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第二千六百九十九話 空中都市(十)


『聞こえるな、セツナ』

 突如として通信器よりマユラ神の声が聞こえてきたのは、中枢動力室と呼ばれる部屋を出て、地上へ向かう最中のことだった。ルウファに導かれるまま昇降機に乗り込んだときであり、ちょうどいい機会といってもよかった。

「ちょうどよかった。マユラ様、周辺の様子はどうです?」

『ふむ。直感か? 全方位、敵に囲まれているぞ』

「全方位?」

 想像よりもずっと多そうな敵軍の様子を知り、セツナは皆と顔を見合わせた。ファリアは厳しい顔をしているが、ミリュウはどこか呆れたような表情をしている。

『どうやらわたしにも見つからぬよう、隠れていたようだ』

「つまり、あたしたちがリョハンと接触するのを待っていた、ということ?」

「そうなるな。まんまと利用されたってことだ」

 リョハンが遙か彼方、飛翔船の上昇可能高度以上の高空に逃げ去ったことで攻撃するのも難しくなったことで、ネア・ガンディアの軍勢はどうするべきか考えに考えたに違いない。そうするうち、セツナたちを乗せたウルクナクト号がリョハンに向かっている事実を認識、セツナたちならばリョハンも接触するだろうと見て、待ち伏せていたのだ。それ以外、考えられない。

「じゃあ、あたしたちが来なけりゃよかったの?」

「その場合はその場合で、別の攻撃方法を考えるだけだろう。なんたって相手はネア・ガンディアの連中なんだ。常識なんて通用しねえよ」

 セツナはつい吐き捨てるようにいったが、それが皆には驚きでもって受け取られてしまった。きょとんと、ミリュウが顔を覗き込んでくる。

「セツナ?」

「だいじょうぶ?」

「俺?」

「うん」

「さっきから、様子が変よ?」

「ミリュウ様の仰るとおりでございますが……御主人様」

「セツナ、もう少し休んだほうがいいんじゃねえか?」

「なにいってんだよ?」

「いやいや、隊長、怒ってるじゃないですか」

「俺が? 怒ってる?」

 ルウファにまで変なことをいわれて、セツナは、混乱した。女性陣には様子が変といわれ、ルウファには怒っていると指摘されたのだ。自分の感情が自分で理解できないはずもない。しかし、よくわからないのが現状だった。精神状態が安定していないのは、確かだ。なにがなんだかよくわかない感情が、心の奥底で渦を巻き、表に出ようとしている。それが怒りである可能性は、否定できない。

(怒ってる……? 俺が……?)

 自覚症状は、なかった。

 だが、しかし、ネア・ガンディアに対する怒りはいまもなお消えずに残っていたし、それがこの世界の理不尽な現状に紐付き、燻り続けているものだから質が悪い。ネア・ガンディアが滅び去らない限り、あるいは世界がよくならない限り、この怒りの火種が消えることはなく、心の奥底でくすぶり、または燃え続けているのではないか。そして、ひょんなことで火が点けば、一瞬にして心を燃え上がらせる猛火となり、無意識に言動となって現れてしまうのではないか。

 だとすれば、厄介なものを抱えてしまったといわざるを得ないが、致し方のないことだ。

 すべては、己の無力さに起因している。

 すべて覆ったとはいえ、皆を失ったとき、奪い尽くされたとき、セツナの中に炎が灯った。憤怒の炎は身も心も焼き尽くし、絶望を呼んだ。

 それが、始まり。

 そのときからこっち、セツナは、怒りとともに在った。

 ナリアを討てばそれで収まるような、そんな安い怒りではなかったのだ。

 自分への怒りなのだから、当然といえば当然だが。

「だいじょうぶ。なんの問題もないよ」

 心を静めて告げれば、さすがのミリュウも納得してくれたようだが、しかし、ファリアやレムは相変わらず不安げな表情でこちらを見ていた。彼女たちを不安にさせるのもまた、自分の弱さ故なのだということを認識するが、間違いではあるまい。絶対的な強者ならば、彼女たちを不安に陥れることもあるまい。

 そして、それくらいの力が必要なのもまた、事実なのだ。

 斃すべきはレオンガンド・レイグナス=ガンディア。獅子神皇たる彼は、聖皇の力の器だという。この世界に壊滅的な被害をもたらした力は、その一部に過ぎない。つまり、獅子神皇の力は、世界を滅ぼしかねないほどに絶大であり、彼を討ち滅ぼすには、もっと力がいるとうことなのだ。

