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第二千六百九十七話 空中都市(八)

「さて。再会を喜ぶのはここまでにして、なにか聞きたいことのひとつやふたつ、あるんじゃないかな?」

 マリク神が話を切り替えるようにして尋ねてきたのは、それぞれの無事を喜び合ってからのことだ。マリク神は、セツナたちがだれひとり欠けることなく、それどころかさらに同行者を増やしてリョハンに戻ってきたことを心から喜んでくれていた。リョハンの戦力が増えるから、ではない。

 彼にとってファリアは、見守るべき対象であり、そのファリアの心の支えだった仲間たちと再会、合流できたことが彼にとっても嬉しいことのようだった。リョハンとファリアを先代戦女神から託されたのが彼なのだ。彼がファリアのことを心配しないわけがなかった。

 そんな彼の思い遣りは、ファリアを感極まらせたが、ファリアのそんな素直な反応がマリク神には照れくさかったりするのだろう。話を切り替えたのも、そのためのようだ。

 だから、というわけではないが、セツナはマリク神に対し、以前求められた通りに反応した。

「全部だよ、全部」

「全部?」

「そう。全部、みんな、なにもかも。空中都がなんで空を飛んでいるのか、そういったことのすべて。まあ、原理はなんとなく想像がつくけどさ」

「まあ、そうか。そうだね、全部、説明したほうがいいよね」

 マリク神は、青緑色の結晶体の中からルウファを一瞥した。ルウファがなんともいえない表情をした理由は、わからない。

「ぼくがリョハンの真実を突き止めることができたのは、つい先日のことだ」

「真実?」

「そう、真実」

 肯定し、ファリアを見遣る。そのまなざしは柔らかく、我が子を見守る親のような、そんな雰囲気さえあった。見た目には美しい少年のようなのだが、神属たる彼は外見以上の年月を生きているのだから、そのような表情をしたとしても不思議ではない。特にファリアは、彼にとって護るべき対象なのだから、親心のようなものが芽生えていたとしてもなんらおかしくはなかった。

「遙か昔、ファリア、君の祖母のファリアが子供のころ、ぼくは彼女を見守っていた。君の祖母はお転婆なんて言葉では言い表せられないほどでね、リョハン中を駆け回って遊んでいたんだ。だから、というのもあるかな。ぼくが彼女を見守っていたのは」

「危なっかしくて、ですか?」

「そういうこと」

 彼は、苦笑を禁じ得ないとでもいわんばかりに笑った。マリク神がファリア=バルディッシュに想いを馳せるとき、いつだって表情が緩んだが、それはいまも同じだった。

「実際、何度も危険な目に遭っていたからね。それで周囲のひとびとに心配をかけたり、怒られるんだけど、彼女は懲りなかった。だからいつだって、目が離せなかったんだ」

「お祖母様が……?」

「信じられないだろう? ぼくにしてみれば、戦女神になってからの彼女のほうが信じられないんだけどさ」

 とはいったが、ファリア=バルディッシュが戦女神として振る舞うようになってからのほうが、子供時代よりも年月的には遙かに長いはずであり、ファリアが祖母のお転婆ぶりを聞かされて、信じられないのは当然といえば当然だった。

「話を戻そう。そんなお転婆時代のファリアは、よく空中都の地下で遊んでいた。空中都は、知っての通り、五百年よりもずっと以前に作られた遺跡を元にしていて、地下にもその遺構があった。ただ、地下にはひとの手が入っていなかったんだ。複雑に入り組んでいて、使い物にならないという判断が、リョハンのひとびとによって下されたんだろうね。実際問題、地下遺構の上層は迷路同然で、使い勝手が悪いったらなさそうだった」

