第二千七百二話 準備(一)
都合三度目となるリョハン防衛戦だが、この度も困難を極めるものになることは、だれの目にも明白だった。
敵はまだ戦力を展開さえしていないものの、大小三十隻にも及ぶ飛翔船を投入してきたことからもその意気込みが窺い知れており、ネア・ガンディアがこの度の戦いでもって、リョハンとの闘争を終わらせるつもりだということがわかるのだ。ネア・ガンディアは本気だ。本気で、リョハンを潰すつもりでいる。手加減など期待できるはずもない。
「敵は既にリョハンを包囲し、その包囲網そのものを狭めつつある。この調子ならば、あと二日もあれば神威砲の射程範囲に入るだろう。三十隻の飛翔船すべてがリョハンに向けて神威砲を放てば、さすがに持ち堪えられまい」
「結界の強度、以前よりは遙かに増しているんだけどね。確かに厳しいかも」
「とはいえ、こちらが先に動くわけにも行くまい。敵船はリョハンを遠方から包囲しているのだ。こちらが出向けば、そこに付け入る隙を見出すに違いないからな」
リョハンの新たな中枢部たる動力室に集った三柱の神は、それぞれに難しい顔をしていた。
神通石の中で腕組みするマリク神、神通石のひとつを我が物顔で座所とするマユラ神、そしてセツナの頭の上に鎮座するハサカラウ神だ。ハサカラウ神は、シーラに気持ち悪がられて以来、その姿を変化させ、翼の生えた蛇とも形容できる姿になっている。なぜセツナの頭の上でふんぞり返っているのかといえば、シーラに徹底的に拒絶されたからだ。これ以上嫌われてはシーラ神子化計画に支障が出る、ということで、セツナの頭の上に取り付いている。
シーラは、ザルワーンのために尽力したハサカラウの心意気には感謝しているし、敬意さえ持っているものの、だからといって神子になどなるつもりはない、ということでハサカラウ神と関わりたがらないのだ。ハサカラウ神もハサカラウ神で、すぐ調子に乗ってシーラに交渉するものだから、自業自得といえばそれまでだ。
さて、なぜセツナがハサカラウ神を頭に乗せ、マユラ神を連れて動力室にいるのかといえば、簡単なことだ。第三次リョハン防衛戦のため、神々の知恵を拝借しようと想ったのだ。
軍議の場では大見得を切ったが、彼の中の冷静な部分は、力押しでどうにかなる状況ではないことを理解していた。戦力差的には絶望的としかいいようのない状況であり、窮地も窮地だ。そんな状況で格好をつけている場合ではなかったし、やれるだけのことをやらなければきっと後悔するに決まっている。いや、後悔どころの話ではない。ここでリョハンを護れなければ、すべてが水泡に帰すといっても過言ではなかった。
セツナにとっても、リョハンは大切な土地なのだ。
「結界の強度が増している、というのは?」
「ああ、いっていなかったね。単純な理屈だよ。いまのリョハンは空中都とその周辺だけだろう? リョフ山全体を結界で覆うよりも、面積が少なくて済むんだ。その分、密度を上げられるというわけ」
「なるほど」
セツナは、マリク神の説明を聞いて素直に納得した。マリク神がリョハンの守護神たる所以がそこにある。彼は以前、リョフ山全域を包み込む強力な結界を築いていたのだが、その範囲たるやとてつもなく広く、それに比べれば、いまのリョハンを包み込む面積は半分以下どころではなく少なくなっているのは、想像に難くない。そして、覆う面積が狭くなれば、その分密度を高めることができるというのも、想像しやすい。
それでも三十隻の飛翔船が同時に火を噴けば、耐えられないかもしれないというのだから、恐ろしい。
「その上、神通石がぼくたちの力を増幅してくれるからね。安定的かつ強固な結界を作れるんだ。まあ、その場から動かなければ、だけど」
「どういうことだ?」
