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第二千六百九十四話 空中都市(五)

 星空の中から舞い降りてきた巨大構造物がやがてセツナたちの頭上へと至ったとき、彼は、その下部に切り取られた主山道を発見した。よく見れば、切り取られた地形がそのまま、その構造物の下部を構成していることがわかる。つまり、切り取られた地形から空中都に至るまでのすべてが、その超巨大構造物を成していると考えられたのだが、その結論に至った瞬間、セツナが想ったことは、

(馬鹿げてる)

 ということだ。

 なにもかもが馬鹿げた規模のそれは、セツナたちの頭上で停止すると、そのまま浮かび続けた。

「あれって……主山道よね?」

「そう……ね」

 ミリュウもファリアも呆気に取られ、なにをどう想えばいいのかわからないといった有り様だった。空中都が無事だったことを喜べばいいのか、空中都が空を飛んでいるらしいという事実に驚けばいいのか、様々な感情が入り乱れてるようだ。

 それは、セツナとて同じだ。

 空中都が消滅したという衝撃的な事実と、そこからくる喪失感、無力感が一気に吹き飛んだものの、新たに訪れた衝撃的な現実は、思考能力を奪うくらいには破壊的だった。

「つまり、ここから上の全部があれにあるってことか?」

「そのようでございますね」

「当該構造物よりウルクナクト号の防御障壁と同種の波形を検知しました。安易に接近しないほうがよろしいかと」

 ウルクの警告は理解しつつも、セツナは、どうするべきかと迷いもしなかった。呪文を唱え、メイルオブドーターを召喚する。黒き軽鎧を身に纏えば、五感はさらに強化され、そらに浮かぶ巨大構造物の大きさがはっきりと認識できるようになる。とてつもなく巨大なそれは、しかし、規模だけでいえばネア・ガンディアの超巨大飛翔船シウスクラウドに負けているようだった。が、そこは驚くことでもない。シウスクラウド号が異様に巨大過ぎるだけのことだ。

「さて」

「え? な、なによ?」

「リョハンはファリアの故郷だろ」

 セツナは、両腕で抱え上げたファリアに笑いかけると、彼女が了承しないまま、地を蹴った。翅を広げ、空を舞う。

「えー!? あたしはー!?」

「まあまあ、ミリュウ様、ここは……」

「ずるーい!」

 ミリュウの不満に満ちた叫びを聞きながら、セツナは飛ぶ。ファリアは観念したのか、セツナの首に両腕を回した。そして、巨大構造物に視線を注ぐ。下部から側面へ至ればそれがリョフ山頂近くの山肌であることがはっきりとわかってくる。

「本当に空中都なのかしら」

「ほかに考えられないな。いやまあ、空中都が空を飛ぶなんて、考えられないけどさ」

「うん……どうなってるのかしら」

「それは、マリク様に聞くのが一番だろうな」

 ウルクが検知した飛翔船と同種の波形というのは、つまり、空中都を空に浮かばせている力のことなのだろう。空中都も、神の力を動力源として、空に浮かび、防御障壁を展開していると考えられる。というか、それ以外考えられない。

 やがて、セツナとファリアは、巨大構造物を見下ろす高さへと至ると、想像通りの光景を目の当たりにした。

「空中都……」

「だな」

 セツナとファリアが同時に目にしたのは、巨大構造物の上方に存在する都市部であり、それはリョハンの空中都以外のなにものでもなかった。古代の遺跡群を転用した居住区。見知った光景には、ネア・ガンディア軍の攻撃を受けた形跡はない。セツナたちが旅立ったときのまま、そこにある。

「無事だったのね……」

「ああ、良かった……」

 ほかになにもいいようがなかったし、心配したことが無意味だったとか、そういったことは想わなかった。ただ、安堵した。心の底から、嬉しかった。

 そうするうち、空中都からふたつの影が飛んできたかと想うと、セツナとファリアの目の前に止まった。白い翼を広げた青年と、光の翼を纏う女。ルウファとグロリアだということは、視界にその影が入った瞬間には気づいていた。だから、警戒ひとつしなかったのだ。