「話には聞いたことがあります。お祖母様の子供の頃から、空中都の地下への出入りは堅く禁じられていた、と」

「それを平然と破って何食わぬ顔をするんだから、ファリアもたいしたもんだよね」

「お祖母様は、子供の頃のわたしをそういって注意してきたのですが」

「まあ、自分のことを棚に上げていたんだろう。それに迷いやすく、危険なのも確かだ」

「そう……ですか」

 なんだか釈然としないとでもいいたげなファリアだったが、セツナは、特段、驚くに値するようなことではないと想っていた。セツナの知っているファリアの祖母、大ファリアことファリア=バルディッシュは、確かに戦女神に相応しい人物だったが、同時にどこか規格外の部分が見え隠れしていて、子供時代、お転婆だったとしてもおかしくはないように想えたのだ。祖母を尊敬して止まないファリアには、納得のいかないところもあるのだろうが。

「その地下遺構が、ここでございますか?」

「ファリアが遊んでいたのは、地下遺構の上層も上層だよ。こんな地下まで降りてきたら、きっと地上に帰ることもできなくなっていたんじゃないかな」

「そんなに深いのか」

「とても深いよ。まあ、山間市に届くほどの深さはなかったけれど。でも、ファリアが遊び回っていた地下部分にこそ、ぼくらがここにいる理由の一端がある」

 マリク神の説明にルウファがうんうんと頷く。まるで当事者のような反応は、彼がそのために駆り出されたことを想像させた。

「ファリアは、あの当時、リョハンの真実に近づいていたんだ。もっとも、子供時代のファリアにそれがなんであるかを想像することもできなかっただろうし、ただ綺麗な宝石があるとでも想っていたようだね。だからよく地下遺構に入り込んで、それを眺めていたんだろう」

「それが……この結晶……ですか?」

「先もいったけれど、ファリアが見つけたのは、上層にある神通石でね。これは、そこから探し出すことの出来た神通石なんだ。まあつまり、ファリアの発見がなければ、ここに辿り着くこともなかったわけだけれど」

「神通石ってなんなんだ?」

「ぼくが命名した」

「はあ?」

「神威を通す石。故に神通石。わかりやすいだろ?」

「なるほど」

 確かにわかりやすくはある。

「さっきもいったように、魔晶石のようなものさ。魔晶石は生命波動を感知し、光を発する。魔晶人形に搭載される黒魔晶石は、特定波光……つまり、君の波光を力ある光に変える。そして神通石は、神威を力ある光に変える。ぼくの神威はこの神通石によって力ある光に増幅、変換され、リョハン全域に行き渡っているんだよ」

「その力で、浮いている……ということですね。ウルクナクト号や飛翔船のように」

「その通り。そしてそれこそ、リョハンが空中都市と謳われる所以だったということ」

「リョフ山の頂にあるからこその空中都市ではなかった……と」

 半ば愕然とするようにファリアがいったのは、彼女の中の価値観が激変する話だったからに違いない。いや、ファリアだけではあるまい。彼のいうことが事実ならば、空中都市の意味するところが激変するのであり、リョハン市民は愚か、空中都市を知るだれもが驚愕するだろう。

「リョハンは、元々空に在ったんだ」

 マリク神は、淡々と衝撃的な事実を述べてくる。

「元々、ですか……!?」

「へえ……そりゃまた驚きだ」

「でも、実際に浮いていますし、信じられない話ではありませんね?」

「まあ……な」

 信じられない話ではないが、信じがたい話ではある。歴史上、リョハンが空を飛んでいたという記録はないのだ。それはつまり、最低でも大陸暦が始まるより遙か以前の話だということであり、口伝にも残っていないということは、ひとびとの記憶からも忘れ去られたことなのだ。

 だが、そういったことは往々にして、存在する。

「遙か太古……世界が聖皇によってひとつの大陸に統合されるよりもずっと昔の話。世界には純粋な人間だけでなく、数多の種族がいた時代。諸族が、相争っていた時代の話」

「……そういえば、そんな話を聞いた記憶があるような……」

「レヴィアの記憶か?」

「たぶん……だけど」

 ミリュウが難しい顔をしたのは、複雑に入り組んだ記憶を探ることが困難を極めるからなのか、どうか。


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