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第二千六百九十話 空中都市(一)

 ウルクナクト号の空の旅は、順調を極めた。

 ザルワーン島脱出直後こそネア・ガンディアの追撃に対応しなければならないかもしれないという状況だったが、マウアウ神の神域に到達したころには振り切っていた。というよりは、ネア・ガンディアが追撃を諦めた、あるいは打ち切ったと考えるべきだろう。数多の飛翔船を有し、航空戦力を誇るネア・ガンディアにしてみれば、世界中のどこへ逃げようとも、追撃することは不可能ではあるまい。それがないということは、しなかった、ということにほかならない。

 なぜ、どういう意図があるのかは、不明ではあるが。

 ともかくも、そのおかげもあってウルクナクト号と飛竜たちの空の旅は、特に大きな障害もなく、中央ヴァシュタリア大陸へ至ることができていた。

 闘神ラジャムが守護する都市アレウテラス上空を越え、さらに北へ。

 ただひたすらに、北へ、飛ぶ。

 やがて夜をも越え、朝に至る。


 セツナは、その日の朝、快適な目覚めというものを久々に体感したものの、起きるなり感じた気配によって、その爽快感を堪能している場合ではなかった。彼がいるのは、当然、ウルクナクト号上層にある自室だ。扉に鍵はついているが、基本的に鍵をかけて寝る習慣がないこともあり、室内にだれかが入り込んでいたとしても、ありえないことではない。

 特にセツナの場合、レムやウルクが起こしに来ることがままあるのだ。そういう理由から、鍵をしないわけではない。単純に警戒する必要がないから、鍵をかけていないだけだ。全員に全幅の信頼を寄せている。

 とはいえ、寝台上の自分に注がれる視線の強さには、疑問を持たざるを得ない。レムやウルクならば、寝ているセツナを叩き起こそうとするだろうし、ミリュウならば寝台に潜り込んでくる可能性も大いにある。そうではなく、ただ熱い視線を注いでくる人物となれば、限られている。

 実際、彼の想像通りの人物が部屋の片隅に置いた椅子に座って、こちらを見ていた。シーラだ。

「なにしてんだ?」

「見張ってんだよ」

 問えば、彼女は、ぶっきらぼうに告げてきた。普段着の彼女は、佇まいからして王女然とした気品があり、生まれというものは隠しようがないものなのかもしれない、とも想った。

「見張……え?」

「だから、おまえがまた勝手に飛び出さないか、見張ってんだよ」

「……信頼、ないのな」

「ちげえよ」

 シーラは、怒ればいいのか、笑えばいいのか、よくわからない、といった表情をした。彼女の複雑な感情は、つぎの言葉から理解できる。

「おまえを信頼してるから、だろ」

「……そういうことかい」

 否定できず、セツナは、憮然とするほかなかった。シーラがいいたいのはつまり、こういうことだ。セツナがまたいつか、暴走して飛び出す可能性があると、だれもが見ているというのだろう。そして、それは否定できなかった。ザルワーン島への突撃だって、セツナ自身、予期せぬことだったのだ。爆発した怒りを止める手立てがなかった。感情の制御が効かなくなっていた。そうなれば、もはやどうしようもない。手の施しようがないのだ。本能の赴くまま、感情の迸るまま、戦い抜く以外にはない。

 その結果、シーラを始めとする皆を哀しませることになっても。

(いや……)

 彼は、寝台から降りながら、内心頭を振った。そんなことは、もう二度とあるべきではない。あってはならない。傷つくのが自分ひとりならば、いい。自分ひとりが死ぬのであれば、なんの問題もない。しかし、そんなことはありえないことは、セツナが一番よく知っている。セツナが飛び出せば、ファリアやミリュウたちが放っておくわけがないのだ。マユラ神やマユリ神が必死になって抑えてくれたとしても、本当にセツナに命の危機が迫れば、彼女たちが黙っているわけがない。強引にでも押し切って飛び出し、セツナを助けようとするだろう。

