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第二千六百九十二話 空中都市(三)

 ウルクナクト号がリョフ山の麓近くに降り立ったのは、数時間後のことだった。

 リョハンを見たときには頭上にあったはずの太陽は、いまや西の彼方に沈みかけていて、赤々と燃え上がっていた。黄昏時が近づいてきている。だが、セツナたちは構わず船を降り、リョフ山の麓に抱かれた居住区、山門街へ向かった。

 山門街は、リョフ山の南側に位置しており、北側の山と南側に聳える巨大な岩壁、門がその内と外を分けていた。山門街へ入るには門を通る必要があるのだが、“大破壊”以前は、昼間は常に開放されていたという。山門街は、リョハンにおける窓口であり、そのため山門街そのものへの出入りは自由だった。山門街の雰囲気が山間市や空中都と違うのも、それが理由だろう。部外者の出入りが激しい関係上、自由で緩やかな空気があるのだ。

 ただし、部外者が自由に出入りできるのは山門街だけであり、山間市や空中都を訪れるには、ここで入山許可を取る必要があった。

 リョハンは、ヴァシュタリア共同体の勢力圏内に存在する唯一の独立自治の都市だ。独立の経緯は、ヴァシュタリア共同体のひとびと、つまりヴァシュタラ信徒にとって、許されざるものであり、リョハンを目の敵にするものは少なくはなかった。が、山中の空洞に作られた山間市や、頂の遺跡を都市化した空中都を一目みたいと訪れるヴァシュタラ信徒は決して少なくはなく、そういった信徒が落とす金がリョハンの資金源のごく一部だったりもしたという。

 そんな歴史を持つ山門街の正門は、いまは固く閉ざされていた。

 “大破壊”以来、リョハンの外から訪れる人間など、そういるわけもなく、また、子供たちが街の外に飛び出すようなことがあってはならないからだ。リョハンの内側は、いい。守護結界が大人も子供も護ってくれる。だが、街の外、結界の外は危険極まりなく、大の大人でも迂闊に外に出ることは許されなかった。

「門はしっかり閉じたままか」

「強引にこじ開けられた様子もないし……じゃあ、いったいなにがあったのよ?」

「それをこれから調べるんでしょ」

 ファリアの言葉の冷ややかさに、さすがのミリュウも渋い顔になった。ミリュウもリョハンのことを気にかけているが、それ以上にファリアにとっては深刻なのだ。場合によっては、彼女の人生観を変えてしまうかもしれない。それくらいの出来事がいままさに起きている。

「でも、どうやって開けるんだ? まさかぶちこわすわけにはいかないだろ」

 シーラが頭を抱えるその隣で、レムが当たり前のようにいってみせた。

「参号、この門を開けてごらんなさい」

「はい、先輩」

 ウルクが阿吽の呼吸で応じる。

 魔晶人形は、巨大な鉄の門の前に立つと、門扉に触れた。山門街の正門は、二枚の分厚い鉄の扉によって閉ざされている。本来、門扉を動かすのは門内の人間の役割であり、門に仕組まれた機構を用いることで、人間の手でも軽々と動かせるという。しかし、その機構によって閉鎖されている以上、外部から開けるのは至難の業であり、ましてや人間の手に負えるものではない。

 だが、ウルクは、人間の手ではびくともしないはずの鉄の扉を、軽々と左右に押し開いていき、セツナたちは思わず感嘆の声を上げた。

 さすがは魔晶人形、さすがは弐號躯体、といったところだろう。

「さすがは後輩ですね」

「先輩には及びません」

 ウルクは、レムの賞賛に対し、当然のようにいった。ウルクは、下僕壱号ことレムを本心から先輩として慕っているようであり、それがふたりの関係性にも現れている。

「いや、助かったよ、ウルク。ぶちこわさずに済んだんだ」

「本当に、ありがとう」

「いえ……」

 セツナとファリアが褒め称えれば、ウルクは言葉少なに反応した。照れ臭がっているのかもしれない。無表情で声に抑揚のない彼女だが、感情がないわけではないのだ。むしろ、ウルクは、人間以上に感情的な存在なのではないか、という疑いがセツナの中で生まれはじめてもいる。感情表現ができないからわからないだけではないか。

 そんなウルクの活躍によって正門を突破したセツナたちは、夕闇が迫る中、山門街の調査を始めた。

  正門が強引に開け放たれたのだから、なにがしかの反応があって然るべきなのだが、山門街の中からはなんの反応もなかった。

 セツナ、ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、ウルクの六人だけなのは、なにがあるかわからない以上、船のほうにも戦力を残しておく必要があると判断したからだ。レオナら非戦闘員を連れ出すわけにはいかないのだ。非戦闘員の保護そのものは、マユラ神がしてくれるだろうが、護るだけでは、外敵を追い払うことはできない。戦闘要員が必要不可欠だ。

 夕日の輝きが増すに連れ、影が色濃くなっていく中、山門街の静寂はより深刻なものとなっていく。セツナたちは召喚武装さえ利用して捜索活動を強化したものの、山門街の沈黙がなにを由来とするものなのかさえ、掴めなかった。

「ひとひとり見当たりませんねえ」

 五体の“死神”を総動員したレムのいうとおりなのだ。人っ子ひとり、見当たらない。屋内を覗き込んでも、“死神”を屋内に忍び込ませても、だれひとり見つからないのだ。もぬけの殻とはまさにこのことだろう。

「なんでだれもいないのよ」

「まったく、どうなってんだ」

 捜索を終えて、だれもが頭を抱える中、ファリアが口を開いた。

「もし……もしもよ。もしも、空中都がなにかしらの理由で消滅したとして、だからって山門街の住人がいなくなるなんてこと、ありうると想う?」

「……山門街もろとも消滅するならともかく、住人だけが消えるのはおかしな話だな」

「もしかして、山間市に逃げた、とか?」

「それは……大いにあり得るわね」

「行ってみるか」

 全員がうなずき、一路、山間市を目指すこととなった。

 

 だが、結局、山間市も同じだった。

 同じく、もぬけの殻だったのだ。

 人っ子ひとりおらず、沈黙と静寂が支配する世界は、さながら時が止まったかのようだった。しかも、山門街のようについ先頃までひとが住んでいたことを示すような残滓、つまり生活感が残っているのが、異様だった。

 たとえば山門街では、洗い物が外に干されたまま取り込まれていなかったり、調理中の食材がそのまま放置されていたり、山間市の家々の魔晶灯が点きっぱなしだったり、そういった生活の名残を見つけるたび、だれかがいるのではないか、という期待に駆られたが、結局は、ひとひとり見当たらないまま、セツナたちの捜索活動は終了した。

「ついこの間までここにひとが住んでいたのは確実なんだ」

「そうね。住んでいたのよね」

「それが突然、姿を消した」

「なにかしらの力で、消え去った? でも、どうして?」

「なにがあったっていうのよ……」

 ファリアがいまにも狂いそうになる心を理性で抑えつけるような、苦悶に満ちた声を上げる中、セツナは、山間市の魔晶灯に照らされた町並みを見遣った。リョフ山の巨大空洞内に築き上げられた都市区画は、まさに幻想の産物といっても過言ではないくらいのものだ。洞窟の暗闇と魔晶灯の青白い光がそういった感情をより引き出させる。そこにひとびとがいないことのほうがむしろ自然のように想えるくらいだった。

 リョハンそのものが神秘と幻想の塊のようなものだ。その一部分たる山間市がこれほどまでに幻想的なのは、当然といえば当然なのかもしれない。

「空中都まで行ってみよう」

 セツナの提案に皆が声もなくうなずいた。




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