第二千七百話 空中都市(十一)
「ネア・ガンディア軍は、飛翔船三十隻を投入。リョハンを包囲するように展開し、その範囲を狭めつつあります。総戦力は不明。第一次、第二次防衛戦の経緯から、数万から数十万の動員兵力があると想われますが、いかがでしょうか?」
護峰侍団参謀サード=ザームがセツナに意見を求めてきたのは、軍議の真っ只中でのことだった。軍議は、戦女神代理ミリアの名の下に急遽開催されており、六大天侍、護峰侍団幹部に加え、セツナ一行が顔を並べていた。
場所は、護峰侍団本部の会議室であり、護峰侍団からは侍大将ヴィステンダール=ハウクムルを筆頭に、参謀ニレヤ=ディー、サード=ザーム、一番隊から十番隊の隊長たちが顔を揃えている。いずれも厳しい表情をしているのは、戦力差が絶望的といってもいいものだからだ。
護峰侍団は優秀な武装召喚師の集まりとはいえ、総勢二千名が動員可能な人数だ。それに加え《大陸召喚師協会》の優秀な人材を加えたとしても、三千人に満たない。非武装召喚師を加えたとしても、二倍に膨れ上がるかどうかといったところなのだ。当然、それだけでは抵抗しようもない。護峰侍団の幹部連中が苦い顔をするのも必然だ。
「いかがもなにも、その通りだと想いますよ」
「もっと多いかもね」
「もっと多い……ですか」
「飛翔船一隻につき、どれだけの人数を転送できるのか、その上限も知らないからな。百万以上の敵兵が転送されてきたも、不思議じゃあない」
「不思議じゃなくても、そうなったら大変よね」
「大変どころじゃないわ」
ファリアが他人事のようなミリュウの反応に呆れた。シーラが同意する。
「まったくだ。こっちの戦力を考えりゃあ、数万で済んでくれたほうがいいんだけどな」
「さすがに、そう甘くはないでしょうね」
「ああ」
静かに肯定する。
ネア・ガンディアが二度に渡って挑み、失敗したのがリョハン侵攻だ。いい加減、ネア・ガンディアもリョハンに戦力を割き続けるわけにもいかないという気分があるはずだ。投入可能な限りの戦力を寄越してくる可能性は、高い。
「彼我の戦力差は圧倒的。多勢に無勢。普通なら為す術なし、諸手を挙げて降参するべし、とでもいうんでしょうけれど、リョハンは、ネア・ガンディアには屈しません。屈した結果、リョハンのひとびとの安息を奪われては意味がありませんから。いいえ、たとえ安息を約束してくれるのだとしても、これまでの経緯を踏まえれば、彼らを信用することなどできないでしょう」
ネア・ガンディアは、以前、リョハンを攻め落とすため、自軍の兵およそ三万人を犠牲にしたという話を聞いたことがある。捕虜となった三万の兵を神人化したという話は、ザルワーンを制圧するべく、マルウェールを犠牲にしたのと同じことだろう。目的のためならば手段を選ばないのが、ネア・ガンディアなのだ。
その点では、ガンディアと大きく違う、とセツナは想いたかったが、どうか。
ガンディアは、手段を選んだか。
ガンディアは、勝利のためとはいえ、人道に反することはしなかったはずだ。
少なくとも、セツナはそう想っていたし、そう信じていた。
「だから、勝てない戦いに挑む……というわけではありません」
「勝てますか」
「勝てる勝てないではないのです。必ず、勝ちます。勝って見せます」
ファリアが断言すると、ミリュウが彼女の横顔を頼もしそうに見遣った。ミリュウだけではない。軍議の場にいただれもが、ファリアの力強い宣言に心打たれたようだった。セツナ自身、ファリアがそこまで言い切ることに心強さを感じた。
彼女のいうとおりだ。
勝たなければならないし、勝つのだ。そのための軍議を開いている。
リョハンの動員兵力は、護峰侍団と《協会》の武装召喚師を加えた約三千。武装召喚師以外は動員しないというのは、英断だろう。敵のほとんどが神人だというのは仮定に過ぎないが、たとえ人間が兵員として投入されてきたとしても、神の加護を受けているに違いないのだ。こちらも同様に神の加護を得られるとしても、敵にとっての的を増やすだけに過ぎない。それならば神々の加護を戦力として期待できる武装召喚師たちに集中したほうが遙かに増しだ。
それに戦女神ことファリア=アスラリアと六大天侍を加えたのが、リョハンの総戦力だ。
