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第二千七百三話 準備(二)

「本当に驚きました」

 ファリアは、以前となにひとつ変わらない戦宮の様子を見て回りながら、素直な感想を述べた。隣を歩くのは彼女の母親にして、現在、戦女神代理を務めるミリア=アスラリアだ。リョハンに帰り着いてからというもの、ようやく母と話し合う時間が持てたのは、一先ずの軍議が終わってからのことだ。

 とはいえ、動員しうる戦力が確定し、方針としてネア・ガンディアを撃退することが決まっただけであり、肝心の戦術や策などは決定していない。戦術に関しては、セツナが神々に相談することにしたため、彼に任せることになったのだ。人間が雁首揃え、頭を突き合わせて戦術を練るよりも、圧倒的な思考力を誇る神々に相談するほうが遙かに増しだろうというセツナの考えに反対するものはいなかった。なにより、リョハン自体、守護神に頼り切りなのだ。

 ヴァシュタリアから独立し、自由を得たリョハンだが、マリク神に頼ることは、もはや恥でもなんでもなかった。神の助けがなければ、リョハンはとっくに滅び去っていたのだから。

 そして、ファリアたちは、セツナと神々が下した判断に従うだけでいい。神々ならばきっといい戦術を編んでくれるだろうし、セツナがその妥当性を判定してくるのだから、なんの心配もいらない。

 心配があるとすれば、セツナのことだけだ。

「でしょう? わたしだって、驚いたもの」

 ファリアとまったく同じ髪色に似たような背格好、容貌のミリアが並んで歩いていると、母子というよりは姉妹のようだと評判だった。ファリアが年を取ったというよりは、ミリアが若々しいままなのだ。ミリアいわく、その点に関してはアズマリアに感謝しなければならない、とのことだが、おそらくはアズマリアの依り代となっていたがため、肉体が老いにくかったということだろう。どういう原理かは不明だが。

「わたしも驚いたぞ」

「うむ」

 自分の存在を主張するように声を上げてきたのはレオナであり、レイオーンが低くうなずく。白銀の獅子とガンディアの王女は、戦闘に巻き込まれないよう、ミリアに預けることになっていた。戦いが終わったとしても、リョハンに残ってもらうつもりであり、そのことは既に了承を取り付けている。

 レオナとしては船に乗り、ともにネア・ガンディアと戦いたいという気持ちが強かったようだが、セツナに説得され、納得したようだ。主君たるもの、どっしりと構えて家臣の報告を待っていればいい、というセツナの言い分は、理に適ってはいる。

「それをいえば、空飛ぶ船もだが」

「リョハンのほうが驚きは大きい」

「うむ!」

「そうでございましょう、レオナ様」

 ミリアがレオナに注ぐまなざしは柔らかく、好意に満ちあふれている。レオナがその年齢からは想像もつかないほどに聡明でありながら、年相応の可憐さを併せ持っているのだから、魅了されざるを得ない。その気持ちは、ファリアにもわかった。

「リョハンにまさかそんな真実が隠されているなんて、だれも思いつきもしなかったはずよ。お母様だって、きっと」

「でしょうね。だれが……空中都市が本当に空中に浮かんでいるから名付けられたなんて想うものですか」

「うふふ。まったくよね。まったく、不思議で……いまでも信じられないわ」

 ミリアは、茫然と、いった。

 彼女のいいたいことはわからないではない。リョハンが空を飛ぶとはじめて知ったとき、彼女はどれほどの衝撃を受けただろうか。言葉で聞いたときは信じられなかっただろうし、実際に空を飛んだとき、動転したのではないだろうか。ミリアだけではない。リョハンに住むすべてのひとびとは、この都市が山の一部ごと空に浮かんだ事実に度肝を抜かれたに違いない。