「高度を保ち続けるだけならまだしも、空中を移動する際、多くの力を推力に割かないといけなくてね。どうしても、結界が薄くなるんだ。まあ、並大抵の攻撃ではびくともしないけどね」
「じゃあ、地上に降りて、全力を結界に回せばさらに堅くなる?」
「そうだね」
「では、まずはそこからだな。リョハンを地上に降ろし、護りを完璧なものにするのだ」
「うーん……せっかく空を飛び回れるようになったのに、なんか残念だな」
「それで、神威砲の一斉砲撃に耐えられる?」
「いや、どうかな」
マユラ神は難しい顔をした。
「そう……だね。判断のしようもないね」
「じゃあやっぱり、敵船の数を減らすのが先決だな」
「それが一番ではあるが……」
翼持つ蛇は、セツナの頭の上で腕組みするように翼を交差させたようだった。三柱の神の中でもっとも小さくか弱い存在に見えなくもないハサカラウだが、それはザルワーンの戦いで力を使い果たしたからであり、いまは少しずつ回復しつつあるとのことだ。
「セツナのいうとおりだ。奴らが戦力を展開する前にできるだけ多くの船を落とす。それが最善であり、それこそが奴らの絶望となろう」
マユラ神がめずらしくセツナに同意すると、動力室内に浮かぶ映写光幕を見遣った。映写光幕には、リョハンを取り巻く状況が描き出されている。リョフ山上空に浮かぶ空中都市、それに乗り付けたウルクナクト号を中心とし、遠方を取り巻くようにして三十隻の飛翔船が浮かんでいる。
飛翔船三十隻のうち、ウルクナクト号よりも巨大な船が一隻あり、同型船が五隻、小型船が二十五隻の船団であり、小型船は、シーラの記憶によれば、かつて白毛九尾が撃墜した飛翔船とよく似ているらしい。
同型船なのだろうが、重要なのは、白毛九尾の攻撃で撃墜できたということだ。その情報が出てくるまでは、飛翔船には必ず神が乗っているものと想われていたが、どうもそうではないらしかった。なぜならば、白毛九尾の攻撃から船体を護れなかった飛翔船が存在するからだ。神ならば、白毛九尾の攻撃を受け流すことくらいは出来るはずだ。それができなかった。つまり、神を動力として必要しない型の飛翔船なのではないか、ということだ。そしてそれが本当ならば、リョハンにも大いに勝ち目が見えてくるというものだ。三十隻の船すべてに神が搭乗していた場合と、二十五隻の小型飛翔船に神が乗っていない場合では、戦力の差があまりにも大きい。しかも、白毛九尾の攻撃が通るということは、ほかの召喚武装の攻撃も通用するかもしれないのだ。
ましてや、神々の攻撃ならばさぞや効果覿面だろう。
しかも、敵の軍勢は飛翔船に乗っているわけではなく、転送装置によって運ばれてくるのだ。だからこそ小回りの利く運用法ができるのだろうし、自由自在に戦力を展開できるのだろうが、逆をいえば、転送装置たる飛翔船を潰せば、それ以上の戦力を展開することができなくなるということだ。無論、大型飛翔船や中型飛翔船に神が乗っているのは間違いない上、獅徒の存在も確認されているため、飛翔船を落とすだけでは勝ち目はない。
が、三十隻の飛翔船を野放しにして、敵の想うままの戦術を展開させるよりは遙かに増しだろう。むしろ、こちらの想うとおりの戦場を作り上げ、有利に事を運ぶのだ。
「だが、セツナらがここを離れれば、奴らはここに集中攻撃をしかけるのではないか?」
ハサカラウ神が先程も心配したことをいうと、マリク神も静かにうなずいた。すると、マユラ神が満面の笑みを浮かべた。
「ならばここは我が半神に気張ってもらうほかあるまい」
「まさか……」
セツナは、マユラ神が何故愉快そうにしているのかを理解して、憮然とした。
マユラ神の首の後ろ、音もなく垂れ下がっていた女神の頭部がゆっくりと起き上がったかと想うと、蛹から羽化するようにして、マユリ神が姿を現した。
「まだ寝たりないのだが……」
あくびを漏らすような仕草すらして、女神はマユラ神を睨んだ。