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第二千六百八十話 想い想われ

「なんでここに? ここはマウアウ様の神域だよな」

 セツナは、周囲を見回しながらいった。

 マウアウ神の支配領域を示す琥珀状の物体が海中より突き出しており、月光を浴びて輝くそれらは、神秘的な光景を演出していた。風はなく、波も立たない。静かなものだ。ついさっきまでの激戦地とは大違いの空気感には、場違いな雰囲気さえ感じる。

 マウアウ神の姿はない。当然だろう。いくらマウアウ神でも空を自由に飛び回れる飛翔船よりも早く海中を移動し、神域に帰り着くとは思えない。いや、神のことだ。やろうと思えばできなくはないのかもしれないが、そこまで急ぐものでもないだろうと考えれば、まだ帰り着いていなくても不思議ではなかった。

「ここで、落ち合う予定になっている」

「落ち合う? いったいだれと……」

「ファリアたちに決まっているだろう」

「……ああ」

 納得して、うなずく。戦場での合流を避けたのは、そのほうが安全だという判断だろうし、実際にその通りかもしれない。

「マウアウ様はまだ戻ってきていないようだが……知っているのか? ユー……ラムレシア」

「呼びにくければ、ユフィーリアでも構わん。ファリアにはユフィで通している」

 どこか照れくさそうな言い方は、彼女がファリアをいまも親友と想っていることの現れだろう。ラムレスとひとつになったことで人格に変化が現れているということはなさそうだ。ユフィーリアがラムレシアへと転生した、と考えればいいのだろう。

「……マウアウ神は、わたしを保護してくれたのだ。愚かにもわたしが奴らの策に嵌まり、ラムレスに転生法を使わせてしまったあと、わたしは海に墜ちた。そのとき、転生中のわたしを見つけ、護ってくれたのがマウアウ神なのだ。異世界の神にも、話のわかる神はいる。それはマリク神でわかっていたことではあるがな」

 そういっているうちにザルワーン島の方角から無数の飛竜が羽撃いてくるのが見えた。その飛竜の群れの中でもっとも目立つのは、十二枚の白い光の翼であり、その翼を生やした船の存在感たるや、遠目に見ても凄まじいものだった。その周囲を飛び回る飛竜たちは、ウルクナクト号を護ってくれているに違いない。

 ウルクナクト号自体、強力な防御障壁を展開しているとはいえ、神々の攻撃に曝されれば無事で済むとは言い切れないのだ。飛竜たちの魔法と合わせることで、さらなる防御力を得られるはずだ。そして、それは飛竜たちをネア・ガンディアの猛攻から護ることにも繋がる。互いに互いを護り合っている、ということだ。

 やがてウルクナクト号がセツナたちの目の前まで到達すると、ラムレシアはセツナを抱えたまま、船の甲板に向かった。半透明の天蓋が開き、ラムレシアを甲板上に導く。甲板には、皆が待っていた。

 ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、エリナ、ウルクに、ダルクス、エスク、ネミア、ミレーヌ、ゲインという全乗船員が集まっていた。

 ラムレシアが甲板に降り立つと、まず最初に駆け寄ってきたのはファリアだった。彼女は、感極まった様子でラムレシアに声をかける。

「ユフィ! 本当に、なんていったらいいのか……!」

「なにもいわなくていい。わたしは友として当然のことをしたまでだ。それになにより、彼が必要なのは、わたしも同じだ」

「なにそれ、あんたまでセツナ狙いっていうんじゃないでしょうね?」

「なんでそうなる」

 ラムレシアは、ミリュウを冷ややかに睨み付けると、抱えたままだったセツナをようやく解放した。甲板に下ろされたセツナが真っ先にしたことといえば、召喚武装たちの送還であり、その瞬間、全身から力が抜け、立っていることもままならなくなった。ふらり、と、揺れると、即座にだれかに支えられた。

「セツナ!?」

「ちょ、ちょっと!」

 真っ先にセツナを受け止めたのは、ファリアとミリュウのふたりだった。

「御主人様いかがなされました!?」

「お、おい!?」

「お兄ちゃん!?」

「セツナ!」

 皆がつぎつぎと駆け寄ってくる中、エスクのどこか突き放したような声が聞こえた。

「人気者は辛いねえ」

「飛び出したいのはあんたも一緒だろ?」

「違いねえ」

 エスクの苦笑を聞きながら、結局は彼も想ってくれているという事実にはセツナも照れくささを禁じ得ない。とはいえ、ふらついたままでは格好がつかないのも確かであり、セツナは、ファリアとミリュウから離れるようにした。