 ファリアたちですら、空から降りてきたリョハンに仰天するほかなかった。当事者ならば、なおさらだ。その驚きは、いまもひとびとの胸の中に疼いているのかもしれない。

 そんな風に考えながら、人気のない戦宮を歩いていると、ミリアが突如、頭を下げてきた。

「でも、それはいいとして、ごめんなさいね」

「はい?」

「戦いに巻き込んでしまったことよ。あなたたちに頼ろうと提案したのはマリク様だけど、賛同したのはわたしたちだしもの」

「なにをいっているんですか」

 ファリアは、憤然といった。

「リョハンは、わたしの生まれ故郷で、わたしは戦女神ですよ。リョハンを護り救うのは当然のこと。セツナや皆もわかってくれていますし、なんの心配もありませんよ」

「うむ。ネア・ガンディアの野望はなんとしてでも食い止めねばならぬ。そのためならば、セツナたちを貸し出すなど当たり前のことなのだ。存分に扱き使うが良いぞ」

 獅子の後頭部、鬣に埋もれるようにしてしがみついたまま、レオナはいった。その言動からは王者の資質が窺い知れるし、度量の大きさもわかるというものだ。彼女が成長すれば、立派な女王になれること間違いないが、そのためには、ガンディアという国を取り戻さなければならない。

(とりもどす……か)

 ネア・ガンディアを討てば、取り戻せるのか。

 仮政府をネア・ガンディアから解放し、仮政府を基盤として、ガンディアを建て直すのか。

 いずれにしても、簡単なことではないだろうが。

「ありがとうございます、レオナ様。ファリア様」

 ミリアは深々と頭を下げ、戦女神と獅子姫に感謝を述べた。

 ファリアは、自分こそミリアに感謝するべきだと想うと、その体を静かに抱きしめた。


 ミリュウは、空中都の大書庫にいた。

 護峰侍団が管理しているというその施設には、古代から現代に至るまでの無数の書物が保管されており、武装召喚師たちが古代言語を学ぶにおいて大いに活用されてきたという。最近では、マリア=スコールが白化症治療に関してなにがしかの手がかりはないかと籠もりきりだったことが記憶に新しい。結局はなんの手がかりも見つからなかった上、当のマリアは、リョハンから消失してしまった。

 そのマリアがまさかベノアに移動していて、ミリュウたちより先にセツナとの再会を果たすなど、想いも寄らないことだ。

 そんなことに想いを馳せながら、ミリュウは、大書庫の書棚から書物を抜き出しては、エリナに手渡していく。エリナはミリュウが行くところには必ずついてきていたし、いまも一緒だった。ダルクスもだ。彼は既に両手が完全に塞がる量の書物を抱えていて、もはやエリナしか頼れなくなっている。

「この変でいいかしら」

「師匠! これ、どうするんですか!?」

「殴るのよ」

「はい!?」

「本の角って、痛いのよね、案外」

 ミリュウが本の角を触りながら述べると、エリナが愕然とした。

「いや、それはわかりますけど、本気ですか!?」

「冗談に決まってるでしょ。ちょっと調べ物よ、調べ物」

「なにを……?」

「さあ、なにかしら」

「さあ……って」

 エリナが困惑するのも当然だと想いながら、ミリュウはいくつかの本を手に取ると、ダルクス、エリナを連れて手近にある机に向かった。大書庫には、蔵書を読むための空間があり、そこには、いまはだれひとりいなかった。

 それはそうだろう。

 ネア・ガンディアとの激戦を間近に控えており、一般市民は避難し、リョハン中の武装召喚師が戦闘準備に入っている。大書庫に籠もって本を漁っている場合ではなかった。本来ならば、ミリュウたちとて、このようなことをしている場合ではない。

 そんなことはわかっているが、戦術が決まるまでは暇を持て余すのも事実であり、その持て余した時間を無駄にしたくないという気持ちが、彼女を古代の記録が封印された書庫へ誘ったのだ。

 知識は、力だ。

 それを彼女は知っている。


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