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第二千六百八十五話 極北からの声(後)

 進路は、北へ。

 “大破壊”によって三つに分かたれた旧ヴァシュタリア共同体勢力圏のうち、東ヴァシュタリア大陸とでもいうべき地の果てにあるという、銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースが住処“竜の庭”が当面の目的地となった。ラングウィン自身がセツナを待ちわびているというラムレシアの話を受けてのことだ。

 が、その前に、一行はリョハンに立ち寄ることにした。

 リョハンは中央ヴァシュタリア大陸北部に位置しており、マウアウ神の神域付近から北へ向かうのであれば、大回りにはなるものの、立ち寄れなくはなかった。リョハンを旅立ってから数ヶ月。様々な出来事があり、予期せぬ面々との再会を果たせたことをルウファたちにも報せたかったということもあれば、レオナたちを落ち着かせたかったのだ。

 そういった考えを述べると、レオナは不機嫌そうに眉根を寄せた。

「なぜだ? わたしはおぬしとともに行くぞ、セツナ」

「殿下。殿下のお気持ちは痛いほどわかります。されど、敵と戦い、打ち払うのは臣下が役割。陛下は、安全な場所より指揮を執られるのが道理かと」

「そうです、殿下。ここは、セツナ殿のお考えに従うべきかと」

「むう……しかしのう」

「かつて陛下は、数度、前線に出られたことがございます。しかし、それができたのは、陛下が戦う力を持っておられたから。殿下は、まだ幼い。もしわたしどもとともに戦うことをお望みとあらば、それ相応の修練を積んで戴かねばなりません。それには、リョハンほど相応しい場所もございますまい」

「わかったぞ! セツナ。おぬしはわたしとともに戦いたいのだな!」

「……ええ」

(そういうことじゃあないんだがな)

 内心ではまったく違うことを想いながらも、彼は、レオナの希望に満ちた表情を踏みにじらぬよう、彼女の考えを否定しなかった。なにより、いまは、彼女に下船してもらいたいという気持ちのほうが強い。

 ウルクナクト号は、神に護られている。その神の加護の中にある限り、どこぞの神の加護もない都市にいるよりはずっと安全だが、しかし、これから先はそうもいかないだろう。敵は、ネア・ガンディア。ネア・ガンディアには数多の神々が属し、神に近い力を持つ獅徒や神将と呼ばれるものたちがいる。それらとの戦闘が激しさを増せば、この船とて無事で済むとは限らない。場合によっては中破、大破もあり得るのだ。そうなれば、乗船員の身に危険が及ばないわけもない。

 本当なら、ミレーヌやゲインら非戦闘員だって降ろしたいのだ。だが、ミレーヌがエリナの元を離れるはずもなく、ゲインがセツナたちの戦いを見届けたがっているのを無視することもできない。ネミアはともかく、だ。

 なによりふたりの立場は、レオナとは、違う。

 レオナは、ガンディアの王女であり、ガンディアの将来を背負う人物だ。彼女にもしものことがあれば、ガンディアの未来は暗雲に閉ざされる。

 ウルクナクト号にいる限り、いつ激戦に巻き込まれるかわかったものではないが、リョハンならば、その点なんの心配もいらないだろう。マリク神の守護と、リョハンが誇る精鋭たち、それにラムレスの眷属たる竜属が護ってくれているのだ。ラムレシアによれば、いまもケナンユースナル率いる飛竜たちがリョハンの守護についているという。

 セツナの中で安全安心といえば、リョハンだった。

「ファリアやミリュウのような武装召喚師になるぞ!」

「ふむ。武装召喚師レオナも悪くはない」

 俄然やる気になったレオナに対し、まんざらでもない様子のレイオーンを見ると、このひとりと一頭は、まるで親子のような関係性に感じられなくもなかった。レイオーンのレオナに向けるまなざし、表情、感情がまさに親のそれだ。だからこそ、レオナも両親や家族の元を離れたいまも、自分を失わずに済んでいるのかもしれない。

「どうするのよ。殿下、やる気になっちゃったわよ」

 ファリアが呆れ果てたのは、セツナの安請け合いだろう。

「やる気だけでどうにかなることじゃあ、ないだろ?」

「それはそうだけど……」

「でも、やる気は成長の源よ。武装召喚師の修練は長く苦しいもの。それをこなし続けるには、やる気という原動力が必要なの。殿下が真にやる気を持っているのであれば、いつか、立派な武装召喚師になられるでしょうね」