無論、これだけでは万にひとつの勝ち目もない。ファリアはナリアの分霊討滅を為したが、それだけではネア・ガンディアの軍勢を打ち払うには足りないのだ。
リョハンの戦女神には盟約を結んだ相手がいる。三界の竜王の一翼たる、蒼衣の狂王ラムレス=サイファ・ドラース――その後継者、蒼白衣の狂女王ラムレシア=ユーファ・ドラースだ。彼女は、軍議にこそ参加していないが、リョハン到着以前からどんなことがあってもファリアに協力するといっており、ネア・ガンディア軍の接近が明白になると、動員しうる全戦力でもってリョハン防衛およびネア・ガンディア撃退に尽力すると告げた。
ケナンユースナルを始めとするラムレスの眷属たちは、いまはラムレシアの眷属として、彼女に忠誠を誓っており、数多の飛竜たちがいままさに空中都市を護るべく展開していた。ラムレシアの眷属の飛竜、その数、五千。竜属は人間とは比べものにならない力を持ち、その上、魔法を行使することもできるため、戦力としては申し分ない。中でもケナンユースナルは神にも匹敵する力を持っているということであり、頼もしいことこの上ないだろう。
そこにセツナ一行が加わり、リョハンの全戦力が出そろったことになる。
数だけでいえばおよそ八千。
おそらく、敵は数十万を越える大軍勢となるだろう。兵力差は絶望的と考えていい。数だけを見れば、ナリア率いる大帝国軍を迎え撃ったとき以上の絶望感がある。
「数の上では圧倒的にこちらが不利でしょうね。まさか、奴らがこちらより少ない数で攻めてくるはずないし」
「そんな当たり前のこと、いわないでくださいよ」
「現実を直視しなければ、勝利を得ることなど不可能だ」
「それは……そうですけど」
「だが、勝つ」
セツナは、静かに告げ、自分に注目が集まるのを認めた。軍議の主催者である戦女神ファリアの凜々しいまなざしも、ミリュウの惚けたような視線も、ルウファの少しばかり驚いたような目つきも、それ以外の多彩な視線、目線がセツナに集中する。
「随分と自信があるようですね」
そういってきたのは、ルウファだ。めずらしいものでも見るような表情だが、実際、セツナがここまで自信に満ちた物言いをすることはそうあることではなかった。なにせ、不確定要素の多い戦いだ。確信を持って断定できることなど、そうはない。しかもセツナは、自分自身を鼓舞するべく、断言したのであって、なにも確信があっての発言ではなかった。
「敵は、ネア・ガンディアなんだろう?」
「はい。そう、名乗っていました」
「うん?」
「宣戦布告をしてきたんですよ、今回は」
「なるほど」
ルウファの微妙な表情からは、感情を読み取ることは出来ないが、なにやら事情を抱えていそうだった。あとで、彼から聞き出さなければならないだろう。
「まあ、ともかく、相手がネア・ガンディアならまだ勝ち目はある」
「ネア・ガンディアなら?」
「ああ。こちとらザイオンで女神ナリアと戦ってきたんだ。ヴァシュタラの小さき神々なんざ、相手じゃあねえのさ」
セツナは断言し、ファリアやミリュウたちに目線を送った。ファリアもミリュウもシーラもレムも、だれもがナリアの分霊との死闘を乗り越え、ここにいる。何百もの神々がひとつになって誕生した至高神ヴァシュタラと同等の力を持つ女神ナリア、その分霊は、ヴァシュタラより分離した神々と同等か、それ以上の力を持っていると考えていい。もちろん、ナリアに打ち勝てたのは、マユリ神の加護や様々な支援があったればこそであり、いま再びナリアと戦って勝てるかといえば、勝てないだろう。しかし、ネア・ガンディアの神々は、ナリアではないのだ。ナリアに対抗するため、力を合わせなければならなかったほどに矮小な存在であり、そのような神々が相手ならば、断然勝ち目があると考えていいはずだ。
無論、容易く勝てるとはいわない。
だが、必ずしも絶望的ともいえないのではないか。
セツナは、ザルワーン島での経験もあり、ネア・ガンディアの神々に対しては強気でいられた。
あのとき、セツナが拘束されたのは、レオンガンドの姿を虚空に見たからだ。もし、レオンガンドがその姿を見せなければ、数多くの神を滅ぼすことができたに違いなかった。