったか、わかりますか?」

「いや……そこまでは見てないな。なにせ、ウルクのことだからな」

 シーラは、頭を振った。ウルクが自発的に行動することは、考えにくい。

「セツナかレムの命令に従っているものだとばかり」

「俺もそう想ったが……違うんです?」

「ええ。御主人様は、わたくしどもにはここで待機しておくよう命じられましたから。あの子が勝手に行動するようなことなど、そうあることではないのですが……」

 だからこそ、レムは心配なのだ、といわんばかりの表情をした。

 

 ウルクは、自分がなにをしているのか、よくわかっていなかった。

 ただひとつわかっていることは、主の命令を無視しているということであり、それは彼女の今後の立場を極めて悪くするものだということだ。故にいますぐにでも護峰侍団本部に戻るべきなのだが、どういうわけか、彼女は空中都の市街地を進んでいた。

 護峰侍団本部を抜け出すなり、建物の屋根に飛び乗ると、そこから屋根伝いに移動を続ける。屋根から屋根へ飛び移るのだが、そのことを咎めるものはいない。ネア・ガンディアとの戦いを控え、リョハン市民は避難済みだったし、リョハンの戦力は入念な準備を行っている最中だった。

 ウルクの行動を止めるものはいない。

 いるとすればウルク自身だが、ウルクは、まるでなにかに引き寄せられるようにして、空中都のある一点に向かっていた。

 空中都の北側、神殿のような建物の中から、それを感知している。

 波光だ。

 それも、ウルクと同じ周期の波光であり、特定波光によって励起した黒色魔晶石のみが発する波光以外のなにものでもなかった。

 だからこそ、彼女は主の命令を振り切って、護峰侍団本部を飛び出した。

 自分と同じ波光の持ち主がほかにいるとわかれば、飛び出さざるを得ない。

 それは、魔晶人形以外のなにものでもないのだ。



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