「さすがは弟子の育成に成功した人間のいうことは違うな」

「でしょでしょ! もっと褒めて褒めて!」

「えーと……」

 セツナが褒めた途端に相好を崩し、べったりとくっついてきたミリュウの様子にその場にいたほとんどの人間が、やれやれ、とでもいいたげな顔をした。ミリュウらしいといえばミリュウらしいが、そんな彼女の反応にもだれもが慣れきっているのもなんともいえない。

 そんなときだ。

「ところで」

「ん……」

 不意に頭上から声が聞こえて、セツナは目線を上げた。視界に細長いものが入り込んでいる。それが小さな龍の頭だと気づくには、少しばかり時間が必要だった。それは、セツナの顔を覗き込むようにしながら、首を傾げる。

「そろそろ我のことに触れるべきではないかと想うのだが、如何に?」

「ああ……すっかり忘れていました」

「なぜ忘れる!」

 憤る龍だったが、セツナは悪びれもせず、頭の上に乗っかったままのその物体を両手で掴み取った。そして、膝の上に移す。すると、周囲の視線がそれに集中した。一見すると奇妙な球体とも塊ともいえないそれは、よく見れば複数の龍が絡まり合っていることがわかる。龍の塊から飛び出した頭部は全部で九つ。そのことから、九頭龍の成れの果てということも想像がつかなくはないだろう。

「最初から気にはなっていたのでございますが、御主人様、その奇妙な物体はなんなのでございます?」

「しゃべれるのよねえ?」

 レムとミリュウがセツナの膝の上の物体をしげしげと眺めながらいった。

「ハサカラウ様だよ」

「ハサカラウ様?」

「これが?」

「こんなのが?」

 とは、シーラ。ハサカラウといえば、自分だという意識が多少なりともあるのかもしれない。

「これとかこんなのとか、失礼な奴ばかりだな、まったく」

「いやでも、へんてこな姿をしてるのが悪いと想うな」

「なにを……!」

「そういうな。ハサカラウ様は、ザルワーン島を護るために力を使い果たしたからこのような無様な姿になってしまったんだ。むしろ、感謝するべきだろ」

「無様……」

 なにやら引っかかっているらしいハサカラウだったが、セツナは考えないことにした。

「ハサカラウ様も、俺が捕まっていた船に捕まっていたんだ。偶然、居場所を見つけたから助け出したんだが、すっかり説明するのを忘れてたよ」

「まったく、我がいなければいまごろどうなっていたかを考えよ」

「結果は変わらないんじゃ?」

「む……」

「だって、負けたんだろ?」

「それは……そうだが」

 ハサカラウは、シーラに詰め寄られて、なにも言い返せずに丸くなった。すべての首を引っ込めるその反応には可愛げないともいえない。

「俺たちとの約束を護って、力を使い果たすまで戦ってくれたんだ。負けたからって、その事実が覆ることでもねえ。結果がすべてじゃねえんだ」

 確かに、シーラのいうとおり、ハサカラウがいようがいまいが、ハサカラウが応戦しようがしまいが、結果はなにひとつ変わらなかっただろう。ネア・ガンディアの戦力というのは、それほどまでに絶大であり、圧倒的かつ絶望的なものだった。だが、だからといって、勝てない相手に戦いを挑んでくれた心意気そのものを否定するのは、違うだろう。

 ハサカラウにしてみれば、戦わずともよい戦いだったのだから。

「そりゃあ……そうだ」

「ならば、話は決まったな」

「ん?」

「シーラよ、汝はいまより我が神子となるのだ」

「なんねえよ」

 シーラの足刀ぶりは凄まじく、神速といってもよかった。ハサカラウが愕然とするのも

「何故だ!」

「いっただろ! 俺はセツナのもの!」

「恥ずかしげもなくよくそんなことがいえるもんだな」

「若いんだよ」

「てめえらあとで殴り倒すぞ」

「おーこわーい」

「こっの……」

 シーラは拳を振るわせながらエスクとネミアを睨んだが、ふたりは意に介してもいないようだった。エスクはシーラをからかうことに生き甲斐を見出しているようだし、そんなエスク一筋のネミアには、シーラが敵に見えたりするのだろうか。

「残念でしたね、ハサカラウ様」

「むう……まあよい。シーラが無事ならば、これから先いくらでも機会はある。信頼は、これから積み上げていけばよいのだ」

 これだけ拒絶されても直向きなハサカラウの心意気は、真似するべきなのかもしれない。

 ふと、そんなことを想ったりもした。

 



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