 そして、全滅する可能性だって、十二分にありえたのだ。

 猛省しなければならない。

 自分のためではなく、ファリアやミリュウ、シーラたちのために、だ。

 それならば、自戒もできよう。

 自分のためならばできないことも、愛するひとたちのためらば不可能ではないのだ。

 それが自分という人間だった。

「でも、仕方がないだろ。もうあんなのはこりごりなんだ」

「わかってるよ。俺も反省してる」

 セツナがまっすぐにシーラを見つめると、彼女は椅子から立ち上がった。そして、セツナに歩み寄ってくると、おもむろに抱きしめてきた。力強い抱擁だった。抱擁というよりは、拘束に近い。そこに彼女の思いの丈が込められていると想うと、なにもいえなかった。セツナの暴走が彼女たちをどれほど苦しめたのか。どれほど辛い想いをさせたのか。想像するだけで心が痛んだし、苦しかった。彼女の力任せの抱擁くらい、どうでもよくなるくらいに。

「もう、あんな真似はすんなよ」

「ああ、約束する」

「……せめて、俺だけは連れてけよ」

「おい」

 セツナは思わず彼女の顔を見たが、シーラは悪びれもしなかった。むしろ、補強するようにいってくる。

「俺は、俺の命は、おまえのものなんだからさ」

「……だからこそさ」

 セツナは、シーラの目をじっと見つめた。

「だからこそ、もう二度としないよ」

「……うん」

 シーラは、少しばかり照れくさそうにして、セツナを解放した。その恥じらいに満ちた反応には、可憐さを覚えずにはいられない。

 そういうところがシーラの魅力のひとつだろう。

「っても、しばらく監視は続くぞ。俺ひとりの判断じゃないんだからな」

「……なるほどな」

 シーラがぶっきらぼうに告げてきたことから、セツナは、これが彼女たちの共謀であることを悟った。よくよく考えてみればわかることだ。シーラが恥ずかしげもなくセツナの寝室に入り込めるわけもない。任務だと、使命だとでも自分に言い聞かせなければ、耐えられなかったのではないか。そういう可愛げが、彼女にはある。

 そして、シーラを含めた全員が一致団結して、セツナを監視することにしたのだろうという事実には、返す言葉もなかった。

 すべて、セツナが原因なのだから、当然といえば当然だ。

 悪かった、もうしません、といって済むような話ではないのだ。

「全員が全員、理解してはいるさ。でも、それでもさ。心配なんだよ。不安なんだよ」

 ファリアの言葉は、切実というほかなく、セツナは言葉を失った。

「セツナを失いたくないんだ」

 そういわれれば、なにもいえない。

 それは、セツナも同じ気持ちなのだ。

 皆を失いたくないという意味において。

 だからセツナは、強くうなずく以外になかった。


「船は順調だ。なんの問題もない」

 セツナが機関室に立ち寄ると、マユラ神は室内にいくつもの映写光幕を展開していた。それら映写光幕は、船外の風景を映し出しているわけではなく、なにやら情報を表示しているようだった。まるでディスプレイやモニターのようであり、実際、その通りの機能を働かせているのだろう。機関室の所定の位置に鎮座した少年神は、それらに映し出された情報を処理し、なにかしらの操作をしているのだろうが、セツナにはただ座っているようにしか見えない。

 神の御業は、人間には理解し得えないものなのだろうが。

「おまえの救出作戦中も、船が被弾することもなかった。あれだけの数の船と神がいながら、な」

「……なにがいいたいんです? 船の防御は完璧だったんじゃ?」

「船の防御障壁は完璧だった。が、船の出力を上回る攻撃に耐えられるはずもない。そんな攻撃に耐えられたのはなぜだと想う?」

「……竜たちのおかげでは?」

「神に匹敵するほどの力を持った竜がどれほどいるというのか」

 マユラ神は、どこかうんざりするようにいった。セツナの察しの悪さに呆れているとでもいいたげだが、思わせぶりな言い方だけでは察しようがない。

「ケナンユースナルといったか。あれほどの竜ならば、汎神どもに勝るとも劣らぬが……多くは、それほどの力はない」

「じゃあ……いったい……」

 そこまでいって、セツナの脳裏に閃くものがあった。神の力さえ遮断する絶対の防壁。そんなものを生み出せるものがひとりだけ、存在する。彼は、セツナの脱出を後押ししていたのだ。ウルクナクト号を護ってくれたとしても、なんら不思議ではない。

「そうか。そういうことか」

「リョハンまではもうしばらくかかる。それまではゆっくりと休むことだ。おまえは、無駄に消耗しすぎているのだからな」

「……ええ。マユラ様も、あまり無理をなさらぬよう」

「おまえのような愚か者は、そうはいないよ」

 相変わらず刺々しい物言いだが、否定の出来ないことでもあり、セツナは苦笑するほかなかった。

 セツナのような愚か者も、クオンのような愚か者も、そうはいまい。



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