「だ、だいじょうぶだ。ちょっと消耗しすぎただけさ」

「ちょっとどころじゃなさそうだけど?」

「それは……そうなんだが」

 ネア・ガンディアとの激戦は、セツナに多大な消耗を強いた。女神戦争の疲労が完璧に回復したわけでもないというのに飛び出し、完全武装のさらなる可能性を引き出した結果、凄まじく消耗したのだから、

「その前にひとつ、皆に聞いて欲しいことがある」

「な、なによ……改まっちゃってさ」

「そうだぜ、まずは無事をだな」

「そうでございます、御主人様の無事を」

 各人、色々といいたいことがあるのはわかっていたが、セツナは、それらを制止し、その場に集まった全員の視線が自分に集まるのを待った。そして、セツナは、全員が黙り込んだのを見て、その場に膝をつけた。腰を折り曲げ、頭を下げる。額を地に擦りつけるほどの勢いで、告げる。

「済まなかった!」

「ちょ、ちょっと、なにしてるの!?」

「そうよ、な、なに、なんなの?」

 取り乱したのは、ファリアやミリュウだけではないようだが、セツナには関係がなかった。全身全霊で謝らなければならないことだ。なにせ、彼女たちを危険に巻き込んだのは、セツナの勝手な怒りと暴走によるものであり、セツナが冷静に対処できていれば、こうはならなかったという事実があるのだ。幸運にもだれひとり失わず、怪我もなさそうではあったが、だからといってなあなあで済ませていい問題ではない。そんなことが罷り通れば、これから先、セツナ自身歯止めが効かなくなるかもしれない。

 自制のためにも、必要なことだ。

「俺が勝手に飛び出したせいで、皆まで危険な目に遭わせたんだ。謝って許されることじゃない。もし、そのせいで皆が傷つき、だれかひとりでも失うようなことがあったなら、俺は――」

 自分を許せなくなっただろう。

 今回はまだ、いい。

 ファリアたちは無事だ。船の仲間は、だれひとり失わずに済んだ。だからまだ、自分を許し、認めることができる。だからこそ、踏み止まらなければならないのだ。これ以上、自分を制御できなくなれば、そのときは、それこそ悲劇が待ち受けているだろう。

「セツナ……もういいのよ。顔を上げて」

「そうよ、あたしたちはだれも傷つかなかったし、だれも死ななかった。皆無事で、セツナがここにいる。それで十分じゃない」

「そうそう、セツナも謝ったしな」

 ファリアとミリュウに比べると、シーラは幾分軽い。

「その通りでございます」

「飛竜たちは数多く命を落としましたが」

「参号?」

「事実ですが」

 ウルクがレムに対し小首を傾げると、レムは困り果てたような顔をした。そして、ラムレシアがそんな彼女に助け船を出すかのようにいった。

「それはそうだが、おまえたちが気にすることではない。我らには我らの目的があり、目論見があって、おまえたちの思惑を利用しただけのことだ。たとえ今回のようなことがなくとも、同じように死んだだろう」

「だからといって気にしないっていうのは、ないけれどね」

 ファリアが告げれば、ラムレシアはふっと笑った。

「……ファリア、おまえとセツナは似たもの同士だな」

「そ、そう!?」

「なによ、その嬉しそうな顔は-。あたしだって、セツナとそっくりだもん!」

「どこかだよ」

「どこからどう見ても!」

 シーラが呆れてものも言えないといった反応を見せると、ミリュウが彼女に掴みかかり、エリナがその仲裁に右往左往した。そんないつもの調子に戻る空気感には、セツナも呆気に取られるほかないのだが、それはそれで心地よく、だからこそ、と、彼は自戒の念を強めた。この空気感を護るためにも、自分を制御しなければならない。

 そう想った矢先だった。

「ところで、セツナはなにゆえ、土下座しておるのだ?」

「さて、どうしてでしょう?」

 聞き知った声に目を向けると、甲板と船内の出入り口にふたりと一匹が立っていた。ひとりは幼女。黄金色に輝く髪が美しい。ひとりは女性。鍛え上がられた肉体の持ち主だ。一匹は、白銀の体毛に覆われた獅子。その一匹だけ、幻想から飛び出してきたような異物感がある。そこまで見て、セツナは最初の幼女に視線を戻した。

 レオナ・レーウェ=ガンディアそのひとだ。

「レオナ様!?」

 セツナが思わずひっくり返ったのはいうまでもない。

 



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