 そんなことを考えているうちに昇降機が止まり、マユラ神との通信も終わった。

 マユラ神は、一先ずウルクナクト号に乗っている非戦闘員をリョハンに降ろすべきだと主張し、ルウファがそれを了承した。非戦闘員とは、ミレーヌ=カローヌ、ゲイン=リジュール、ネミア=ウィーズ、レオナ・レーウェ=ガンディアらのことであり、ルウファはそれら非戦闘員をリョハンで保護することを約束した。その際、ルウファは、レオナ姫がセツナたちと行動をともにしていることに度肝を抜かれていたが、そのことを詳しく説明している暇はなかった。

 そうしている間にも、敵軍はリョハンへの包囲を狭めている。

『敵飛翔船の数は三十隻。ザルワーンやログナーに比べれば少ない』

 とは、マユラ神の発言だが、三十隻は、第二次リョハン侵攻時よりは遙かに多い。しかも、その三十隻の飛翔船から莫大な数といってもいい神人や兵士たちが転送されてくるのは間違いなく、兵力差どころか戦力差も圧倒的だろう。すべての船に神属が搭乗しているとすれば、尚更だ。

 最初、リョハンが戦闘を回避したのは、正しい判断としか言い様がない。

「一都市を攻めるには多過ぎよ」

「その認識が二度の失敗という結果を招いたなら、敵も投入する戦力を過剰にもするさ」

「理屈はわかるけど」

「そして、ネア・ガンディアには、それだけの余裕があるということでもある」

「余裕……ねえ」

 シーラが渋い顔をした。ネア・ガンディアの戦力に関していえば、底が知れないということしかわかっていない。総兵力は不明なままだったし、ザルワーンとログナーに投入されたのが全戦力とは想えなかった。そしてそれは、リョハンに三十隻の船が投入されていることからも確定済みだ。まさか、本拠地をがら空きにしているとは考えにくい以上、さらに多くの戦力を隠し持っていると考えるのが普通だろう。

「いまの話、ザルワーンとログナーはそれ以上の戦力が差し向けられた、ということですか?」

「そうだよ。ザルワーンには二百隻ほどの船が浮かんでいたかな」

「二百隻……いったい、どうなったんです?」

「全面降伏だよ」

「そう……ですか。ですよね」

 ルウファは嘆息するほかないといった反応だった。

「降伏して、それで許してくれるなら、それで穏便に済むのなら、それで安息や約束されるっていうのなら、それが一番だろうさ」

「でも、リョハンは降伏しないわ」

 ファリアが断言したとき、その横顔は戦女神のそれになっていた。いま、リョハンの指導者は彼女ではなく、戦女神代理のミリアだが、彼女の母親はどう想っているのか。セツナたちはそれを知るべく、戦女神の待つ、戦宮に向かっていた。

「そうよね、ネア・ガンディアに降伏して、それで済むわけがないものね」

「リョハンはヴァシュタリアに対しても独立不羈を貫いてきたわ。ヴァシュタリアがどれだけの戦力を投入してきても、諦めなかった。そして、打ち勝ったのよ」

 リョハンがヴァシュタリアに対して仕掛けた独立戦争は、リョハン側が武装召喚術という、当時世界的に道の技術を駆使することができたからこそ終始優位に立てたのは、いうまでもない。さらにいえば、ヴァシュタリアが神の力を借りなかったという点も大きい。おそらく、当時は至高神ヴァシュタラが表舞台に出ることを嫌っていたのだろう。帝国の神ナリアや聖王国の神エベルがそうであったように。“約束の地”を見つけるまでは表だって行動を起こさないことこそ、神々の行動理念のひとつだったに違いない。

 要するに、本腰を入れたネア・ガンディアとの戦いと手加減したヴァシュタリアとの戦いを同列に並べるのは危険だということだが、ファリアがいっているのは、そういうことではない。

 心構えの話なのだろう。

 実際、戦宮に辿り着いたセツナたちは、戦女神代理ミリア=アスラリアと対面し、彼女の覚悟を聞いた。

「リョハンは、ネア・ガンディアに屈しません。ネア・ガンディアに屈したとき、リョハンが数十年護ってきた自由は死ぬでしょう。それは、リョハンそのものの死といっても過言ではないのです」

 ミリアは、ファリアとの再会の喜びもそこそこにそういいきった。

「そうでしょう? 戦女神様」

 ファリアは、ミリアの問いかけに強く頷き、そして、戦女神としての命令を発した。

 第三次リョハン防衛戦が、いままさに始まろうとしていた。


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