 シルフィードフェザーを纏うルウファも、メイルケルビムを身につけたグロリアも、一見すると、どちらもあの頃を変わっていなかった。ふたりは、セツナたちを見るなり、相好を崩した。

「マリク様の仰るとおりでしたね」

「方舟の形状が同じなら、間違うはずもないだろう」

「それはそうですけど、奴ら、どんな手を使うかわかったものじゃありませんし」

「では、いま目の前にいるふたりも偽者かもしれないな」

「あー、それはそうかも。ここはおふたりに本人であるという証明をして頂かないとですね」

「それはいい考えだな」

 なにやらまくし立てた挙げ句、一方的に納得するグロリアとルウファには、既視感しかない。ルウファとグロリアが揃うと、傍若無人師弟に成り果てる。

「おい」

「ちょっと待って」

 しかし、セツナとファリアの声など、勝手に話を進める師弟には届かない。

「では、おふたりには熱い口づけを」

「なんでそうなる」

 セツナが憮然としちょうどそのときだった。

「そうよ、なんでよ!」

 口を尖らせて会話に割り込んできたのは、ミリュウだ。ラヴァーソウルの能力を利用して空高く飛び上がってきたのだろう彼女は、磁力で結びつけたラヴァーソウルの刃片をセツナの腰に絡ませ、その勢いでセツナに飛びついてきた。背中から抱きつく格好だ。

「おや、ミリュウさん」

「セツナとの熱い口づけなら、あたしがやるわよ!」

「なにいってるのよ!?」

「え……じゃあ、ファリアと……?」

「そうじゃないわよ!」

 なにやら照れくさそうに提案するミリュウにファリアが叫び返せば、ルウファとグロリアがなぜか納得したような顔をする。

「これはもう完璧に本物だな」

「そうですね……奴らがここまで性格を把握しているとは想えませんし」

 ふたりの間で、セツナたちがどのような人間として受け止められているかが明らかになったわけだが、セツナにも否定できないことばかりであり、彼は無表情になるほかなかった。ファリアとミリュウの言い合いは、セツナを挟んで行われている。

「じゃ、じゃあ、三人で?」

「なにいってるのよ……」

「本当、なにいってんだか」

 ミリュウの解釈のあまりの暴走ぶりに頭を抱えるファリアとセツナに対し、ルウファとグロリアは終始にこやかだった。

 無事の再会を心から喜んでいる、そんな様子にはなにもいうことはない。


「さて、空中都市リョハンの真の姿、ご覧になられていかがです?」

 ルウファが質問してきたのは、セツナたちが空中都に入ってからのことだった。空中都を包み込む防御障壁は、セツナたちのために一時的に解除された。

「いかがもなにも、一体全体、どういうことなの?」

「真の姿ってさ」

「まあ、それについてはマリク様から説明して頂くとして、ですね」

「うむ」

 ファリアとミリュウの当然の疑問には、ルウファとグロリアは答えなかった。確かに、すべてを知っているのだろうマリクに話を聞くのが手っ取り早いのは事実だろう。

「感想っていわれてもだな」

「驚きしかないわよ」

「安堵もね」

「そうそう」

「本当に安心致しました」

「よくわかりませんが」

 リョハンとは縁もゆかりもないウルクにとっては、それは正直な感想以外のなにものでもないだろうが。

「ここはいったい、なんなのです?」

「空中都市リョハン、その真の姿さ」

 ルウファが片目を瞑って告げると、ウルクは小首を傾げた。

 空中都市リョハンの真の姿。

 そういわれて思いつくのは、リョハンが冠する空中都市という言葉だ。

 セツナは、リョハンが空中都市と呼ばれる所以は、地球に存在する空中都市マチュ・ピチュと同様のものだと考えていたし、この世界でもそのように受け止められていた。つまり、峻険な山の頂にあるから、空中都市である、と。

 しかし、いまこの空中を浮かんでいる巨大構造物こそがリョハンの真の姿だとすれば、その考えは明らかな間違いだったということになるのではないか。

 山の頂にあるから空中都市なのではなく、空を飛び、浮かび続けることができるからこそ、空中都市と呼ばれていたのではないか。

 遙か太古、リョフ山にひとびとが住み始めるよりもずっと昔。



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